冷笑系は生きられない!

ひびき きょうか

1章

第1話 冷笑系は生きられない!


『キーンコーンカーンコーン』

 

 教室内に授業終わりのチャイムが鳴り響く。

 ああ、やっと4限目が終わった。

 

 この高校に入って初めての夏休みが明けて1週間が経ったけど、僕の休み気分は未だ抜けていない。

 

 というよりも、夏休み前もゴールデンウィーク前も、僕の心と体はいつでも休みを欲している。勉強も運動も、僕はまっぴらゴメンだね。

 

 思えば夏休み中はずっと家の中で怠惰な暮らしをしていたっけな。クーラーの効いた部屋で永遠とゲームをする日々、ああ、なんて楽しい夏休みだっただろう。

 

 僕はそんなこと思いながら、1番に教室から抜け出して学食へと向かった。

 

 ――ドン!

 

 学食へ向かっている途中の曲がり角で、僕は誰かにぶつかった。その人が持っていた沢山の紙がひらひらと床へ落ちた。

 

「すみません」

 そう言おうと思って顔を上げると、そこに居たのは男教師の坂井 裕二さかい ゆうじだった。こいつは僕の担任の先生だ。

 

 ……ギロリ

 

 と先生は僕を酷く睨みつける。まるで今にでも殴りかかって来そうな勢いの目だ。すごいこわい、

 

 言っておくが、これは決して僕が担任の先生に嫌われている訳では断じて無い。この先生は誰に対してもそうなのだ。

 

「皆さんの事はどうでも良いので、どうか勉強だけをして下さい」

 

 と、入学式の日にクラスの生徒全員にそう言ったのを、僕は今でも思い出す。

 だからこれは決して、僕が生徒ならず先生にまでも嫌われているのでは無い。いや、ほんとに、ほんとのほんとに。

 

 とりあえず、僕は面倒なことをやってしまった……

 他の先生ならまだしも坂井先生なんて、この先生は怒ったら何をするか分からない。まだこの人が怒った所は見た事がないけど、きっとそれが今だ。ああ、面倒な事になったな……


 僕は死を覚悟した動物のように、全く動けなかった。言葉も出なかった。


「うぉぉぉおおお!」

 ――ドドドド――


 遠くから沢山の叫び声と足音とが聞こえてきた。

 

 なんだ……?ここは競馬場か?

 そう思った時には、僕はもうその大群に飲み込まれていた。それは、学食へと向かう運動部の群れだった。


 僕はこの隙に坂井先生から逃げ出した。


 生徒の中でも僕が1番嫌っているのが、この運動部のやつらだったけど、今回は助かってしまった。

 ふっ、良くやったぞ、褒めてやろう!


「どけっ!!」

「邪魔だよ!!」


 僕は運動部にそう言われながら壁に飛ばされて、尻もちをついた。一度も運動部に入った事が無い僕は、あいつらに全く敵わなかった。


「ははっ!あいつ誰?」

「知らねぇ」


 僕を突き飛ばした奴らは、そう言って笑いながら学食の方へ走って行った。

 

 力で弱者を脅し、最後には勝ち誇った顔で弱者を笑いものにする。まったく気持ちの悪い連中だ。頭が悪いくせにイキがって、試合に負けた時は泣いたりする。ほんとに気持ちが悪い。


 圧倒的な力の差を見せられて、立ち上がる気力も無い僕の所へ数人の女子たちが歩いてきた。


「え、何あれw」

「まじで一人でなにしてんのww」


 女子たちは僕の事を見下ろして、あざ笑いながら歩いて行った。少しの心配もしてくれなかった。心配どころか、さっきの運動部のやつら以上の攻撃力だった。

 

