第11話 ぴったりくっつく

「おっ、お待たせ…」


 既に更衣室で全裸待機していた2人に追いつき、いそいそと服を脱ぐ。既に彼らは服をロッカーに収め、そのカギを手足につけていた。


「オウ春陽。お前を待ってる間にさ〜、紅葉と話してたんだよね。銭湯のロッカーのカギって、足に着けるか手に着けるかっていう。因みに俺は足派」


「俺は、足首が細くて落ちやすいから腕に着けるんだよね〜みたいな話ししてた。そう言えば春陽は何処に着けるの?」


「えっ……ああ〜僕は……あんまり意識したことなかったな。シャンプーの時とかに邪魔になんないし、脚かな?」


 急いで服を脱いでロッカーにぶち込み、急いで鍵をかけて、脚につける。2人からさり気なく目線を逸らすように全体を見渡すと、様々な種族の獣人がたくさんいる。ワニ、鳥、犬、猫…


「ここ、全種族対応なの?」


「みたいだよ。なんでも、色んな温度の風呂があるみたいでさ。まだ俺たちも知らないんだけど、中はだいぶ広いぜ」


 明るい空間に、様々な高さと広さのロッカー。地面は、なんか踏むと僅かに沈む絶妙な硬さの、冷たくないシートが敷き詰められている。僕は下から三番目のロッカーだけど、ここのロッカーはなんと五段重ね。高身長種に配慮したものと思われる。


 下着と靴下を軽く放り投げ、先ほど買った2枚組のタオルから一枚を、股間に当てる。


「ってことで。揃ったし入ろっか!」


「あっ…うん」


 鍵のついた紅葉の手が、差し伸べられる。なんだかとても、良くない気が起きる。頭の中に、カギ、全裸、紅葉の組み合わせで可能であろうプレイの数々が思い浮かんでは、理性がそれを消していく。だが消しきれるはずもなく、彼の変態性は声となって出力される。


「でっ……えっへへへ………」


「どうした?早く行こう春陽」


「これは…思ったより早く退却しないといけないか?」


 引き戸を開けると、その先にはパッと見えるだけで、大小さまざまな10を超える数の風呂が!


「おおすごい。全部入る?」


「ご冗談を。俺たち哺乳類や紅葉みたいな鳥類には、暑すぎるヤツもあるし」


「ま、体洗ってから考えよーぜ。おおっ」


「どしたん紅葉」


「シャンプーとボディソープが3種類ずつある!」


 さっきパンツ買うときにも見た、街中でよく見る、種族識別アイコン。それを印刷した、瓶牛乳のフタ程度の大きさの厚紙が首から下げられたボトルが、3種ずつある。哺乳類その他用、鳥類その他用、爬虫類その他用…か。


「俺と春陽たちじゃ、普段は違うからさ!」


「紅葉、なんかずっと嬉しそうだね」


「そりゃあ。小学校の修学旅行先のホテル、種族で部屋分けされたじゃん。それがさみしくてさ〜」


「あったね。そんな事も。部屋も違ったし」


「こういう分断のない施設って貴重じゃん?隣でシャワー浴びるなんて初めてだから」


 大浴場が無くシャワールームのみで、シャンプーなどは各自持ち込み、と言う施設も珍しくない。そんな中で、ここはかなり良くやっていると思う。


 僕も嬉しい!!…と、素直に口にできないことが、少し悔しい。けど、やっぱりワクワクする。


 プラスチックでできた丸椅子に座り、シャワーヘッドを手に取る。切り替え用のスイッチがあり、それについての説明が張り出されていた。


「四つのモード切り替え…いろいろあるんだな」


 隣に座った紅葉がニヤニヤしながら声をかけてくる。


「身体洗おっかぁ」


「うわ、急に何?変態…」


「昔したことあるじゃん」


「18でそれはちょっとね〜」


「ちぇー。わかった」


 ……。


 最近、紅葉との軽口の投げ合いに、嘘が伴うことが増えてきた。昔は………そんなことなかったのにな。目を閉じる。シャンプー、首元の毛の境界まで使うらしいけど、正直僕は全身ボディソープでもいいんじゃないかと、常々考えている。それに、面倒な時は実際そうする。


 けど、公共の場なので、シャンプーで頭をガサガサと洗い、シャワーから水を出す。


 目を閉じた。見たくないものが増えている。


 決着?自分自身に?


