磨かぬ鏡

苗橋 直岐

磨かぬ鏡

■無明


 和洋折衷を体現したかのような屋敷に私は足を運んでいた。何度か顔をつき合わせたこともあり、酒も飲み交わしたことのある人間に会う為だ。正確に言えば、彼と現実で知り合った訳ではない、所謂ネットの友人という立ち位置の相手、ハンドルネームを恒河沙と言う。

「数学、または塵劫記がお好きで?」

 ウイスキーを燻らせつつ語らった時に、恒河沙は首を振った。因みにその時の飲み方は二人とも気取ってロックにしたが、恒河沙は途中でバーテンダーに水割りへと変更してもらっていた。わざわざ此方に合わせてくれたのだろう。

「ガンジス川と、沙悟浄が好きなんだ」

「……それって西遊記が好きなんじゃないですか?」

「違うね、全然違う」

 ただ、惹かれるものがあったんだ。そんな恒河沙は話の幅が広く、時にオカルティズムについて語らうこともあった。今回、彼と会う。厳密に言うと、彼の自宅に邪魔する切っ掛けでもあった。

「妙な物が実家から届いてね。もし君も興味があるのならば共に見ないか? 勿論、他にも二人くらい呼ぼうかと思っている」

 丁度、恒河沙が提案していた日時は花金で、私の職場からも近かった。何より、あの恒河沙が妙な物、というものを共に楽しみたかったのかもしれない。こう見えても私は興味本位で生きている所があり、時に冴えている。時に無鉄砲という評価をもらっていた。

「他の人は、何方で?」

「共通の知人さ、君は会ったことあるか分からないけれど『信濃』と『次元の呪い』という二人を呼ぼうと思っている」

「ああ、彼等ですか」

 私は、信濃とは顔を合わせたことがある。彼も恒河沙と同じく居住区が近く、ネットでの言動と裏腹に現実では堅物のような印象を受けるような人物であった。しかし口を開けばミームが出てくるものだから、ああ、この人は信濃本人で間違いないのだなと感じさせてくれる。

 そして、もう一人の次元の呪いだが、彼または彼女とはSNSでは何度もやり取りしているものの、その本質は理解していない。というよりも最初はハンドルネームを見た時になんだコイツは、と思ったこともある。だが、その人の投稿は動物系から哲学、そして多くの自己問答、果てにはセクシャルなコミックの試し読みなど多岐に渡っていて、エンターテイメントな人間なのだろうと勝手に思っていた。

 通話をしてこなかったのは、次元の呪いと同じコミュニティに居たわけではないからだ。しかし相互にフォローは飛ばし合っているので、嫌われているということではないのだろう。私は、その話が出てから、今日と言う日を楽しみにしていたのだ。

「でっけえ」

 恒河沙の自宅に着いた時に最初に出た感想がこれだった。一見すれば三重県にある六華苑のような洋館と和館。そして奥に蔵があった。池こそ無かったものの、凡その人間が描く豪邸像に当てはまるだろう。

 私は諸戸 清六にこそ詳しくなかったが、ビジュアルとして建築物を見ることは好きだ。だからこそ、恒河沙の生い立ちが気になった。けれど所詮ネットの人間関係、そこまで口を挟んで良いものか。無為に興奮して話さないかだけが己の中で気がかりだった。


■行


 ドアベルを押して、緊張感を保ったまま暫く待つ。引き戸ではあったが私の故郷の田舎みたいに無遠慮に開けて良いものではないと常識が制する。手土産でも持って来た方が良かったのかもしれない。そんな私の後悔を塗りつぶすように快活な声がした。恒河沙のモノだった。彼は、自由な金髪で、面影も若い。年齢を確認した時は私とそう大した違いは無かったはずなのだが、在り来たりな黒髪の自分からしたら自由の象徴でもある。

「もう信濃は来ているよ、上がってくれ」

「はあ、お邪魔します」

 そう言って、長い廊下を進み、リビングらしき場所に到着すると信濃が居た。互いに視線を合わせては小さく会釈をして。

「信濃くん、茶髪にしたんだ」

「そちらは相変わらずつまらない黒髪。此処、好きに座って良いって言われてもこの大きさだと迷いますよね。僕思うんですよ恒河沙さん、何者なんだろう」

 割にズケズケという信濃の態度に緊迫した心が解れ、適当に彼の傍に座った。すると恒河沙が私の前にカステラを一切れと、緑茶を一杯差し出す。信濃の前にも同じような空の器があった。