 別に女子に何かして欲しい訳じゃない。

 『大丈夫?』なんて言って欲しい訳じゃない。

 いや、ほんとに、ほんとのほんとに。


 ああ、女子に無視されたり、あざ笑われたりするのはほんとに辛い。ほんとのほんとに辛いよ……


「ははは………」


 と、僕は情けない僕自身を笑ってみる。

 ああ、お腹へった。

 

 僕はその後学食へ行ってみたが、案の定僕の座る席は無かった。

 購買のパンも、全て売り切れていた。


「はぁ、」


 と、情けない溜め息を吐きながら僕は教室へ戻って行く。


 教室内では、幾つかのグループが机を合わせて談笑しながら、弁当や購買のパンを食べている。

 男子だけのグループと女子だけのグループともう1つ、イチャイチャしているカップルが2組いる。


「この卵焼き私が作ったのよ!美味しい?」

「すげぇ美味いよ!嫁に欲しいね」

「もう何言ってんの、まだ早いよ〜」

 

 ……不愉快だ。


 まったく、恥ずかしくないのかねぇ。こんな大衆の面前で、よくそんなドラマや映画みたいなセリフを吐けるよな。こっちまで恥ずかしくなってくる。

 

 そもそも、恋人の必要性が僕にはまったく分からない。

 どうせこいつらは、恋人が居るという幸福な自分の立場に気持ち良くなっているに過ぎないのだよ。

 どうせ半年後には別れるさ。絶対に別れるね、お願いだ別れてくれ。僕の幸福のために。


 僕は息を殺して、誰にも気づかれないように自分の席へ座った。

 まぁ別に気づかれても、僕は空気みたいな扱いだけどね……


 昼休みが始まってまだ15分しか経っていない。5限までは後45分ある。

 よし、この前買ったあれを読もう。


 僕はカバンの中から文庫本を取り出した。

 『知る人ぞ知る近代文学の奇作』

 とネットに書いてあった本だ。


 そういうネットの言葉に踊らされて買ったは良いが、結局難しくて読んでいない本が僕の部屋には沢山ある。

 けれど、今回こそは読むぞ!


 僕がそう意気込んで文庫本の表紙を捲った瞬間


 ――ジジ―ジジ――


 と、教室の角に備え付けてあるスピーカーが鳴った。

 教室に居る僕以外の生徒全員が静かになる。僕は元から静かだ。

 

 何かの放送か、それとも誰かの呼び出しだろうか


「えー、えー、聞こえてるのかなこれ?」


 スピーカーから、女性の声が大音量で流れる。

 若々しくつたないその声からするに、放送しているのは女生徒のようだ。


「えー、生徒の呼び出しをします」


 ああ、やっぱり生徒の呼び出しか。僕には全く関係の無いことだ。


「1年3組 泉 京平さん 至急放送準備室へお願いします。

 繰り返します 1年3組 泉 京平さん……」


 へぇ〜、1年3組の泉 京平いずみ きょうへいね。

 そんな偶然もあるんだな、僕と全く同じ名前で学年とクラスも僕と同じだ。


 って、それって僕じゃん……


 僕は驚くよりも混乱した。

 自慢ではないが、僕は小学校から今まで一度も呼び出しをくらった事がなかった。まぁ、目立たなかったと言えばそれまでだけれど、実に平和に過ごしてきたつもりだ。

 この高校でだって、全く平和に過ごせている。


 あっ……


 僕は思い出した。さっきぶつかった坂井先生の事を。

 あぁ、これは絶対怒られるやつだ。

 こんな事になるなら、あの時すぐに謝っておくべきだった。後悔してもしきれない。


 あの先生のことだから、普通に体罰してきそうだ。そうなったら訴えよう。


 僕は恐怖で震えながら放送準備室に向かった。


 放送準備室の重たくて硬い扉を開けると、そこには1人の女子が仁王立ちをしていた。もっと分かりやすく言うならベガ立ちをしていた。


「君は運良く!非常に運良く選ばれました!おめでとう!おめでとう! パチパチパチ~」


はぁ???????????????????

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