第二話 新魔王立つ、そして戦姫将軍の断罪
その時、魔王様から戦姫将軍の位を得ていた
「――それは、本当なのか?」
「ルーチェ考えてみろ。あの
「それは……」
その女は、熱に浮かされたような瞳でルーチェに語りかける。
「このまま一族の滅びを招いてもいいのか?! お前は全天魔族に号令し、それをもって世界を守るのが仕事であろう?!」
「……」
一瞬の思案の後、彼女は決意を固める。
自分は
だから、魔王軍全軍指揮官である
そうして、長い天魔族の歴史において、ただ一度、唯一とも言える【
◆◇◆
果てのない無限海に浮かぶ大陸――、テラ・ラレース。そこに住まう一般種族【魔人族】の街であるカヴァードの酒場で、今日も
彼女らは一見すると街の構成員である【魔人族】と同種族に見える。……が、しかし彼女らは明確にその根本から異なる存在であった。
地球人類と同じ生物を祖とする【魔人族】は、テラ・ラレース独自の特異な魔源の影響を受けて、進化種である魔族的知的生命としてこの大陸に、地球の中世ヨーロッパに似た文明を築いている。それに対し、彼女ら【天魔族】はその起源自体が異なり、要するに【魔人族】の外観と機能、特に【女性種】のカタチを借りているだけの上位精霊種であった。
借りているがゆえに、基本的には同種のようにも見えるが、彼女らには【魔人族】のような【男性種】が存在しない。ただ、種を維持するための機能が抽出された【繁殖種】と呼ばれる存在がいただけであった。
そう――、かつては
「はあ……」
ルーチェはまた幾度目かのため息を付く。
考えてみれば、天魔族全体にケチが付き始めたのは、種を維持するための【繁殖種】が
そのため、現状、天魔族には、かの魔王様の一人息子――、ジードと名付けられたあの者以降に生まれたものはいない。
天魔族は寿命がない。病気になる事もほぼなく、戦闘でも大抵は死ぬことはない。だから、
(……よく知らんが、繁殖できないってことは、このまま増えることもなく減り続けるってことで……)
そうして天魔族が失われた場合、この世界の管理機能である【源流神核】を継承する種はこの世からいなくなってしまう。それはまさに世界の管理機能が消えてしまうということで――。
……なにか頭が痛くなってきた。ルーチェはそもそも
「ルーチェ!」
不意に酒場の扉を開いて、仲間の一人である茶髪の短髪――、一見すると少年にも見える少女・カミーラ・パイモニアが
「どうした? どっかに中級幻魔でも出たか?」
「そうじゃないよ! さっき、僕――、いつも
「ああ……、あの
あっけらかんとした様子で聞き返すルーチェに、カミーラは暗い表情で答えた。
「――偶然、いつもは見ない
「あん?」
「――魔王様が……、亡くなったって――」
その言葉を聞いた瞬間、ルーチェはその手に持った酒の器をその場に取り落とした。
そして――、そのまま何も喋れなくなったのである。
◆◇◆
中央大陸中心部――、そこに広がる一面の荒野に大城塞がそびえ立っている。これこそ天魔族すべての故郷にして、最大の拠点である魔王城であった。
天魔総司を抱えたオラージュ・ヴェルゼビュートは、その門前に降り立ってからその大きな両の翼を収めた。
「ようこそ魔王城へ――、魔王様」
「ま、魔王――城」
困惑の表情で総司は呟いた。
「あの、さっきから
「はい、それは道すがら説明いたします。何より、皆が待っておりますので」
そういって導くようにオラージュは総司の前を魔王城へと歩いてゆく。総司は慌てた様子で後を追った。
「我ら――、そして魔王様の種は、名を
「てん、まぞく?」
「はい……」
魔王城の内部、巨大な回廊を総司を導くように歩くオラージュ。その壮大な光景に目を奪われつつ、総司はオラージュに質問を続ける。
「それって、悪魔? 魔族? ってことです?」