「次元の呪い、ちょっと遅れて来るみたいだけど。どうする、先に見る?」

 例の物、と言われると途端に緊張感が走った。それを隠すように私はカステラを菓子楊枝で切り分けて頂き、乾いた喉を飲みやすい温度の緑茶で潤した。

「僕は全員集まってからでも良いと思いますけどね、どうします?」

 此方に話題を振られて、暫し迷う。取り敢えず口の中に入っているものを飲み込んでから、私は恒河沙に向き合った。

「そもそも次元の呪いさんは、どのような方なんです?」

「会ったことないんだ」

「ええ、初めてです。信濃さんは?」

「僕は一度だけ、恒河沙さんと一緒にお会いしたことが」

 なんだ、自分以外は顔見知りか、と何故か妙な疎外感に見舞われた。しかし、それは同時に彼等と同胞であるという証左でもある。

 それならば、私も会話に困る事はないだろう。あの幅の広さに着いていけるかは微妙な所ではあるが、それでもひとり仲間はずれにはならない安心感はあった。

「どんな方なんです、次元の呪いさん」

「一言でいうと難しいけど、割と、そうだな、達観してる?」

「ああ、僕もそう思いました。諦めとは違うんですけれど、なんか、大人だなって」

 へえ、と心の中で相槌をした。達観している人がセクシャルな漫画を読むか? という疑問はあったが、それは達観している人物に悪いだろう。

 釈迦だって出家前に妃を妊娠させている。キリストにも子供がいたかもしれないという論争があり、研究され膨大な資料があるが、どれを正確だと受け取るかは、最早受け取り手の自由になり始めている。

 インターネットが流行ってからは余計に、この自由は重要視されて、私の様に情報のエンドユーザーにとっては結局、常時五里霧中ではあるのだ。


■識


「まあ、でもどのくらい遅れて来るのか分からない以上、先に見ても良いんじゃないですか?」

 私がそう告げれば、恒河沙も信濃もそれもそうだと意見が纏まる。予測に過ぎないが次元の呪いは、時間にルーズなタイプなのかもしれない。

「じゃあ、ちょっと持ってくるよ。正直、気味が悪くてね。離れの蔵に押し込んである」

 恒河沙がそういうと、私と信濃は顔を見合い、二人で「そちらに自分たちが行った方が早い」という結論に至った。

 それならば、と恒河沙の先導の元、また長い廊下を歩く。リビングは洋式建築だったけれど離れに繋がる道は完全な和式建築で、赤いじゅうたんと縁側の境目は胸躍る部分がある。

 そこから更に奥へ、小さな茶室のような蔵だった。押し込んである、と言われた例の物はすぐに分かった。そこに異質な布が掛かっていたからだ。

「気味が悪いって、もしかして呪いのアイテムとかそういう類の物ですか」

 信濃が私の不安を先に口走る。けれど隣で「ほら、ドラクエみたいな」という言葉が聞こえると、私の不安とは別途の物なのだろうなと見当がついた。個人的には、これは、他人の墓場にスコップを突き立てるような感覚に襲われていた。何か妙な物を暴いてしまうような、そんな厭気。

「一度だけ見たんだ」

 日を遮られた蔵の中で、恒河沙は明るい表情を瞬間的に昏く、創り上げる。ムードを生むのが上手いなあ、なんて。先ほどとは見当違いな意見が、私の中にあった。恒河沙は妙に、演技的な喋り方をする時があることを、私は知っている。

「此れをですか」

「そうじゃなかったら、妙な物なんて言わないよ」

「で、何なんですこれ?」

 信濃が布を取り去ろうとする。私はそれを見ていて、恒河沙も止めなかった。自然と、それは白日の下に晒されることになる。鏡だ、そう思った。

「鏡だ」

 信濃もそう呟いた。

「鏡だよ」

 恒河沙も、続けて説明をした。どうやら、これは恒河沙の実家から送られてきた一子相伝の秘蔵の宝物らしい。先日、恒河沙の父君が体調不良に陥り、その際に自分を指名したのだと言う。

「一子相伝ということは、恒河沙さんは長男ですか?」

 私がふと、思ったことを訊ねると、恒河沙は首を横に振り、否定の意思を示した。

「兄と姉と、弟が居るんだけれどね。何故か、これを受け取る様に言われたのは俺だったんだ」

 不思議なこともあるものだ、と感じるが、同時に納得もある。その鏡は、どことなく寒気を感じさせて、心を不安定に揺らすような気がした。あくまで、素人がそう感じているだけで。でも素人がそう思うということは、曰くつきではあるのだろう。

 オカルティズムに詳しい恒河沙がそれを引き取るのは理解が出来たし、自分が親なら、何も知らない他の子よりも幾分かはジャンルに興味のあるものに渡したいと思うだろう。親にもなったことのない、ただの一人やもめの一意見だ。


