第12話

シークについていけば、おそらく夜会会場である扉の前で止まった。

シークは僕の後ろに下がり、前を見ればレオンがそこに立っていた。


「久しぶりだな、舞」


「‥そうだね」


それに対して淡々と返して、レオンは一歩下がる僕の隣に立った。

そういえば、今日は夜会だけじゃないのか。

改めてこの先にいるこの国の者たちに晒される視線に胸の内がざわめいた。

足が震える。

手先も僅かに震え、紋様が出ている手の方は僅かに痛んだ。


(それでも、僕は‥)


夜会会場の扉が開かれる。


レオンとの足並みを揃えて会場内に足を踏み入れれば、大きな拍手で出迎えられていた。


「レオン殿下!」


周りの人間がレオンを称えているのがわかる。

どれだけ、レオンがこの国の者たちに慕われてるのか、信頼されているのかわかる。


それに比べて、僕に向けられる視線はところどころ見えるだけだが、薄汚れた目線ばかりだった。

もう、慣れてしまいすぎて口の動きで何を言っているかわかる。


『あのお方がレオン様の?』


『貧相な体だこと‥その上男なんでしょう?』


『レオン様、なんてお可哀想に』


全て正しい。

だって、僕には相応しくはない。勿体無いくらいだと今になって感じていた。

蔑まされること、否定されることはあれど、称賛されたことのない僕。

それに対して国民に愛され、信頼され、称賛されるレオン。

どう見ても考えても、不釣り合いだ。


そんなことを考えてるうちにレオンによる夜会の挨拶を終えていた。

レオンの視線に気づき一歩前に出て、横に立つと肩を抱かれる。

いきなりのことに僅かに驚き、レオンの顔を見上げるように見れば、レオンは凛々しい顔をして前だけを見据えていた。


「紹介する、吹雪舞。俺の婚約者。未来の王妃になる俺の大切な存在だ」


宣言をすると、すぐさま拍手の音が聞こえた。

観衆を眺めて祝福している者もいるだろうが、やはり祝福しきれない者も居るらしい。

そのほとんどが、女性からの目線だった。

それでも、挨拶の場ということで笑顔を貼り付けて、観衆にお辞儀をした。


そこからの夜会は、ほぼ自由という形になった。

最初は何人かの貴族らしいご老人などが挨拶に来たりして、それの受け答えをしていた。

中には僕の体を上から下まで品定めするように見る者も居たが、笑顔を貼り付けて受け答えをした。


そして今は、会場のバルコニーまで出て夜空を見上げていた。

先ほどもそうだったが、レオンの周りにはあからさまに下心丸出しという令嬢というのか、その者たちが囲んでいた。

きっと、今頃もっと囲んでいる人数は増えていることだろう。

だが、これでいい。

これで、うまく婚約破棄までいってくれれば僕の役目も終わりというものなのだが。

そうは、うまくいかないのが僕の運命らしい。


「ご機嫌麗しゅう、吹雪様。レインと申しますわ。少しお時間よろしくて?」


一応人気のないバルコニーに居たつもりだが、令嬢たちの目が光らせたのは、レオンだけではなく僕も含まれていたらしい。


見るからに派手な紫色のドレスに金髪の髪。

そして、装飾品には大きな宝石の数々。

他の令嬢を引き連れてるところを見てこの、レインは、身分の高いご令嬢なのだろう。


「お声がけありがとうございます。レイン様。

大変申し訳ありません、こちらの作法には疎く無作法で失礼致します」


そう、挨拶するとレインが引き連れていた他の令嬢が可笑しそうにクスクスと笑う。


『本当に男でいらっしゃる』


『やめなさいよ、必死に取り繕っていらっしゃるのよ?』


全部聞こえるように、口元は隠しながら声に発していた。

レイン令嬢の反応を見れば、こちらを見下すような笑みを浮かべていた。


(あぁ、これは使えそうだな‥)


