霧島くんの捏造神話

まさかミケ猫

(1/3) 第一話 霧島くんの神話

――この世に存在する全ての神話は、霧島くんみたいな人が捏造したに違いない。


 私、北桜ほくおう深羽みうは、マンションの隣の部屋に住む霧島きりしま真也しんやくんが昔から大好きだった。

 というのも、私が何か質問を投げかけると、彼は妙ちきりんな神様の出てくるおかしな話を、たくさんたくさん捏造してくれたのだ。


 私が最初に彼に投げかけた質問は今でも覚えている。

 保育園時代、幼い私はいわゆる“なぜなぜ期”に入っていて、親になんでもかんでも質問するようになっていた。でも両親の回答はどうも煮え切らない。ふつふつと不満が込み上げていた時、私はふと目の前にいた真也くんに同じ質問をぶつけてみたのだ。


――どうしてかぜがふくの?


「それはね、かみさまがオナラをしたんだ」


 なるほど。そうだったのか。

 私はその回答がストンと腹に落ちた。


 小難しい話をするお父さんや、忙しそうにして回答してくれないお母さんと違って、真也くんの回答はシンプルで分かりやすく、何よりすごく楽しい。


 真也くんは保育園でもいつも隅の方で絵本を読んでいるような子だったから、それまでは少しとっつきにくい子だなぁと思っていたんだけれど。

 でも彼と一緒に“オナラの神様”の背景事情(オナラの神様は誰の目にも見えないので、自分の存在に気がついてほしいから臭くなったらしい)を話し合うようになってからは、すっかり真也くんのことを大好きになっていた。


 小学校に上がっても、私は彼の横をずっと我が物顔で陣取っていた。

 正直“なぜなぜ期”はとっくに卒業していたのだけれど、彼の作り話をもっと聞きたくて、いろんな質問を毎日のように投げかけたのだ。


――ニワトリと卵ってどっちが先に生まれたの?


「それは卵だね。神様は最初ニワトリを作ろうと粘土をこねていたんだけど、まだ粘土を丸くしただけの段階で給食の時間になっちゃったんだ。ニワトリはそのまま忘れられてしまってね」

「へぇ、可哀想に」

「うん。だからニワトリ側としては、自分の体を自分で完成させなきゃいけないだろう? まん丸い卵の中で、どうにかこうにかヒヨコの姿になって、そうやって生まれてくるんだよ」


 なるほど。ニワトリも苦労してるんだねぇ。

 生き物を作る神様はけっこうテキトーな性格をしているので、ゾウの鼻を長くしたのは「余った粘土をとりあえず細長くしてくっつけた」というどうしようもない理由だったり、キリンの首を長くしたのは「ちょっと悔しいことがあったから、頭と胴体と持ってギューっと引っ張ったら伸びちゃった」という憐れな理由だったりする。


――どうして空は青かったり、赤かったり、黒かったりするの?


「それはね。空に絵を描きたい神様が三人もいるからだ。朝の神様は早起きして、空を青く塗って白い雲を描いている。夕方の神様はのんびり起きてきて、頑張って赤い絵の具を塗る。でも、すぐに夜の神様が邪魔しに来て、空を真っ黒にして星を描いちゃうんだよ」


 なるほど。だから夕方は短いんだねぇ。

 私は真也くんと並んで眺める夕焼け空がけっこう気に入っているので、夕方の神様にはもう少し早起きして空を赤くしておいてほしいなと思った。


 本を読むのが好きな真也くんとは違って、私はどちらかというと絵を描くのが好きだった。

 だから、絵描きの神様たちが空のキャンバスを取り合う様子を、どうしても絵にしてみたかった。それで、学校で使った水彩絵の具を引っ張り出し、大御所の画家にでもなったような気持ちで画用紙いっぱいに絵を描いていった。我ながら傑作ができたと自画自賛したものだ。


 描き上がったカオスな絵を見て、内容を理解してくれたのは真也くんだけだったけれども。


――どうして月に手を伸ばしても触れないの?


「それはね。月の女神様はすごくキレイ好きだから、誰の手にも触られたくないんだよ」

「私の手は綺麗だよ?」

「うん。正直、女神様のキレイ好きはちょっと度が過ぎてるかな。月の満ち欠けがあるのだって、あれは掃除が足りていない場所をわざと暗くして見せないようにしてるんだ」


 そんなわけで、月の女神様に触ろうと作戦を練った私たちは、親には内緒で夜にこっそり真也くんの部屋に集まった。

 石鹸で手を洗ったり、アルコール除菌シートで手を拭いたりして、万全の準備を整える。それで、二人でドキドキしながら、月に手を伸ばすのだ。


「えー、これでも触れないの?」

「月の女神様はどれだけ潔癖症なんだろう」

「ふふふ。本当にね」


 そんな風にして、私と真也くんは毎日のように「ああでもない、こうでもない」と架空の神話を捏ねくり回し、妙ちきりんな神様の設定をどんどん掘り下げて、二人の頭の中にしかない不思議な世界を夢想して遊ぶようになった。


 小学校も高学年頃になってくると、私たちの体もだんだん男と女になっていって、男女で一緒にいるというだけで変な噂が立てられるようになった。


――どうして男の子と女の子は一緒に遊んじゃいけないの?