■名色


 装飾の少ないその鏡は、どうにも曇っていて、覗き込んでも鮮明さは感じられなかった。古い一品なのだろう。自分の姿も霧のような靄に見える。

「確かに、妙ではありますね」

「僕もそう思います、ほら、ムラサキカガミとか流行ったじゃないですか。ああいうのを、今思い出します」

 成人過ぎてて良かった、そう言う信濃の言葉から、なんとなく私には引っ掛かるものがあった。

「ムラサキカガミ、あれに対抗する言葉に『水野 温斗』ってあったじゃないですか。あれって何なんでしょうね。結局分からないや」

「ああ、あれは。聞いた時は怖かったけれど、余計にストーリーにバックボーンを持たせるための言葉だったんじゃないかな」

 ほら、人名っぽいと怖いでしょ。恒河沙が言う言葉に私と信濃は頷いた。確かにムラサキカガミの関係者っぽく聞こえる。

 実際はデマだというのに、広がる時は一瞬だ。その時、遠くからドアベルが鳴った。

「あ、鳴ってますよ。恒河沙さん」

「次元の呪いかな、出てくる」

「私たちはどうしましょう」

 正直な話、此処に鏡と一緒に居たくなかったので、一歩恒河沙の方へと踏み出す。すると、「じゃあ、皆で行こうか。紹介もするよ」と言ってくれたので私は非常に助かった。

 長い廊下をまた三人で戻る。ふと、鏡に布をかけ直していなかったなと思ったが、まあそれだけで変わる事もないだろう。

 リビングまで戻って、恒河沙は掛けていて、とソファを示してくれたので私たちはそこに座る。まだ残っていたカステラと冷めてしまったお茶を飲んだ。

 すると、玄関先から「おーじゃましーまーす!」と溌溂な声がした。此処に居るのは、私と、恒河沙と、信濃。つまり聞いたことのないこの声こそが次元の呪いなのだが、思いのほかハイテンションな人だ、と思う。

 男性の声だった。足音も大きく、恒河沙の品のある歩き方とは変わって、ドタドタと聞こえるような音がなる。

「久しいね、信濃。そして貴方が……」

「はい、私です」

「初めまして、次元の呪いでっす!」

 握手を求められ「会いたかったんですよ~」と言われると悪い気はしない。人間ちょろいものである。その間にまた恒河沙はカステラを一切れとお茶を次元の呪いの前に差し出した。彼は私の様にちまちまとではなく、大口をあけて一口でそれを食べ切る。豪快だ、もしかしたら自分の目指す人間は彼のような人物なのかもしれない。

「遅くなって悪いね、もう見ちゃった?」

「さっき、三人で確認したよ。でもちょっとだけ、今から四人で見よう」

 恒河沙と次元の呪いが話す。その裏で信濃が「慣れると、慣れますよ」なんて重複表現をするものなのだから、ちょっと面白くなって、鼻から笑い声が出そうになった。

 なんとか耐えて、それからまた、来た道を戻る。なんだか堂々巡り、という単語が思い浮かんだ。同じことを繰り返すと、あの世とこの世を繋げてしまう儀式となりえる。そういう、何処にでもある逸話だ。本当に日本人は八百万を信仰するだけあって、八百万に対する礼儀を持っていなければいけない。それは、面倒だけれど、ワクワクもする。


■六処


 時間は過ぎて、夕暮れの真っ最中だった。この明かりもすぐに夜へ変わっていくのだろう。鏡は結局どうするのだろうか。見て終わり、そんな事はないだろう。ただ見るためだけの為にこんな人数は必要ない。

 恒河沙は何らかの解決策を探りたいのかもしない。女三人寄れば姦しいともいうが男四人でも話し合いは出来る。また私たちが蔵へ辿り着く前に、信濃が次元の呪いに話しかけていた。

「ムラサキカガミっぽいって話をしたんですよね、それを見た時に」

「……ああ、でもあれって皮肉過程理論でしょ?」

「なんですか、それ」

 私もあまり聞き馴染みのない言葉だったので、そこに耳を傾ける。恒河沙は道案内の為に先導していた。なにか口を挟みたいような気もしたが、そのままでも良いような、曖昧な心地だった。

「簡単なところで言うと禁煙だな。あとは『シロクマ実験』とか聞いたことない?」

 その実験については聞いたことがあった、三つのグループに分けて、一つには「覚えていてください」、もう一つには「考えても考えなくてもいい、最後には「絶対に考えるな」と告げて同じ映像を見せた。

 この実験結果で一番シロクマについて覚えていたのは「絶対に考えるな」と言われたグループだったそうだ。

「ありますけど、ムラサキカガミは年月が経ちすぎて流石に忘れてましたよ」

 信濃の言葉に私は内心頷く。直後ならともかく、何年越しも経過しては覚えられないものだろう。次元の呪いはそれについて考えていたようで。

「まあでも、鏡を見てからだな。妙なインスピレーションが湧くかも」

 前向きな人だ。結局私は蔵に向かうまで言葉を発することはしなかった。信濃と次元の呪いの会話に、恒河沙も耳を傾けていたのか「別に俺んちは実験施設じゃねえからな」と苦笑していた。

 でもこの家の広さを考えると、実験施設の一つでも経営してくれていた方が、納得感があったかもしれない。そうして、私たちは蔵へと再びやってきた。案の定、布は掛かっていなかった。剥き出しの鏡を見つめ、次元の鏡は手元を口で覆う。

