第7話 青き導き手

眩い光が世界を裂き、耳の奥で低く軋む音が響いた。

空気が震え、大地がうねり、アリアは反射的に腕で顔を覆った。

頬を掠めた風は熱を帯び、まるで何か巨大な心臓が目覚める音のようだった。


――そして、それは動き出した。


目の前で、白銀の巨像がゆっくりと首をもたげる。

背からは無数の蒸気孔が開き、蒼白い蒸気が噴き上がった。

その度に金属の鳴動音が森に反響し、鳥たちの影を散らしていく。


 「……動いてる……?」


アリアの喉がひとりでに震えた。

白銀の装甲が月光を受けて光り、幾重もの機構が滑るように組み換わっていく。

関節部からは油のような光沢を放つ液体が流れ落ち、それが地面に落ちるたび、空気が弾ける音がした。


内側では――何千、何万という歯車が、まるで生きているかのように動いていた。

ギィィィ……ガシャン……チチチッ……と規則正しく、しかし感情を持つようなリズムで。

それは祈りにも似た音だった。


やがて、白銀の装甲が一枚、また一枚と外れ、空中へ浮かび上がる。

それらは光を帯びながら分解され、無数の粒子となって宙を舞った。

煌めく破片が舞い降りるさまは、まるで天から降る“機械の雪”のよう。


 「……これが、マキナ=マーテル……?」


アリアの声に応えるように、低い駆動音が森を貫いた。

空気がびりびりと震え、地面の砂粒までも跳ね上がる。


――ギュゥゥゥン……ッ!


全体の輪郭が、みるみる縮み始めた。

装甲の板が折り畳まれ、関節の軸が幾層にも沈み込む。

骨格のようなフレームが流動金属に包まれ、形を変えていく。


「カチ、カチ、カチ……」と、内部から鳴る音がリズミカルに響く。

それはまるで、時計仕掛けの心臓が鼓動を刻むような音だった。


圧縮された金属音が高鳴り、アリアの髪を風が撫でた。

眩い閃光の中――その巨体は、まるで水銀が流れるように姿を変えていく。

流体のような質感。生きた金属。


やがて、それは静かに形を収束させた。


最後に残った光が爆ぜ、空気が澄んだ音を立てる。

そこに立っていたのは――一羽の、小さな小鳥。


碧色に透き通る金属の羽。

羽ばたくたびに微細な光子が散り、夜の森を照らす。

その目にあたる部分は宝石のように輝き、内部に無数の文字列が流れていた。


生物のようでいて、生物ではない。

その存在は“機械でありながら生きている”という矛盾そのものだった。


小鳥はふわりと浮かび上がり、アリアの目の前をくるりと旋回する。

羽音は小さく、それでいて高周波のような電子音を伴っていた。


――アリア。聞こえる?


突然、声が脳の奥に直接響いた。

それは耳ではなく、意識そのものに届く声。


アリアは息を呑む。

 「……この声……母さん……?」


――そうよ。今の私は、この姿が限界。

巨体を維持するには、あまりにもエネルギーが不足しているの。

完全修復には時間が必要。でも念話なら、こうしてあなたと共にいられるわ。


声は優しく、しかしどこかに金属的な残響を孕んでいた。

まるで人間の感情を学びながら喋るAIのように、言葉の端々が柔らかく震えている。


アリアの目尻が滲む。

 「母さん……どうすればいいの……? 院長も、子供たちも……連れていかれたの」


小鳥の光学部が明滅する。淡い碧色の光がアリアの頬を照らした。

――迷わないで。今あなたが取るべき道はひとつ。

“奪われた命を取り戻す”こと。オルセンに攫われた子供たちを救うのが、最優先よ。


アリアは唇を噛みしめた。

 「……でも、居場所もわからない」


――それなら、探せばいい。私は索敵機能を持っている。

あなたが歩けば、私は“世界の流れ”を読める。重力、熱、音、匂い……あらゆる痕跡が道を示す。


小鳥は高く飛び上がり、蒼い光を放ちながら旋回した。

その翼から拡散した光が地面を這い、森全体を覆うように広がる。

それはまるで、見えない地図を描くような光の糸。


――……見つけた。

馬車の車輪跡、鉄と火薬の痕、焦げた草。

北へ向かう痕跡。目的地は古い廃砦……そこが奴らの拠点。


アリアは深く息を吸い込み、拳を握った。

 「……行かなくちゃ」


――ええ。でも、一人では危険。

信じられる友を頼りなさい。あなたのそばには、あなたを支えてくれる者がいるはず。


アリアの脳裏に、セドリックとカイルの姿が浮かんだ。

 (……二人となら、きっと――)


青き小鳥はふわりと降り、アリアの肩に舞い降りた。

金属の脚が軽く修道服を掴み、体温のないはずの羽が、どこか暖かい。


――行こう、アリア。

道は私が示す。決めるのは、あなた。


アリアは目を閉じ、静かに頷いた。

 「うん……母さん。一緒に、行こう」


夜風が木々を揺らし、葉の隙間から月光がこぼれ落ちる。

その光を踏みしめながら、アリアは森の外へ向かって歩き出した。

肩の上で、小鳥が小さく羽を震わせる。


碧い光が闇に一筋の道を描いた。

それは――孤児院を襲った運命の炎よりも強く、確かな希望の光だった。


失われた家族を取り戻すために。

少女と機械の“母”が歩み出す、最初の夜。


その瞬間、運命の歯車が、静かに――確かに回り始めた。


(続く)

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