第7話「王都からの影」
暁の光が村を染めたころ、祠の写し板に異変が起きた。
いつものように掲示板の帳を映していたはずが、その端に見慣れぬ印がにじみ出たのだ。円に三つの斜線――王都の印章。
「……王都に、繋がった?」
俺が呟くと、傍らのフィリスが剣を膝に立てて覗き込み、眉を上げた。
「向こうから写してきたってこと? 王都で、この村の市が見られてる?」
「そうだ。……“路を越えよ”って、これか」
胸の輪が熱を帯びる。王都にまで余白の路が伸びたのだ。
正午、街道の先から行列が現れた。旗竿に翻るのは、王都商会の紋章。馬車二台に護衛の兵士、そして官服を着た男が馬上からこちらを見下ろす。
「アッシュ村の市を仕切っている者は誰か」
声はよく通り、広場に集まった村人の背を震わせた。
俺は一歩出た。
「俺だ」
「名は?」
「エルン」
「ふむ。……余白印持ちか」
官服の男は俺の掌を一瞥し、にやりと笑った。
「王都ではな、ここ数日の間に“不思議な帳”の噂が広がっている。代官が封じようとした市が、逆に商会に写し出されたとな。写し板など王都にも残っていない遺物だ。――これは取り潰すか、王家の庇護下に置くか、どちらかだろう」
広場がざわつく。老人が震え、子どもが母の腰にしがみついた。フィリスが剣を抜きかけたが、俺は手で制した。
「なら、王都と繋ごう。ここを潰すのではなく、“路”に加えるんだ」
「ほう」
官服の男は顎を撫でた。
「代官の報告では、この村は掟破りの無法者だとな。だが……帳を見る限り、奪いはなく、支払いは先渡しで整っている。市の税も帳に記され、欠けはない」
「奪わずに満たす。それが路だ」
「言うな。……だが、問題はある」
男は馬上から視線を走らせ、広場の外れで傷を癒やしている勇者隊を見た。
「王都は彼らを必要としている。お前は彼らを導いた。ならば――お前も王都に来い」
沈黙。広場の空気が重くなる。
フィリスが剣を握り直し、低く言った。
「無理に連れて行かせはしない」
だが俺は首を振った。
「行くよ」
「えっ」
「試練は“路を越えろ”だ。村にだけ籠もっていては路が閉じる。王都に繋がれば、この村の市も守れる」
官服の男が目を細める。
「話が早い。では明朝、我らの隊に加われ。護送ではなく、“随行者”として迎えよう」
「条件がある」
「ほう」
「村の掲示板と帳はそのままにすること。税のやり取りも“見える形”で続けること」
「ふむ……承知した」
男が頷くと、村のざわめきが広がった。不安と希望が入り混じった声。
夜。焚き火を囲み、レグルスが俺を見た。
「王都に行くのか」
「ああ」
「俺たちも行く。必要とされている以上、断れん。だが……正直、王都に戻るのは怖い」
「怖い?」
「俺たちは負けて戻るのだからな」
レグルスの苦笑に、フィリスが肩をすくめた。
「負けたのは“路”を見なかったから。今は見てる。なら、もう同じ轍は踏まない」
俺は掌の輪を見つめた。白い光が、焚き火の赤と重なり、遠い王都の路を示している。
のんびり暮らすつもりだった。だが、余白は広がり続ける。
導く手は、ついに村を越えて――王都へ。
(第7話 了)
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