「こりゃあ、面白いものだねえ!」

「そう? 妙な物だと思ったんだけど」

「妙イコール面白いは成立するさ。ただ、入手経路が分からないな……」

「次元の呪いは、これがなんだか分かる?」

 恒河沙が期待を込めた瞳で次元の呪いを見つめた。私も、心臓がばくばくと鳴りつつも、その答えを待つ。信濃だけが怪訝そうな瞳でその回答を待っていた。

「分かる、けれど君達には縁遠いものかもしれない」

 ──これは、タイムリープへ人々を誘う、秘宝だよ。

 沈黙の中に落ちた言葉を咀嚼する為には時間がかかった。いや、正確には咀嚼を脳が拒んだ。けれど知っている単語は脳味噌にするりと落ちてくる。

「たいむ、りーぷ?」

 私の弱々しい声だけが、この蔵の中へと響き渡る。三人の視線がこちらを見る。そうして、次元の呪いはゆっくりと、私の言葉に「ああ」と頷いた。

 これが他人の言葉なら簡単に一蹴出来たのだが、相手はエンターテイナー次元の呪い。私は「そうですか」と答えるのが精一杯だった。


■触


 次元の呪いは私たちに語り掛ける。

 蔵の中で鏡を中心としながら男四人が等間隔で立つ。そうして、その言葉をゆっくりと待つのだった。何故か自分の唾液を飲み込む音が響いて聞こえる。誰にもバレていないといいな、と思った。

「鏡を使った魔術は沢山あってね、ドイツの民間魔術ではピュロマンティアという禁術があった。鏡にまじないをかけて、知識を得ようとするものだ。これが禁術とされたのは悪魔の奸計だとされていてね、自分を創ってくれた神の怒りを買うとされていたね」

「でもまじないなんて、僕ら分かりませんよ」

「恒河沙は何かきーいてないのかい?」

 ほら、親御さんとか、から。信濃の言葉を聞いてから次元の呪いが訊ねていた。恒河沙は考える素振りを暫く見せてから、また首を横に振る。

「分からない、それらしいものは聞いていないな」

「じゃあ、使い方の分からない、ただの古い鏡ということですか?」

 私がそう言えば、次元の呪いはまた、逡巡した後に、「可能性として」と前置きをしてから一つの説を出した。

「また海外の話で申し訳ないんだけどね、マヤ人は精霊と共に生きていてね。その中でも神官と呼ばれる存在が居たんだ。ほら、天体は人間と大きな関係があるというだろう? あれと同じように様々な予言方法の一つとして魔法の鏡、というものがあったんだ。そこに映る像を見ては吉凶を占い、神託として理解をする。それが彼等にとって重要だったんだよ」

「でも、まあ見てもらったようにこの鏡には何も映っていないぞ。君の言うタイムリープには近しくない」

 恒河沙の意見に信濃も考えることがあるようで、静かに頷く。次元の呪いの知識は個人的には面白いものだった。自分には無い視点だったからだ。だからこそ、提案をした。

「この靄、磨いたら。何か分かりませんかね」

 鏡が鮮明に此方の世界を映し出さないのは、単純に骨董品だからなのではないか。幸い人間には腕がある、技術の進歩がある、解決策を考えられる。

 このヴェールに包まれた一品も、もしかしたら暴かれることを望んでいるのかもしれない。一応他人の物だから、と恒河沙の方を見上げた。彼は夜に染まる視界の中で明るい金髪を差し込む月光に照らされつつ。

「やる価値はあるな、でも蔵からは出そう」

 そうして、放っておいた布でまた鏡を隠しながら、蔵から出て行こうとするのだった。私たちもそれに倣って、ゆっくりとその場を後にした。タイムリープ、何故次元の呪いはそう思ったのか、もしかしたらこれと同じものを見たことがあるのだろうか、それならば何故前例を告げないのか。

 気になることばかりが思いつく。自分と同じくらいの知識量である信濃の方を向けば、私と同じように、何かを考えているように見えた。


■受


 恒河沙の意見として、夜はこのような神秘的なものに触れるべからず、と明日の朝に鏡について紐解くことに全員で決めた。

 夕食は出前のうな重で、久方ぶりに食べたそれは、私がスーパーマーケットで土用の丑の日だけに買う安っぽい鰻とは全くの別物に感じる。ふかふかしていて、柔らかい。食事が終わればご馳走様と手を合わせる。

