第5話 炎に沈む聖樹の家


冒険者ギルドを後にし、夕暮れの街道を三人は黙々と歩いていた。

西の空は朱に染まり、影を長く伸ばす。どこか寂しげで、失意の彼らの心をそのまま映しているようだった。


アリアは唇を噛みしめていた。

――魔力ゼロ。

冒険者としての資格さえ与えられなかった。

仲間を守りたい一心だったのに、その願いすら踏みにじられたような気がして、胸が痛む。


「……アリア」

カイルが隣で小さく声をかける。

「無理しなくていい。俺たちで何とか――」


だが、言葉の続きを遮ったのはセドリックの鋭い声だった。

「……煙?」


アリアとカイルも顔を上げる。

森の向こう、夕空を裂くように、黒々とした煙が立ち上っていた。

その方角は――孤児院聖樹の家


「まさか……!」

アリアの顔から血の気が引いた。

胸の奥が冷たい鉛で押し潰されるような感覚に襲われる。


「嘘……だよね……? みんなは……院長は……」


次の瞬間、彼女の身体は勝手に動いていた。

「っ……走らなきゃ!」

迷いもためらいもなく、アリアは全力で駆け出す。


「待て、アリア!」

セドリックが叫ぶ。

「落ち着け! 罠かもしれない!」


「アリア、危ないって!」

カイルも必死に手を伸ばすが、掴むことはできなかった。


アリアの耳には、仲間の声はもう届いていない。

ただ、胸の奥を引き裂くような焦燥が彼女を突き動かしていた。


夕闇の道を駆け抜ける。

焦げた匂いが風に混じり、喉を焼く。

煙は濃く、黒く、孤児院のある方角からますます大きく膨れ上がっていく。


(お願い、間に合って……! どうか、みんなが無事でいて……!)


走るたびに、心臓の鼓動が激しくなる。

汗が額を流れ、呼吸は乱れ、それでも足は止まらなかった。


――守らなければ。

あの子たちを、院長を。

ここは、私の居場所なんだから。


アリアはただ、燃え盛る黒煙を目指して走り続けた。



孤児院は――炎に包まれていた。

木造の屋根が崩れ、火の粉が夜空に舞い上がる。

アリアは叫び声を上げながら、迷わず燃え盛る建物の中へ駆け込んだ。

「アリア! 無茶だ!」

カイルとセドリックも後を追う。



中は、すでに地獄だった。

焦げた木の匂いと、焼ける音。

アリアは廊下の奥で立ち尽くしていた。


「アリア!」

駆け寄った二人の目に飛び込んできたのは――血に濡れた光景だった。


床には、幼い孤児たちの小さな亡骸。

その傍らで、全身を血に染めたガレスが倒れていた。

胸と腹に数発の銃弾を受け、すでに息はなかった。


その亡骸を抱きしめていたのは、血塗れのノエル。

彼女自身は無傷だったが、泣き腫らした瞳に絶望が宿っていた。

「ガレスが……みんなを守って……っ」


アリアは言葉を失い、膝をついた。

喉が焼けるように熱いのに、声は出なかった。


「院長は……?」

セドリックが低く問う。


ノエルは震える声で答えた。

「院長は……神教国の兵士に、冤罪で捕まったの。子供たちも……オルセンと一緒に、何人も連れて行かれた……」


「そんな……!」

アリアの視界が揺れる。


ノエルは嗚咽をこらえながら、ふと思い出したようにアリアを見つめた。

「……院長から伝言を預かってるの」


アリアの肩に手を置き、必死に言葉を繋ぐ。

「――あなたは十八歳を迎えた。だから直ぐに、大森林へ行きなさい。……必ず、そこに行けばあなたの力になるはずだから」


「院長が……」

アリアの胸に、院長の微笑みが浮かぶ。

(十八歳になったら、大森林に行くように――ずっと、言われていた……)


「でも、今は……孤児院が……みんなが……!」

涙が頬を伝う。だがノエルは首を振った。

「院長はね、たとえ何があっても“優先して行け”って……そう言ったの」


アリアは嗚咽を飲み込み、立ち上がった。

崩れ落ちる天井の火の粉が、髪に舞い落ちる。


「……分かった。院長を信じる」


遺体を抱えて外へ運び出し、ノエルたちを避難させると、アリアは一人、森の奥へ駆け出した。

行けば、本当に何とかなるのかは分からない。

けれど――院長の言葉だけが、今の自分を突き動かしていた。


燃え上がる孤児院を背に、アリアは大森林へと走る。

そこに、彼女の“運命”が待っているとも知らずに。


――続く。

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