「それはね。遊びの神様には昔、綺麗な奥さんいたんだけど、彼女が酷い浮気者だったみたいなんだよ。男をとっかえひっかえでね」

「それは可哀想に」

「それで大変な修羅場になって、遊びの神様は深く傷ついてしまったんだ。だから、今でも仲良さそうに遊んでる男女を見ると、思わず仲を引き裂きたくなってしまうんだって」


 なるほどね。だけど、そうやって仕事に私情を持ち込むのは良くないんじゃないかな。

 私がそう問いかけると、真也くんは「神様自身もそう思ったから、遊ぶことを禁止まではしてないんだよ」と説明を続ける。そうかぁ。


 納得した私は、もう周囲に何を言われても気にならなくなった。そして、それからもずっと真也くんの横を陣取って、小面倒な質問を毎日繰り出していった。


――どうして鳥は空を飛ぶの?


「生き物を作る神様は相変わらずテキトーだからなぁ。ちゃんとした足を作る分の粘土が足りなくなっちゃったから、お詫びとして腕のところを翼にして飛べるようにしたんだよ」


 なるほど。鳥も鳥でけっこう大変なんだね。

 私はうんうんと頷きながら、ふと「それならニワトリとかペンギンとかの飛べない鳥って、めちゃくちゃ可哀想なんじゃない」と真也くんに問いかけた。彼は「そうなんだよ」とだけ言って笑っていた。


――風邪、大丈夫?


「ゴホッ、お見舞いありがとう。今は僕の体内で、ちっちゃい神様たちが戦争をしているところなんだ……もう一晩寝れば、悪い方の神様たちは逃げていくと思う」


 なるほど。壮大な戦いの最中だったんだね。

 私は良い方の神様たちがちゃんと勝てるように、こっそり持ち帰ってきた給食のプリンを真也くんの枕元においた。


――ねぇ、どうして海には波があるの?


「それはね。海の神様は兄弟なんだけど、毎日ずーっと水遊びをし続けてるんだよ」


 なるほど。きっと仲が良いんだろうなぁ。

 私は「ずーっと同じ遊びを繰り返してるなんて、よく飽きないものだなぁ」なんて思っていたけれど。今になって思い返してみれば、ずーっと同じ遊びを繰り返しているのは、私と真也くんである。


 そんな風に小学生の時間は過ぎていき、気がつけば私たちは中学生になっていた。


 相変わらず登下校は一緒だったけど、学校生活ではずっと一緒というわけにはいかない。小学生の時よりも遥かにくっきりと、男女の壁というものを感じるようになってしまった。


 私は美術部に入って、絵を描く楽しさに本格的にハマっていった。一方の真也くんは情報処理部というよく分からない部活に入って、毎日パソコンに向かいカタカタと何かを打ち込んでいるようだった。


――パソコン使って何してるの?


「あー。深羽みうちゃんだから話すけど……実はちょっとした文章を書いてみようと思っててね。僕たちが毎日話しているいろんな神話を、忘れたくないなと思って」


 なるほど。あとで私も読ませてもらおう。

 どうやら真也くんは神話を書き溜めてはいるものの、それをどこかに公開するつもりは全くないらしい。クラウドのフォルダを私とだけ共有設定にして過去のあれこれを文章にして保存していった。


 やり方は違うけれど、私と真也くんの目的は同じだった。二人で作り上げた神話の世界を、何らかの方法で形に残したかったのだ。

 だから私は絵を描き続けたし、真也くんは文章を残し続けた。


――恋をするとキスをしたくなるのはどうして?


「あぁ。言葉の神様ってすごく不器用だからね。好きな気持ちを上手く言葉で表現できないことも多くて……でも、みんな自分の気持ちを口に出したいだろう? そういう想いだけが先走って、口が前に出てしまうんだよ」


 なるほど。そういうことだったのかぁ。


 中学二年生の春。本当にいつも通りの、何気ない帰り道の途中で、私は真也くんにキスをした。

 言葉の神様というのはどうやらかなり不器用な神様だったみたいで、真也くんは口をパクパクさせながら、ひたすら無言で、夕焼け空のように顔を真っ赤に染め上げていた。

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