「寝室だけど、どうする?」

 恒河沙が此方へ問いを投げ掛ける。

 どうやら、和室と洋室の寝室がそれぞれあり、加えて恒河沙の私室が存在するようだ。

 洋室はベッドで、和室は布団。洋室は部屋数が限られているが、和室は広く、雑魚寝も出来るらしい。

「洋室貰っていい?」

 次元の呪いが真っ先に声を上げる。別に私個人としては、どちらでも構わなかった。眠れることが出来るならばそれでいい。

「僕は……誰かと眠りたいかもしれませんね」

 信濃がおずおずと意見を述べた。恐らく恒河沙は自室で眠るだろう。ならば私が。

「じゃあ、私が信濃くんと和室をお借りしても?」

「分かった、じゃあベッドメイキングは出来ているから和室に布団を敷くね」

 全員の寝る場所が決定した後に、念のためにとそれぞれの寝泊まりする場所を案内されつつ、鏡はリビングに布をかけた状態で置いておこうと、ぼんやりと全員で合意を得たのだ。

 屋敷は長い。先に洋室、そしてその階層にあるお手洗いの場所。次に恒河沙の部屋。最後に和室と、その階層にあるお手洗いの場所を示される。

 風呂は、なんだか、明日の朝でもいいかとなり、どうしても今日入りたいと言う、次元の呪いだけが借りていた。

 私は、何故か疲弊していた。ただ、鏡を見ただけだというのに。

「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「まったあしたー!」

「もう眠いですよ……」

 洋室は二階にある。階段下で和室組と洋室組で眠る前の挨拶をする。そうして私は信濃と共に、恒河沙の敷いてくれた布団の上に転がる。

 思ったよりも柔らかくて、眠りにつくまでは瞬間的に感じる。その、最後に信濃の声が耳に届いた。

「もし、あの鏡を磨いて。妙な物が見えたらどうします?」

「……んー。困る」

「なんかいつもの貴方で安心しました、おやすみなさい」

 それに返事をするかしないか、そこが、私が睡魔に奪われる直前だった。眠りながら私は鏡を拭く夢を見る。

 確か凡その汚れは重曹でなんとかなる。その前に布で優しく拭いてもいい。綺麗になったその鏡を見たい。

 なんとなく私はその時点でこの鏡に魅入られていたのかもしれない。知識のない者の、暴挙である可能性は否めない。結果として、私は夜中の中途覚醒を起こすまで、隣の布団から信濃が消えていることに気が付かなかったのだから。


■愛


 それは、唐突で当たり前の、下品な言葉で表現するならば尿意だった。和室で睡眠をとるのが久しい私にとって、いくら豪奢な邸宅とは言え、風は入るし、それを防衛するのは厚い布団と毛布のみである。

 仕方なく目覚めると、隣から呼吸音が聞こえない。信濃も同じ気持ちになったのだろうか、と案内されたお手洗いへと向かう。

 鍵は掛かっていなかった。首を捻りつつも、用を足して。そこから、スッ、と冷静に考える。

 では信濃は何処へ行ったのだろうか。手持ちのスマートフォンで時刻を確認する。夜の零時を過ぎて、一時に近しい頃合い。もしかしたら恒河沙と話をしているのかもしれないと思ったが、全員でおやすみの確認をしたのだ。その後に彼が誰かを訊ねるだろうか。

くだらない話なら私にだってしてくれるだろう。ならば、鏡の秘密に気が付いたのか。

 私は、一人で縁側を歩き、そして鏡の置かれているリビングへとやってきた。三度目、四度目ともなると迷わないものだ。

 そうして、昨日恒河沙が鏡を置いていた筈の場所へと来た時に、布の取り払われたソレと、その布に付着している軽微な汚れを見つけた。

 ああ、なるほど。信濃も私と同じように鏡の汚れを拭おうとしていたのか。ならば相談してくれれば良かったのに。

 そんな事を考えていると、背後からギィという音が聞こえた。なんだ、と思って振り返るとそこには手鏡を持った信濃が、虚ろに立っていた。

「退いてください」

「……どうしたんだい?」

 こんな、夜中に。そう続けようと思った私の声は信濃には届かないようだった。表情が、人から遠ざかっている。

 私はこのような状態になった人間を見るのは初めてだったが、目がいつもと違う、動きも何故だか緩慢でありイカれた俊敏さも持ち合わせていて、本能的に危険だ、と感じた。

 逃げなければ、だが、私が辿ってきた縁側は細く、人一人分。信濃を撒いて逃げるのは難しい。

 目の前の彼が私に向かって手を振り上げる、そのまま降ろされれば手鏡の硬質さと男の力で細い骨の一つなら折れてしまうかもしれない。

 確証はなかったが、予感はあった。

 とりあえずその人外染みた動きをローリングで避け、声をあげた。

「助けてくれ!」

 もしかしたら恒河沙か次元の呪いが気付いてくれるのではないか、そんな淡い期待を込めて。ともかく、今は私のやるべきことをしなければ。私の顔の真横に落ちた拳から、手鏡だけでもと奪い去る。