「まあ、かの地球からすればそうなりますが……。どちらかと言うと魔神といったほうが正しいですね」
そう言ってオラージュは総司に優しく微笑みかけた。
その美しい笑顔に少し見とれながら総司は言葉を返す。
「魔神? 神様?」
「……そのとおりです。このテラ・ラレースは言ってしまえば
「受肉した神?!」
静かに昔話をする様子でオラージュは話し始める。
「無限海に浮かぶ大陸世界――、テラ・ラレース。かつて先史文明の時代に世界律規模の改変があって、そして我らは本来ならば受肉しない精霊神であるところを、肉体を持つ神として産み落とされました」
「先史文明――?」
「はい――、かつては今とは異なる法則を持つ世界だったそうですが、我らが生まれて以降は我らが世界の管理と維持を担う事になりました。この世界はかの地球のような球状の惑星ではなく地殻変動もない。しかし、
オラージュは語りながら魔王城の奥深く、狭い通路へと総司を案内する。
「
「……」
「それが我ら天魔族……、そしてその長としての役割と機能を持って生まれるのが【魔王種】です」
「魔王種? まさか……」
総司のそのつぶやきにオラージュは笑顔で答えた。
「そうです魔王様……。貴方様こそ現在唯一の魔王種――、先代魔王様である貴方様のお母様の、その使命と権能を継ぐものなのです」
進むオラージュの目前に大きな扉が見えてくる。総司は緊張した様子でそれを見つめた。
「この先に……
「彼女たち?」
オラージュは微笑みながら、その巨大な扉を押し開いた。
「え? あ……」
その向こうに彼女らは控えていた。
おそらく数千人まで収容可能であろう大ホール、その遥か彼方に巨大な椅子が設置されている。その周囲におそらく百人はいるであろうメイド服を来た女性たちが、その場に跪いて総司たちを待っていた。
さらに、その集団の向こう、椅子のある周辺に七人の女性が、こちらを眺めて微笑んでいるのが見えた。その一人、黒髪に猫のような耳と尾をもった一人が話しかけてくる。
「オラージュ……、待っていたぞ。とりあえず、キルヤとメナラノたち以外は全員ここに集めている」
「ありがとうございますプリメラ様」
そのオラージュの言葉に、プリメラと呼ばれた猫耳娘は満足そうに頷いた。
「……」
総司は好奇心に負けてその女性を見つめる。その姿が明らかに一般的なヒトのものとは違ったからである。
そんな様子に気づいた彼女は、総司の元へと静かに歩み寄ると、その場に跪いて頭を下げて言葉を発した。
「お久しぶりでございますジード様。――と言っても、以前にお目にかかったのは、あなた様が赤子の時分ですが」
「え、あ、はい……」
「私は、天魔七十二姫、序列1番、戦闘部隊指揮、及び戦闘教官長を務めております。――名をプリメラ・ベールと申します」
そう言って頭を下げる彼女は、見た目が十代後半あたりに見えたが、その外見に似合わないほどの老練なオーラを感じた。
彼女のその言葉に傍に控えるオラージュが説明を追加する。
「彼女は、わたくしや多くの天魔七十二姫、および天魔七姫将の
「え?」
その言葉に総司は絶句する。そんな彼をプリメラは楽しげに微笑んで見つめた。
その後、それに続くように六人の女性が総司の前に進み出て跪く。
まず初めに面を上げたのは金髪碧眼で耳の長い、小さな角の生えた女性だった。その身を軽装の革鎧で包み、手に小さな眼のような装飾の有るワンドを持っている。
小さく笑うその表情は、物静かでかつ知的は雰囲気を醸し出している。
「天魔七十二姫、序列2番、補助術師、そして戦場の広域監視索敵、情報管理を任務としております、――名はケロナ・アグレアス……です」
次に面を上げたのは、同じく革鎧を身に着け、その背に長弓と矢筒を背負った黒髪ショートボブの女性である。耳は人間と同じだが、額に大きめの一本角が生えている。