不意にそう思って、どんなに蔑まされても笑顔を崩さずにいた。


「こらこら、皆さん。いくら、吹雪様が男性であるからってそんなに言ってはお可哀想ですわ。レオン様の大切なご婚約者様であらせられるのだから」


「レイン様の寛大な心に感謝致します」


刺々しい言葉を言われてもこちらの体制を崩さず下手に出る。

このタイプは、こちらが反応を示さないと感情的になるタイプだ。

現に、僕の言葉にレイン様の余裕の笑みが消えて、唇を噛み締めている。


「どうやら、貴方はご自分がどんな状況に置かれてるか理解なさっていないようですわね?よくて?貴方が居なければ、王妃の第一候補は私でしたの」


「そうですか」


笑顔を崩さず。

向けられる目線が悪意に満ちていっても決して笑顔を崩してはいけない。

すると、あろうことかレイン令嬢は、ナイフを持ち出しこちらに勢いよく近づいてきた。


(刺されるのかな、僕は‥)


まぁ、それでも目的は果たせるから良いかと思っていると、レイン令嬢は僕の着ていたドレスの胸元を切り裂いた。


「は?」


「ご覧になって皆さん!これが、化けの皮というものですわ!」


レイン令嬢がそう口にすると他の令嬢も声をあげて笑っていた。

そんな中僕は決して崩さないと決めいた笑顔は崩れ、ただただ可愛いかったドレスの無惨な姿を見ていた。


正直、僕はこの夜会で婚約破棄さえできればどうなろうとどうでもよかった。

僕は婚約破棄になるための火種をつけるだけで、よかった。


なのに可愛いドレスが、身代わりになってしまった。


(あんなに可愛かったのに‥どうして皆可愛いを壊そうとするの?)


すると、ドクリと紋様のある腕から違和感を覚える。

同時にどうしようも制御できない感情が渦巻く。


「‥もう、いい?満足した?」


「この私に何よ!その口の聞き方は!」


先ほどまで他の令嬢と笑い声をあげていたレイン令嬢は怒りに顔を染めていた。

レイン令嬢にゆっくり近づいて、僕の顔を見るなりにレイン令嬢は腰を抜かしてその場で尻餅をついた。


「‥全部やるよ、お前に。王妃の座もレオン様?も全部くれてやるよ」


「ひっ!」


レイン令嬢は短い悲鳴をあげて、他の令嬢も先ほどとは打って変わって、化け物を見るような目でこちらを見て後ずさっていた。


とにかく、全部言葉にしたし、もういいかとその場を後にする。

夜会会場も後にし、一人胸元が切れたドレスで長い廊下を歩く。


(終わった‥全部‥何もかも)


それで良かったはずなのに、なんでこんなにも胸が苦しいのだろう。

腕が段々と痛くなってきた。

それと同時に、頭の中が真っ黒に塗りつぶされる感覚に侵される。


(あれ?僕は何を考えていたんだっけ?)


それが、わからないくらい頭の中は真っ黒で思考が回らない。

立ち止まって考えるもわからない。


何が好きだったっけ?

何が僕の世界にあったっけ?

宝物ってなんだっけ?


そんなことを考えていると、後ろから勢いよく腕を掴まれる。


「舞!」


この声、振り向かなくてもわかる。

レオンだ。

なんだろう、そんなに焦って。

今頃、レイン令嬢との婚約パーティーで忙しいだろうに。


「こちらを向け、舞」


「‥。」


それに対して沈黙で返せば痺れを切らしたのか、レオンは僕の前に回り込み僕を見れば目を見開いた。

何に驚いているのかと、鈍った思考で窓が鏡がわりになり、丁度僕の姿が映り込んでいた。

ドレスの胸元は、予想よりもひどく切れていた。

そして、何よりそこに映っていたのは、あの黒みを帯びた紋様が顔の半分を覆っている姿だった。






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