異世界で猫に転生したおれ、最凶傭兵団に拾われる

イイチコタツシ

第一章 肩乗り子猫と傭兵団の団長

第1話 猫に転生しました

 ――目が覚めたら、ただの猫に生まれ変わっていた。


 これが冗談でも夢でもないのは、とてつもない空腹と、吹きすさぶ雪風で体温がぐんぐん下がっていく感覚で嫌というほどわかった。


 覚えているのは――おれは日本で平凡な人生を送っていた一般人だったということ。

 名前は佐藤有太。


 最後に覚えている光景は、道端にいた一匹の黒猫だ。

 そいつが車にはねられそうになったのを、咄嗟に助けようとして踏み出して――黒猫をかばったはいいが、代わりに自分が車に轢かれて死んでしまったらしい。


 消えゆく意識の直前「ボクを助けてくれたかわりに、猫神様の恩恵を君に――」みたいな言葉が聞こえてきた気がするが、おれの幻聴だったかもしれない。


 もしあれが本当の声だったとしたら、猫神様とやらはちょっと性格に難があると思う。


 なにせ目が覚めたおれは――ただの一匹の小さな子猫になっていたのだから!


「にゃーーーーー!!」


 しかもどこぞの絵日記をつけるみかんな猫みたいに、しゃべれるわけでもない!

 どこぞのねこねこなファンタジアな猫みたく、人間に変身できるわけでもない!


 完全なただの猫!


 しかも目覚めた場所が、この雪のふる真冬の森ってのはどういうことだよ!?


 せめて人間たちの住む街中にしてくれ!

 そうしたら猫好きの人間にせいいっぱい媚び売るからさぁ!


「にゃっ、にゃー……!」


 しかもこの真っ黒ふわふわな子猫ボディは、まだ毛はふにゃふにゃで、手足だって小さくて頼りない。

 おまけに人間の感覚よりも鋭い、嗅覚と聴覚も問題だ。

 風に乗ってくる土の匂い、遠くの獣の足音、ごうごうとうねる風の響きを、人間以上の過敏さで感じてしまう。


 ああでも、今は腹の虫の方が問題だ!


 狩りなんてできるはずもなく、ただの子猫になったおれは、森の中をふらふら彷徨っていた。

足取りは重く、空腹で頭がぼんやりする。

今は落ち葉の下を探してみたが、真冬なためか虫さえも見つからない。


 こ、このままでは飢えか寒さのどちらかで死ぬ……!

 せっかく転生できたのに、一日ももたずに二度目の死なんてあんまりだよ!?


「みにゃー……にゃっ?」


 そのときだった。

 暗い森の彼方に、ぽつりと灯る光が目に入ったのだ。


 おれは飢えと寒さで朦朧とした頭で、ふらふらとした足取りでその灯りの方向へ向かった。


 も、もしかしたら――人間がいるのかもしれない!


 人間がいたら、このふわふわのお腹をみせて全力で媚びを売ろう!

 プライド? そんなもの腹の足しにもならないからね!


「みにゃー……」


 そして、おれは数十分かけて灯りのもとに辿り着いた。


洞窟の奥、ちらちらと揺れる光に、誘蛾灯へ吸い寄せられる虫のように足を進める。

……この場合は前足を進める、って言う方が正しいのかな?


ふらつきながら近づくと、洞窟の奥に焚き火をたいている者がいた。

外ではごうごうと風が鳴る夜の中、そこは、ひどく暖かそうに見えた。


「みゃー」


 焚き火をしている人物に声をかけてみる。

 とはいっても、今のおれには情けない鳴き声しか出ないけれど。


「…………」


 しかし、返事はない。

 おれはさらに足を進めて、その人物に近づいてみた。


 そこにいたのは――ひどく大柄な男だった。


 背を壁に預けて眠っている彼は、その革鎧の上からでも分かるほどの厚い胸板と、屈強な肉体を持っていた。

 右の頬にはざっくりとした傷が刻まれており、まだ血がにじんでいる。全身傷だらけで、近づいただけで血の匂いが鼻を突いた。

 男の傍らには、鞘におさまった剣と盾が置かれている。


 ……いや、剣と盾!?

 ちょっと待って、この人なんでこの現代日本でこんな物騒なもんを持ってるの!?


 うーん、どうしよう……

 もしかしたら危ない人なのかなぁ……?


「みにゃー……」 


 迷うように声をあげたのもつかの間、とつぜん猛烈な睡魔に襲われた。

 焚き火のぬくもりに引き寄せられるように、瞼はどんどん重くなっていく。


 どうやらこの子猫ボディは、体力がそれほど多くはないらしい。

 ましてや疲労と寒さと空腹の三連コンボとくれば、眠気に勝てるはずもなく。


 気がつけば、おれは男のマントをかき分けて、その太腿によいしょっと乗り上げていた。

 様子をうかがうも、男はいまだ目を覚ます気配がない。


 濃い血の匂いが鼻をつく。

 けれど――じんわりとした人肌のぬくもりには逆らえず。


 おれは襲い来る眠気に誘われるまま、男の太腿の上で丸くなった。

 そして、ごろごろと喉を鳴らして眠り込んだのだった……

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