 すると、信濃は驚いたような表情をして、こちらを見る。焦点が僅かに合った気がしたが、それも束の間で。彼は口から泡を吹いてその場に倒れ伏した。

「……へ」

 思わず間抜けな声を上げてしまう。なんだ、何が起きたんだ。信濃は? 無事を確かめるように聞きかじりの知識で脈を測ってみる。

 ある、みたいだ。

 私は医者ではないので、その辺りの事情には明るくなかった。兎も角、手にした信濃の手鏡を持ち。妙な鏡には布を被せる。

 これは緊急事態だ、そう思い、信濃の身体をリビングのソファに寝かせてから、私は洋館の階段を登っていく。何か、恐ろしい事に巻き込まれている事だけは分かった。それだけが、今の私の行動理念であり、原理でもある。


■取


 先ずは、家主である恒河沙の元へ向かった。トントントン、とノックをした後に応答がなかったので、もう眠っているかと思いつつも彼の連絡先へスマートフォンから通話を試みた。

 出ない。そりゃ、これっぽっちで起きるくらいなら困っていないだろうし、私の先ほどの悲鳴にも似た懇願に対応してくれるだろう。

 何故だか、無性に疲れた気がした。その時にスマートフォンに通知が来ていたので、もしかして恒河沙だろうかと慌てて反応する。しかし、それは次元の呪いからのダイレクトメッセージだった。そういえば彼とは直接のやり取り先を交換していなかった。

『なんか、凄い音してたけど、どうしたの?』

 それだけの文章だったが、何故か救われた気がして『信濃くんが倒れました、鏡の前です』端的な返信を返す。すると『何処にいる、現世?』と聞かれたので、ジョークか本気か分からない私は『恐らく現世です、今は恒河沙さんの部屋の前に居ます』と、また硬い返事をしたのだった。

 すると、洋室がギィと開き、風呂も入り寝巻を来た次元の呪いと対面した。どうやら洋室は暖かかったのかもしれない。彼は私の手にしていた鏡を見ると何か納得したように。

「信濃さんはきっと、その手鏡であの鏡を見てしまったんだろうね。彼の元に案内してくれるかな」

「はい」

 二人でリビングを歩く。手鏡で鏡を見るとは、どういうことなのだろうか。合わせ鏡についてなら多少知っているが、あれも真実と言うより眉唾物だと私は思っている。

 ただ、そうなってしまう現象の一部だと。考え事をしながら歩いているとゴールは早かった。リビングで寝かされている信濃を見て、次元の呪いは「危ない状態だ」と告げた。

「なにが危ないんですか」

「タイムリープの話をしたのは、覚えている?」

「ええ、あまり理解は出来なかったんですが……」

「鏡による伝承は日本にも沢山あってね、真十鏡なんかが有名かな」

 まそかがみ。初めて聞く単語だ、その様子を次元の呪いも察したのか追加で説明をしてくれた。

「真十鏡は二枚で一対なんだ、表は人の身を、裏は人の心を映すとされている。多分、信濃さんは、その」

 そう言って、彼は私の手元にある手鏡を見た。何の変哲もない、ただの鏡のように見える。少なくとも、あの布の下にある妙な骨董品から感じた悪寒も刺激も感じない。平たく言えば百円均一にも売っていそうな手鏡である。

「人には見えないものがあっても、本質が似ているもの同士であれば共鳴することはある。この鏡は、そんな物達に呼応するのだろう。そもそも人間を相手にしていないのさ」

「そういう、ものですかね」

「オカルティズムというのは、大体が人間の願望と、それに踏み込む禁忌で出来ている。特に此処日本では、海外よりも明確になっていない禁忌が多すぎる」

 恒河沙君は? そう話題を振られて、私は彼に連絡したことと、部屋の戸を叩いたが起きてくる様子が無かったことを説明した。

「これは、彼を起こす必要があるね。君は信濃さんと居てくれる?」

 正直、嫌ではあった。自分に対して敵意をむき出してきた相手に。だが、それが私の役回りでもあると思い、渋々頷く。

 すると次元の呪いは階段を上がって、大きな声で「ごーうがーしゃくーん!」と叫んでいた。あれだけのバイタリティがあれば私も今頃、孤独ではなかったのかもしれない。


■有


 暫く二階から「いますかー」「おきてくださーい!」「たいへんでーす!」と次元の呪いの声がした。

 幾度目かの問いに扉が開く音がする。どうやら恒河沙も起きてきたようだ。私は隣に眠る信濃を見る。綺麗に染められた茶色の髪の毛。もしかしたら気になる相手でも出来たのだろうか。

