魔法少女を拾ったので、二つ目の心臓をつけてみた

浜彦

プロローグ

 諸君しょくん、強化人間って、好き?


 僕は――大好き。


 前世の僕は、強化人間の物語を読むのがなによりも好きだった。

 空想の中でしか存在しない、凡人の肉体に科学の結晶をぶち込んで進化させた身体。


 たとえば、悪の組織に改造されてしまった変身ヒーロー。

 たとえば、事故で機械の身体を持つことになった刑事。

 たとえば、選ばれて改造され、過酷な訓練を経て生まれたスーパーソルジャー。


 機械による改造。薬物による強化。器官の追加。

 それぞれの手法に、それぞれのロマンがあった。


 僕は、その「強化」という行為が好きだった。

 異形の身体を得たキャラクターたちが、それを武器に困難へと立ち向かっていく。

 そんな姿が、たまらなく好きだった。


 心の葛藤。逃れられない使命。

 そして、強化された身体を駆使して敵に挑むシーン。

 それは前世の僕にとって、最高の精神栄養だった。


 ああ……できることなら、自分の手で創り出してみたかった。


 不屈の精神を持ち、選ばれし適性を備えた素体。

 そこに、僕が磨き上げてきた技術を注ぎ込み、凡人を半神へと引き上げる。世界を征服する力、困難を乗り越える力を与える。


「自分は、まだ人間なのか」

 そう疑って、もがいて、苦しむ。

 そんな、陰を落とした顔が――見たかったんだ。


 この少女の身体に転生してからというもの、そんな欲望は、減るどころか増すばかりだった。


 僕は、自分が外道だっていう自覚くらいはある。

 けれど、それでも抑えられないんだ。

 この渇望、この衝動だけは――どうしても。


 そして今日、ついにその機会が訪れた。

 僕の手で“祝福”を授けることができる、幸運なる第一号の実験体。


 夜。雨が降っていた。

 傘を差しながら、僕はうつむく。

 目の前に落ちてきた“贈り物”を見下ろしながら、心臓は高鳴り、鼻息は荒く、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいた。


 そこにいたのは、一人の少女だった。


 かつては華やかだったのだろう、レースで飾られた衣装は見るも無残に破れ、銀白の髪は雨に濡れ、くすんでいる。

 宝石のような瞳は焦点を失い、虚空を彷徨っていた。

 細く美しい指は、砕けたレイピアをかろうじて握っている。

 整った唇は血の気を失い、白く冷たい。


 少女が倒れている場所からは、赤い命の色が流れ出し、雨水と共に排水溝へと消えていく。


 魔法少女。

 しかも――敗北した魔法少女だ。 


 傘を差したまま、僕はその魔法少女の傍にしゃがみ込んだ。

 息はかすかに続いている。魔力はすでに枯渇していたけれど、微かに鼓動は残っている。


 まだ、死んではいない。


 棚から牡丹餅のような話だ。

 魔法少女という存在は、まさに天に選ばれし者。

 妖精に選ばれ、奇跡と不可思議の代弁者。

 魔力で強化された肉体、折れない心、そして怪人と戦う宿命。

 すべてが、僕の妄想と目標にぴたりと重なっていた。


 だから僕は、初恋に向き合うみたいに、告白の直前みたいに――緊張しながらも、確かな決意を込めて、前世からずっと胸の奥に秘めてきた、あのセリフを口にした。


 


「――力が欲しいかい?」


 


 魔法少女は返事をしなかった。

 口からかすかな息を漏らし、無力な瞳だけが僕を見た。

 その奥にあるのは朧げな意識。

 けれど、僕には見えた。

 ほんのわずかな“渇望”が。

 それが生への渇望なのか、力への渇望なのかは分からない。


 まあ、答えがどちらでも、僕がこの少女にすることは変わらない。


 


「じゃあ」


 


 壊れものを扱うように、やさしく、目の前の魔法少女を抱き上げる。小さな身体。微かな体温。弱っていく鼓動。それを感じながら、僕は思わず笑みをこぼした。


 


「力をあげる」


 


 雨音がどんどん大きくなるのを聞きながら、僕は闇へと身を沈めた。

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