「えと……、私はリェレン・レライエ。天魔七十二姫、序列14番、戦列弓兵……、弓矢のことなら遠慮せず私に任せてほしい」
その次に面を上げたのは、漆黒の金属鎧に身を包んだつんつん短髪の男――、に見えるがどうも女性であるらしい茶髪の騎士。
「俺の名はクーニュ・エリゴス。天魔七十二姫、序列15番、騎馬槍騎兵……、まあそれしか出来ない不器用者だが、よろしく頼む……」
その後に、少し遠慮がちに総司を見上げてくる、炎のような赤い髪の女性。全身を肌が一切見えないレベルで重厚な鎧で包み、その左手にタワーシールド、右手に焔を模した穂先の短槍を所持している。
――その卑屈そうな視線を向けつつ、オドオドとした口調で話し始める。
「……え、あ、天魔七十二姫、序列58番、重装槍士……、ヴール・アミィ、です、……ご、ごめんなさい」
――なぜ謝る。総司は心のなかでそう思ったが、あえて口には出さなかった。
最後に二人同時に面を上げたのは、優しそうな笑顔の人間の女性と、茶髪で目が開いているかどうかわからない糸目のエルフ娘であった。
人間に見える、その優しげな女性は笑顔で言う。
「遊撃戦及び、情報収集、破壊工作、その他諸々、何でもこなす手練師――、いわゆる盗賊。この私が、天魔七十二姫、序列17番、ナハシュ・オティウス。そして……」
「あたしの方はメインが破壊工作――、天魔七十二姫、序列40番、ヘレス・ラウムっすよ。……よろしくっす!」
そう言って隣の糸目エルフ娘は、いたずらっ子のような笑顔を総司へと向けた。
こうして六人すべての自己紹介が終了すると、はじめの一人であるプリメラ・ベールが背後に控えるメイドたちを示して言った。
「……そして、この背後に控える者たちは、そこのオラージュ直下にして
「メイド兵部隊?」
聞き返す総司に、プリメラは頷いて答えを返す。
「彼女らは、現在の魔王軍最大兵力……、そして我が魔王城唯一の兵力でもあります。戦士兵科としても、術師兵科としても、双方の適性を有する存在で、柔軟に運用することが可能なのです」
「……は、はあ……」
困惑の表情で答える総司に、プリメラは笑顔を向けて頷いた。
「……大丈夫です。これからしっかりとこの私が、貴方様に戦術・戦略をレクチャーしてして差し上げましょう」
その不敵な笑いに、総司は苦笑いを返した。
総司が、彼女らのその名と顔を反芻していると、オラージュが恭しく頭を下げて総司のその手を取って奥にある巨大な椅子へと導く。総司は戸惑いながらもそれに従って、椅子へと近づいていった。そして――。
「……あ」
その椅子には座るべき主がいなかった。その代わりという感じで、装飾の入った漆黒の両刃長剣が立てかけてある。
オラージュはその剣に近づいて一礼すると、それを手にして総司の元へ歩み跪いてその剣を両手で掲げた。
「魔王様……、あなたのお母様――、先代魔王様の遺品でございます」
「――!」
分かっていた事であったが、改めて聞いて総司は顔を歪めながらその長剣を手にする。
――総司の頬に一筋の涙がこぼれた。
「母さん……」
総司はただ悲しかった。夢にまで見た母――、それがもはやこの世の人でない事実を自覚した。
「なんで……、なんで!! 迎えに来てくれなかったの?! ……なんで僕をばあちゃんたちに預けたの?!」
総司は泣きながら剣を抱えて叫ぶ。それを周りの全員が黙って見つめている。
「……なんで、もう死んでしまっているの?! せめて……、せめて一目会いたかったよ!!」
「魔王様……」
泣いてその場に膝を折る総司に、オラージュが小さく声を掛ける。そして――、
「申し訳ありません……、全ては我らの不徳の致すところ。貴方様が幼い日に、貴方様は
「――?!」
総司は泣き腫らす眼で、驚き、そして目を見開く。オラージュ達は皆一様に暗い表情で総司を見つめる。
