第31話 子供みたいに

「うえぇ。僕たち、やっちゃったねぇ」


「ああ。つい、ムキになっちゃった…」


 2人の手元には、いろんな種類の唐揚げと、フライドポテト。紅葉が事前に持ってきていたビニール袋がなければ、持てなかったであろう量が、2人の手に握られている。


 紅葉の袋にポテトが6種、春陽の袋に唐揚げが7種。雨が降る前にと、二人は屋台中を駆け回ってたくさん手に入れた後、花火を楽しみに人が集まる海岸からなるべく離れた場所へ、全力で走った。


 周囲には雨を凌げる場所はなく、二人は砂場へと続く階段に紅葉が持ってきたシートを敷いて座り、ものすごい勢いで降る雨を、大きめの傘を二つ展開して、凌いでいた。


「湿っちゃう。急いで食べよう」


「…そうだね。いただきます」


 雨は、座る二人の右側面から降り注ぐ。紅葉は気遣いを失念しており、今日は春陽が右側に座っていた。二人の距離は、まだ離れている。


「暗いね。ちゃんと点いてる街灯も無いなんてさ」


 黒い毛の二人は、互いが夜に溶けているように見える。それでもギリギリ表情を伺えるのは、壊れた街灯が、彼らを遠くから、チカチカと照らしているからだ。


「これ美味しいね。海苔塩か」


「うん。シンプルな味もいいけど、こういうのも悪くないね」


「…春陽」


「え、何?」


「無理してるよね」


 春陽は一度左を振り向いたが、すぐに逸らして視線を落とす。思わず、ため息が漏れてしまったが、またすぐに笑って紅葉を振り向く。


「してるさ。してるに決まってる。流石、紅葉に下手な誤魔化しはきかないね。でもいい。無理をする価値があると思っているもの。キミが笑ってくれないのは、そのくらい淋しいことなんだから。あのね」


 丁寧に、伝えようと思っていた。


 ちゃんと言葉を選ばなくちゃ。ここで未来が閉ざされても、後悔のないように…


 ただ、自分でも思った以上に気持ちが大きくて、先々のことよりも、今の気持ちをぶつけることを優先してしまう。


「キミは言った。自分はもう大人なんだからって…そうだよ。キミは僕がまだ小さかった頃に、笑うことを決意したんだろ?それが例え自分のためであったとしても…僕は、キミが本当にすごいと思うんだ。あのね、紅葉っ」


 笑顔が、崩れ始める。そこからは、すぐだった。泣くまいとしていたけど…すぐ滝みたいに、涙が出てくる。まぶたを閉じないようにしたのに、塊みたいに。


「僕は、なんの夢も憧れもない子供だし。こんな風に、キミに託す位しか、できることが無いけど…それでもキミのことが好きだった。僕以上に大切なものができたのなら、咎める権利は僕なんかにはないのかもしれないけど!僕はキミのことが大切なんだ」


「…わかってるよ。ずっと昔から」


 紅葉は、にこやかに笑う。それでも、目を合わせてくれない。春陽は、だんだん、声が大きくなる。


「僕の言う好きっていうのは!君の思うそれとは違うかも知れなくて!!!その……違うんだ。僕の………好きっていうのは!!そのっっっ……君の胸元に飛び込みたい、みたいな!!ドキドキする、とか……!!!そういうのなんだ。昔とは違ってて………嘘ついてたんだ!!ごめん…………ホントは大好きだったのに、軽口で気持ち悪いとか言ったのも全部違って………本当は、君にご執心だったから、気絶しそうなくらい……それを!!!見てもらってて………夏目の父さんってお医者さんだから!!!」


 紅葉が、ずっっっと黙っている。だから、思いつく言葉を全部全部バラバラに並べただけの、文章と呼べるかどうか怪しい何かが、次々と出来上がっていく。


「なんかバカみたいだけど…恋の病っていう疾患らしくて!!マンガかなんかみたいだよね………こんな所まで引っ張って隠してたのはそのっ………君に心配かけたくなかったから!!!とか、そんな綺麗事なんかじゃなくて………本当は、君にバレてしまって嫌われるのがずっと怖かったからなんだけど!!!!」


 え、なんで!!なんでうんともすんとも言わないで黙ってるの!!流石になんかリアクションはあるでしょ!?


 そんな気持ちが大きくなる一方で、言葉の出力も、留まることを知らない。見えない。傘を深く被って隠れた彼の表情が。傘を投げ捨てる。雨に濡れながら叫んだ。もう、涙と雨の境界もわからない。


「俺、トリミングプランシート出した後!!君に最初に切られること、すっごく!!楽しみにしててっっ!!!こんな………こんな風に考えてるのが、君にとっては気持ち悪い事なんじゃないかって、思う……から…………」


 紅葉への恋愛感情というパンドラの箱を、底まで開けきる。伝えたかった最後の光。


「僕なんかがキミを…………好きになってごめん…………………」


 雨が激しさを増す。そして、周囲を薄ぼんやりと照らしていた街灯が、消えた。


 一方、そんな中で、傘をさして走る男が2人。お祭り会場から消えていた2人を追い、人気が少ない歩道を駆ける。


「夏目!現在の春陽の心拍数はどうだ!?」


「221。かつてないほどに上昇している」


「お前、アイツの心拍数の計測結果、スマホで見れるんだろ?じゃあ位置情報とか登録してないのかよ!」


「そんなストーカーみたいなことするわけねーだろ!?……今回ばかりは俺が迂闊だった。二人きりになり告白するともなればこうなるのは必然じゃないか…!なぁ囲炉裏」


「なんだ!」


「お前九色で頻繁にバイトしてるだろ?なんか…アイツらが行きそうな場所に心当たりとか無いのか」


「心当たり?そんなもんあるわけないじゃん、エスパーじゃあるまいし…あ」


「え?」


「この辺で心霊スポットとして有名な、誰も近寄らない寂れた海岸がある。もしかしたらもしかするかも」


「よっしゃそこだ!あいつら連絡よこしても出ないし!!こうなりゃヤケクソだぁ〜!!!」






 


 

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