健康カジノ

ちびまるフォイ

不健康の有用性

ロス・ベガスでひときわネオン輝くカジノにやってきた。


「よーーし、ここで一攫千金を手に入れるぞ!」


カジノに入るといきなり健康診断がはじまった。


「はい、あなたの健康ステータスはBマイナスです。チップをどうぞ」


「え、ええ? お金たくさん持ってきたのに」


「お金なんてなんの価値もない。

 ここは健康カジノ。自分の健康を賭ける勝負の場です」


「健康!?」


「体はすべての基本。金があっても健康がなくちゃ豊かな人生じゃないんですよ」


カジノホールは賑わっていた。


健康スロットに、健康ルーレット。

健康ポーカーなどがある。


一番近い健康ルーレットの席に座った。


「いらっしゃいませ。どこに賭けますか?」


「えっと……」


よくわからないので雑にチップを置いた。

ディーラーは勢いよく玉を転がして、入ったのは自分の賭けた場所だった。


「おめでとうございます! 1万ヘルスGETです!」


「ふえええ!?」


一瞬にして一攫千金が当たってしまった。


「そのチップ数じゃ運ぶのも大変でしょう?

 少し換健かんけんしてみては?」


「たしかに。じゃあこれで……」


健康メニューからチップを使った。

その瞬間から体の内側から変わったのがわかる。


「お、おお!? すごい! これが健康!?」


「換健で若い心臓にいれかえました。

 どうです? やっぱり違うでしょう?」


「ぜんぜん違いますね! ようしもうひと勝負!!」


すっかり健康の深みにハマってカジノにのめり込んだ。

その日は幸運の女神の機嫌が良かったのか勝ちに勝ちを重ねた。


「わっはっは! こんなにチップが手に入るなんて!!」


もちろんチップはすべて換健した。


臓器はすべて新品にとっかえたし、

筋肉もすべて最新のものに切り替えた。

DNAもつなぎ直され、将来の病気リスクもない。


カジノ併設の病院による診断では200歳まで生きられるらしい。


「健康サイコー!」


綿毛のように軽くなった体。

いくら飲んでも食べてもダメージゼロ。

健康はこんなにも人生を豊かにしてくれるものなのか。


その翌日。

ベッドから起き上がることができなかった。


「え……? なんだこの体の重さは……ただごとじゃないぞ」


昨日の健康カジノにより自分の身体は健康MAX。

DNAだって強固にされているから病気にもかからない。

なのにこの体が鉛のように重い。


「あれだけ健康を手に入れたのに、

 それをくぐり抜けた不調ってことは……。

 きっとやばい病気にちがいない……!」


向かった先は昨日と同じ健康カジノ。

顔色悪い自分を見るなり、入口のSPは快くVIP待遇で案内してくれた。


「きっと昨日取りこぼした健康があるはずだ。

 今日も勝って、今度こそ完璧な健康になるぞ!」


挑戦したのは昨日と同じ健康ルーレット。

ただひとつ違ったのは、昨日の調子はどこにもなかったこと。


「はい、では1万ヘルス回収です」


「ま、待って!! そんなぁ!!」


みるみるチップ残高が減らされていく。

すでに昨日手に入れた健康のいくつかを切り崩してチップにしている。

そのなけなしのチップがディーラーにより奪われていく。


カジノに入る前には軽かった体も、

肌はしわだらけになり、筋肉は衰え、臓器は弱っていく。

そのうえ不調がおいうちかけてくる。


「くそっ、もう1勝負! 今度こそ勝つ!」


「お客さん、もうヘルスないでしょう?

 それ以上かけると死んじゃいますよ」


「健康になれないなら死んだも同然だ! ゲホゲホッ!!」


「それにずいぶんと体調悪そうですね。風邪ですか?」


「か、風邪……?」


「その顔はどう見ても風邪でしょう」


一瞬なにが起きたかわからなかった。


あれだけ健康な自分の体に不調が差し込まれた。

それはきっと取り返しのつかない不治の病かと思った。


でも実際にはただの風邪だった。

どんなに健康な体としても一定起こり得る病気。


自分は風邪にビビって、あらゆる健康体を手放してしまったのか。


「そ、そんな……」


「BETつづけますか?」


「いえ……少しトイレへ……気分が悪いので……」


トイレでしばらく落ち込んだ。

軍資金である健康もすでに手放し、体は元通り。

もう健康カジノに来るものかと後悔していた。


「……なんか外は騒がしいなぁ」


手を洗ってトイレから出る。

あれだけ賑やかなカジノが静まり返っていた。

目出し帽をかぶった強盗が押しかけている。


「え……?」


「おい! 隠れてるやつがいたぞ!!」


面食らったスキに取り押さえられた。

銃口が頭に突きつけられる。


「おい! この客の頭がクラッカーになるぞ!

 さっさと健庫けんこに案内しろ!!」


「は、はい!」


カジノの支配人は逆らうことなく犯人を地下に案内した。

その間も自分はずっと銃口を突きつけられている。

冷たい金属が火照った頭にひんやり気持ちいい。


「ここが……健庫です」


「よし開けろ」


分厚い扉が開かれると、そこはまさに宝の山。

客から回収された健康な臓器やDNAなどがたんまり入っていた。

しかし強盗は不服そうだった。


「ちがう! こっちじゃない!!」


「ええ!?」


「ごまかすならどうなるか……」


「わ、わかりました! すぐ案内します!」


さらに地下深くへと降りると、

今度はまがまがしいデザインの扉が待っていた。


「開けます……」


「早くしろ」


別の健庫の扉が開かれる。そこはまさにパンドラの箱。

中には客から回収された病気やらがたんまり蓄積されていた。

強盗はうれしそうにしている。


「これだ……コレが欲しかったんだ!」


人質の自分も思わず驚いた。


「え、健康のほうがよくないですか?」


「うるさい黙ってろ。おい、袋いっぱいに不健康を詰めろ。

 人質、お前も手伝え」


「ひええ……」


銃を突きつけられながら袋に不健康を詰めていく。

強盗の袋がパンパンになると満足したように言った。


「よしこれくらいにしよう」


「こんなのなにに使うんですか……」


「健康よりも不健康のほうが価値があるんだよ」


「んなわけないでしょうに」


「人質。それとお前のもよこせ」


「へっ!? いやいや! もう私に健康なんて残ってないですよ!?」


「お前、みるからに顔色悪いじゃないか。

 不調を隠しているな? さっさとよこせ」


強盗は最後のひとつとして、自分の風邪も回収した。

風邪が消えたことで重かった体はふたたびもとに戻った。


「ようし、俺達はズラかるぞ。通報でもしてみろ。

 この不健康を薄めた空気を街中にまくからな」


「通報なんてしませんよ!」


むしろ健康にしてくれてありがとうございます、

などと感謝したくなったが、撃たれそうなのでぐっとこらえた。


その後カジノを襲った強盗団は逮捕されることなく逃げおおせたという。

自分はというと。


「もう健康カジノなんていくものか……。

 健康は自分で作り上げていこう」


カジノでの失敗を反省し健康づくりをするようになった。

今では風邪もひかなくなり、医者には200歳まで生きるとかなんとか。


「そういえば……」


あのカジノでの強盗騒動の翌日。


大統領が原因不明の風邪で倒れたらしい。

体が鉛のように重くなり、体がヤカンのように熱いらしい。


ニュースでも原因がわからないと繰り返し報道されていた。



「なぁんか、聞いたことある症状なんだよなぁ……」



あれから自分の風邪がどこにいったのか検討もつかない。

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