 だからこそ、手鏡なんて。

 それがこんな事態を引き起こすとも知らずに。運のない男だ、それは私もそうなのかもしれないが。

 結局、真十鏡のどんな要素が信濃を追い詰めたかどうかは、私には分かっていない。タイムリープとの繋がりも分からない。それでも、恒河沙と次元の呪いに託すしかない。

 なんだか、これを機に私もオカルティズムについて理解するべきだろうかとも思うが、付け焼刃で出来る事なんて何もない。私が得意なのはアルコールと、世間話くらいだ。

「……はよ、信濃、どうした」

 寝ぼけ眼を擦りながら二階から降りてきた恒河沙が私に状況を訊ねた。私は用を足しに行ったことから、信濃とのファイトまでのあらゆるを語った。

「その時持っていたのが、この手鏡です」

「えっと、これか……。次元の呪い、これはただの鏡?」

「そうだね」

「……じゃあ、アレ関連か」

「そう思う」

 私の知らないところで、私の分からない会話が成されている。それは此方に知識がない事が原因なのだが、流石に不安が心に翳りを灯して、声が出た。

「信濃くんは、助かりますか」

「助かる」

「助ける」

 二人分の力強い声に、簡単に安堵するわけではないが、それでも解決方法が、何かしらあるのだろう。無策ではない、それは現代を生きる我々にとって大きな意味合いを孕んでいた。

「でも、その為には君にも説明しないとね、初めてになるのだから」

 はじめて、それが何の始まりか。私は分からなかった。それでも、また笑って毎日を送ることが出来るのなら安い代償ではあるのだろう。

 きっと信濃は、病院に連れて行っても回復することはない。漠然とだが、それを受け入れられるようになってきている自分は、感覚が麻痺しているのだろう。

「聞かせてください」

 力強く、私は二人を見つめた。恒河沙と次元の呪いは、目を見合わせてから、私にまた視線を戻した。

「タイムリープ以上に驚くかもしれないが、それでもいいね」

「はい」

 同意は、私の脳を介さないまま心のまま口から零れ落ちていた。


■生


「まずは、次元の呪いと俺はタイムリープの経験者ということを伝えておこう」

 恒河沙がゆっくりと話す。彼が語るに、それはガンジス川の砂の如き回数を、何度もやり直しているのだという。

「タイムリープのタイミングは分からない、何処まで戻るのかも分からない。それでも俺はこの時間の中で、自問自答を繰り返してきたよ。そして鏡をどうするか、という問題にもね」

 こうなるのは、初めてじゃない。信濃が倒れることがあれば、君も。そう言われて、ゾクリとする。自分も、巻き込まれた存在ではない。救われた事のある身なのだと。そうした上で、君達に嘘もいくつか吐いた、整合性の為だ。恒河沙は真実を吐露する。

「だから、この信濃の事柄もまたタイムリープを行えば無かったことになる。けれど、毎回条件が違う以上、君も次はタイムリープの記憶を引き継いでしまう可能性はある」

 もし信濃が起きていてくれたら「強くてコンティニューですね」と笑ってくれたかもしれないのに、今はそんな事を言う余裕もない。けれど、恒河沙の行ってきた回数に比べれば、一度目の私と二度目の私に大差はないように思えた。その裏で、何度廻って来たのかは分からないが。

「……次元の呪いさんは、平気なんです?」

「へーき、へーき。むしろ恒河沙よりも多いから」

「そうなんですか?」

「むしろ、次元の呪いっていうハンドルネームにしたのも、それが由来でね。元は別のモノだったんだ」

 どうやら次元の呪いというのは数学における、信頼できる結果を得るためのに必要となる計算資源の量に関わるらしいのだが、これについては頭がパンクしそうなので一旦横に置いた。だが空間の次元が増える、という意味合いがあることだけは理解出来る。

「鏡以外でも、色んな所で、色んなことに巻き込まれて、タイムリープをしてさ。そんな時だったんだ、恒河沙と会ったのは。そうして巻き戻りが起きているのが自分だけではないと、意気投合してね」

「その時に俺のタイムリープが鏡によるものなのじゃないか、という話題が上がってな。でも二人だけだと解決しないかもしれない。助っ人を呼ぼうと思ったら、この様だ。悪いことをした」

 謝罪を受けても、私にはタイムリープをした実感もなければ記憶もない。まあまあ、と宥めては見たが、二人が納得しているようには、どうにも思えなかった。だが、一回でも記憶の引継ぎがあれば彼らの苦悩も理解出来たのだろう。

「でも、どうして。私たちだったんです?」

 信濃はインターネット知識に明るいが、私は特筆して何も長所が無い人間だ。ハッキリ言ってしまうと、こんな事柄に呼ばれていい人物ではないとも思う。それでも恒河沙は笑顔で。

「君は、人を見る眼がある。人を知りたがる観察精神がある。何よりも、全てを疑える」

 それこそが、怪奇や恐怖を打ち消す事が出来るのだ。

 恒河沙のそんな言葉に、私はかつて読んだ『薔薇の名前』という書物に出てきた、ホルヘ・ダ・ブルゴスを重ねていた。彼は、信仰に裏付けられた恐怖を、笑いで飛ばす事を大層嫌っていた、そんな浅い知識ではあったが。私にそれが行えるのであれば、どれ程でも世界を疑い、そして笑うことが出来るのかもしれない。

「信濃は?」

「彼は……そうだな、俺の人生で初めて巻き添えにしてしまった男だったんだ。だから、彼を助けたい。見捨てる選択肢もあったけれど、戻れるなら、やり直せるなら、人の命は助けたかったんだ」