「かつて……、長い天魔族の歴史において、初めて、そして唯一の
「はんらん?」
「……はい、そのとおりでございます」
オラージュは頭を垂れて語り始める。
「反乱――、まさにそうとしか呼べない戦い。同族である天魔族の一部が、魔王様に反旗を翻し――、貴方様の命を奪おうとした。そして本来、世界の守護者として在るべき天魔族は割れることになり……」
その先の言葉を、オラージュは詰まらせる。――そして押し殺すように言葉を発した。
「――混乱と、同族同士の殺し合いを避けるべく、魔王様は貴方様を異世界である地球へと移送し、保護し――、一旦、それぞれ自由に生きるようにと天魔族全体に指示をなされました」
「母さんが……、そんな事に?」
「はい、そして――、御側要員である我らメイド達と一部天魔七十二姫を魔王城に残して、他の天魔族は大陸全土へと別れてゆきました。そうして、いくつかの勢力に分裂しているのが天魔族の現状です」
総司は黙ってオラージュを見つめる。
「そして、そのような状況下で……、
そう言葉を発するオラージュの顔は苦渋に満ちていた。――総司は思わず聞き返す。
「幻魔竜王? それって……」
「世界の脅威たる幻魔の最強種……、滅びの魔竜……、末世の竜神。われら天魔族にとっても脅威である最大の敵……」
オラージュは悲しげな表情で総司を見つめる。
「本来ならば、天魔族最強の
オラージュのその言葉にプリメラが言葉を加える。
「は……、天魔族最強とも呼ばれていた私が、魔王様を守ることが出来なかった。何が最強なんだか……、本当に不甲斐なくて泣きたくなる」
そうして沈む彼女らをみて、総司はその手の長剣を見つめた。
「……母さん、色々大変だったんだね。ごめん……、そんなことも知らずに、僕は一人平和な世界で生きていたんだね」
「魔王様……」
心配そうに見つめるオラージュに笑顔を返して、総司は決意のこもった眼で長剣を見つめた。
「ということは……、僕にもやるべき使命があるんだね? 母さんという魔王がいなくなった状況、そして分裂してしまった天魔族……」
総司は真剣な表情で周囲の天魔族たちを見回した。
「オラージュさん、そしてみんな……。僕がやるべき事を教えてほしい。僕はみんなの……、母さんが守ろうとした家族のために何かがしたいんだ」
その決意に満ちた表情をみて、その場にいる天魔族たち全員が明るい笑顔を
「承知いたしました。このオラージュ・ヴェルゼビュート以下、魔王城天魔族全姫は――」
――貴方様がなすべきことをなせるように、そのすべてをもってお仕えいたします。
こうして魔王城に新たな少年魔王は立った。それはそこから始まるいくつかの試練の始まりを示していた。
◆◇◆
荒野を天魔族の集団が進んでゆく。
その瞳には決意の色があり――、それが進む先にはかの魔王城があった。
「キコーニア……」
先頭を進む
前髪で目を隠した長い耳の少女は、その声にビクリと身を震わせて言った。
「ルーチェ?」
「……アタシがあのオラージュとやり合う間、他の天魔七十二姫を抑え込んでおけ……」
「……」
「プリメラさん……。師匠にもアタシたちの戦いに手を出させるな」
その冷たく重い言葉にキコーニアは沈んだ声で答える。
「こんな事本当にやるの?」
その言葉と、周囲からの視線を受けて、ルーチェは一人決意に満ちた眼で答えを返した。
「当然だとも……。魔王様より全軍指揮官――、戦姫将軍の役を与えられた者として」
――アタシがすべき事を――、
――ケジメを付けねばならない。
――それだけが、愚かな反乱に加わったアタシに出来る、亡くなった魔王様への弔いだから。
そうして、魔王城に波乱が迫ろうとしていた。
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