栄光をきみの手に(四)
〇新暦九三九年八月二十二日の条
西南公[ラカルジ・ラジーネ]がホアラに自ら乗り込んできた。さすがに、才覚のみで都の実力者に上り詰めた男は鼻が利いた。どういう方法かはわからないが、「異変」を感じ取ったのだろう。
私は酒席を用意させると近習を全員下がらせた。あばた[コルテ・コムパ]は別室で、公の側近と面会していた。
来訪の名目通り、公は執政官候補として、大貴族の名前を複数名挙げた。薔薇園[執政府]と鳥籠[宮廷]に、老執政[トオドジエ・コルネイア]の嘆願の話は伝わっていたので、彼らなりに老人[ハエルヌン・ブランクーレ]の思惑を慮った結果、私からの要請に対して、大貴族の中から選んだのであろう。
「その選定に公はどのくらい絡んでいるのですか」と試しにたずねてみたところ、公は酒杯を机の上に置き、「今回の件については、私が口を出すのもどうかと思ったので、配下の者にすべて任せました。もちろん、なにかあった場合の責任は取ります」と言った。責任という、公といちばん遠い距離にある言葉が出てきたので、私は思わず、苦笑を浮かべた。ここまで堂々とうそをつけるのもひとつの才能であった。
私の様を見て、「本当ですよ。心外ですな」と公も微笑を浮かべた。それに対して私は「これは失敬」と言いながら、公の杯に酒をそそいだ。
「後任にだれがよいのかたずねられ、わたくしは公を押したのですが、老執政との友誼からそれはできないとの話でした。申し訳ない」
私が軽く頭を下げると、公は「老執政とお父上の友愛に反してまで、私のなまえを出していただけたのはありがたいが……」と言った。
「どうも、多くの方が勘違いされているようだが、私はとくに執政官の椅子に坐りたいとは思っていません。きれいな、よい椅子ですが、正直な話、スザレ・マウロや老執政が梯子を外されたように、名誉職へ追いやられるのは勘弁願いたい。私はまだ、自分では若さが残っているつもりです。まだ西南公としてやりたいことがあります。前のように、執政官に権限が戻らないかぎり、御免蒙りたい話です。……侯のわたくしに対する友情の念はありがたく受け取っておきますが」
公が意外にも、すなおに本音を話してきたので、私は内心驚いた。こちらは胸を開いて話したのだから、そちらも少しは開いてみたらどうなのだ。そういう話であった。そこで、私も公という人間が嫌いではなかったので、言える範囲で状況を教えてやることにした。
「私は友人が少ないですから、公とは仲良くやって行きたいのです。今回の執政官の人選についても、私の知っている範囲で教えて差し上げたいのだが、正直、なにも決まっていないのが現状です。何も」
私がそのように口にしたところ、「友人が少ないのはわたくしも同じです。仲良くしていただければありがたい。なるほど、何も……、決まっていないのですね」と公が応じた。
私が公に少し顔を近づけると、公もそれに倣った。
「であるから、しばらくの間、執政官が空位になるかもしれないので、公にはそれへの対策をお願いしたい。執政官にしかできない職務などはほとんどないようですが、必要ならば代行を立てる必要も出てくるでしょう。……話が長引けばね」
「……代行ですか」
そのように言いながら、公は姿勢を正し、酒杯を口にした。
「お恥ずかしい話。私は近北州で責任ある立場にありながら、執政官の歴史や職務というものがいまいちわかっておりません。ご教授いただけるとありがたいのですが」
私の言に、公はすこしの間、沈黙で応じてから、「ほう。侯が執政官について知りたいと……。いいでしょう。きょう、連れてきた連中のひとりに、その手の話に詳しい者がおります。ご下問なされるといい」と応じた。
それから、しばらくの間、たわいもない雑談を交わして、面会は終わった。
〇注釈
この会見で、執政官の選任問題が、北の老人の絡む危険な話であることを西南公へ暗に伝え、三代どの[オイルタン・サレ]は恩を売った。
三代どのの目は、前の大公[ザユリアイ・グブリエラ]が執政官に着任したあとを見据えており、将来、大公と権力を巡って対立する可能性があった西南公に接近し、自勢力に取り込むことで、大公を牽制させようと目論んでいた節がある。
なお、西南公が名を挙げた執政官候補の筆頭は、宮廷の権力者であったコリニ・スラザーラさまの甥プレンシピ・ボジリアさまであったようだ。
〇補記
執政官選任問題が持ち上がった段階において、ラカルジ・ラジーネは、イルコア戦役で和平派として共に動いたザユリアイ・グブリエラと近しい関係にあり、オイルタン・サレとは疎遠であった。
しかしながら、ラジーネとグブリエラの友好関係は、お互いの権益が重ならないために維持されていた面があり、サレとしては、そこに付け入る隙があった。ラジーネとグブリエラは両者とも、自己の権益にきわめてうるさい人間であった。
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