 その気持ちは何だか、理解出来た。自分がもし恒河沙の立場だったのであれば、同じ様に、助けるまで繰り返していただろう。それが本当に恒河の砂と同じくらいでも。


■老死


「結局タイムリープはどう行うんですか?」

 私の質問には次元の呪いが答えた。此方が持っている手鏡を見て、指で示し、「これ」とだけ言った。

「それじゃ伝わらないぞ」

「だってー、難しいよ? これを説明するの」

 はあ、と恒河沙は此処に来て初めて大きな疲弊を見せた。目覚めた時とはまた違う、この先の一巡を思っての事だろう。

「真十鏡は知っているか?」

「先ほど、次元の呪いさんから簡単に説明は」

「なら話は早いな。もう俺たちはどれ程これを繰り返しているかは数えていない。だが、身に、心に、廻ったという経歴は残る。だから表鏡と裏鏡を合わせて、これまでの経歴の何処かに飛ばされるのを待つ。お前には一緒にその行いに参加して欲しい」

 なるほど、タイムリープ経験のある者の真実を映せば、それはまた新たなタイムリープを生む。納得は出来た。自分がそこに混ざるヴィジョンはあまり見えなかったが、それで良いと思った。万が一、私がそこに辿り着けなくても、彼等がまた巻き込んでくれるだろう。

「なあ、最後に面白い話してくれよ」

 恒河沙が私に告げる。その間に次元の呪いは合わせ鏡をする為に布を取り去っていた。ええっと、時間がない。

「あの、私の本名。実は水野 温斗なんですよ」

「ムラサキカガミの?」

「はい、だから、なんかソワソワしてました」

 すると恒河沙は私の方をバシバシと叩くと「やっぱ、お前面白いわ」と言って、此方の手を引いた。

 共に鏡の前にやってくると、先ずは次元の呪いが「見本みせるね」と合わせ鏡をする。

 すると、彼の姿は霞んだ鏡か、それとも手鏡か。

 何方かに吸い込まれていく。恒河沙と二人きりになった私は、目の前で起きた超常現象についていけなかった。

「……先、やる?」

 そう聞かれて、確かに最後でミスったら嫌だなと思い頷いた。床に落ちた手鏡を持ち、次こそ信濃を救うと、心に決めて。

 鏡を覗く。多次元の中で、吸い込まれるように、上下も左右も理解出来ないまま、深い眠りにつくような安寧もあり。

 ただ、起きるのをまつ胎児のような心地で居た。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 目を開いた。手元にはスマートフォン。そこにピン留めされていたのは和洋折衷を体現したかのような屋敷で、初めての筈だが、此処が恒河沙の家だと理解出来た。

 タイムリープの感覚が早すぎるような気もしたが、此処からが私の時間の廻り。あの鏡をどうすればいいのか、壊せばよいのか、それとも壊したらタイムリープが出来なくなる可能性があるから放置しておくべきか。もっと、恒河沙の家の事情を尋ねる必要があるのかもしれない。

 だって私は、いつまでも私なのだから。初めての巻き戻りに、残っている記憶に、若干の疑いはあった。けれどそれをかき消すように。後ろから声がする。

「あ! 覚えてる?」

 次元の呪いの快活な声を聞いて、私はそれに「覚えていますよ」とだけ返事をし、恒河沙の自宅のドアベルを鳴らすのだった。相変わらず手土産は持っていないし、恒河沙の金髪は眩しくて、目をつぶってしまう程だが、信濃が生きていて、呼吸をして、そうしてカステラと緑茶を食べつくしている姿を見ると、何故か妙に落ち着いた。

 私の前に出されたそれを、信濃に向かって差し出す。

「食べる?」

「え、何でですか。そこまで食い意地はってませんよ」

 元気な声に嬉しくもあり、一瞬だけ、バタフライエフェクト、やっちまったか? とも考えた。

 だが、まあ、些細な事だ気にすることではないだろう。むしろ、こういう違いを起こさないと一個前の模倣に過ぎなくなってしまう。私は、私たちは変えなければならないんだ。現在は此処から始まっていく。救えるとしても、救えないとしても。突っ返されたカステラと緑茶を口に含む。やはり上品で高貴な味がした。それでも、何度も廻り続けていくのであれば、この味にも飽きてしまうのかもしれない。それは僅かに悲しい事でもあった。私は、この感動を忘れないように、と胸にしまう。

 それでも、隣で次元の呪いが「めっちゃうまーい!」と燥いでいるところを見ると、杞憂かもしれないと思うのだった。物の価値も、興味も、何もかも、その尺度は自分にしか分からない。

 それでも私は順観の中で、ひとつひとつステップアップをするように生きて、解決策を探すのだろう。此処から先、何度整合性の為に嘘を吐くことになっても。


〈了〉


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磨かぬ鏡 苗橋 直岐 @0erbreak9

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