 怖くてたまらない。退こうが進もうが、先にあるのが地獄に思えてならない。


 シャワーからのお湯が途絶える。また押す。意識を殺して、それを繰り返す。


 十分に洗ったら周囲を見渡して、抜け毛を掃除する。隣を見ると、2人はまだ洗毛せんもうを続けている。僕よりも、色々と丁寧だ。紅葉はまだしも、夏目もそうなのか…僕が、こういうのに無関心なだけなのか?


 先にどっかに行くのもなんなので、惰性で身体を洗ったりして待っていると、2人は同時に洗毛を終えた。立ちあがり、2人に追従する。まず、紅葉が口を開いた。


「さて、何処から行こうか」


「初手サウナとかどう?春陽」


「…それってアリなのか?なんも詳しくないけど」


「入ろう入ろう!なんかこう…勢いで!」


 三人は、なんか勢いでサウナに入る。因みに全員がよく分かっていない。


「……えっと、マナー的な事が書いてある…」


「なるほどね。喋っちゃダメなわけ」


「「「…………………………」」」


 かくして、全員が押し黙る。ほかに誰かが居るわけでもないが…黒田春陽の顔が、早速歪む。


 …あっつい。


 筋肉組はともかく、僕はもうそれなりにきつい。もう染みるように熱い!


 進化の過程で発達した汗腺が、ドバドバと汗を垂れ流す。先ほどコンビニ前で飲み干した分の水分が、全部プラマイゼロになりそうなくらい…いや最早マイナスになるんじゃないの?これ。


 一方の紅葉と夏目はと言うと、まだ全然余裕そう。これが体格の差だとでもいうのか?


 温度計と出口とマナー表と時計を、交互に見遣る。この空間では、そのくらいしかやることがない。そうやって淡々と時間が過ぎていく、新鮮な体験をしている時、あっという間に10分経つ。


 つんつん。


(何?)


 膝をつつかれた紅葉が、汗をタラタラ流しながらこちらを振り向く。内心、すごくドキドキしながらも、口パクと手振りでドアのほうを指さす。


(僕出る)


(わかった)


 ニコニコ顔のサムズアップ。まぶしい…毛がヘタって、体積が減ってもなお、がっしりした肉体が。これは、かなり珍しいことらしい。鳥だって僕たち猫だって、毛を抜きにすればほっそりするものだ。進化の過程で、ある程度その傾向は軽減されたと言うが、それにしたってこの体躯。


 特段、骨密度の低い鳥獣人では滅多にない…


 小さな頃も、彼はスポーツが得意だった。けど、クラスの中でぶっちぎりというわけでもなかった。


 何かが、紅葉の中で変わったのか。それは、僕には知る由もない。これほど大きな事を成し遂げるモチベーションが、いったい何処から出てくるのだろう。それは、夏目にも同じ事が言える。


 立ちあがり、扉を開け、体の汗を洗い落とす。若干、クラクラするな。


「……水風呂に……入るのね」


 ぴと。足先をつけて驚愕する。


 めっっちゃ冷たいじゃん、これ!!!


「あ"っ………い"っ……………」


 ゆっくり入りましょう、と書かれていいるが、言われずともそうするに決まっている。凄まじい温度差だ、恋の病とか比にならないくらい、命の危機を感じる!


 多幸感に包まれて倒れるあの感じとは全然違う。これ、ホントに合法なの!?


「………………!!」


 ゆっっっっっくり全身を漬け、肩まで入る。体の芯から、ブルブルと震える。一気に暖まった細い身体が、今度は一気に冷やされる。しっ、死ぬ。


 早く出なくては……


「うっ…………ううっ………」


 慌てて外に出て、すぐ。


 近くの扉から紅葉と夏目が出てくると同時。


「あっ………」


 フラっ、とした。そのまま頭を打つほどではないが、体勢が崩れて………


 ぼふっ。


 あ、この羽根の感じ。まさか……


 紅葉!!………じゃないな。感触が違う。でも、ドキドキする。男の人の、胸に、埋まってる!!


「大丈夫ですかー。


「あ、ハイ、大丈夫です。少し体勢が崩れただけで…あ」


 体を起こして、そのヒトと向き合う。


「あなたは、あの時の!」


「あ、お前、囲炉裏いろり!ここに居たのか!」


「え?あ!紅葉、知り合い?」


「え、待って紅葉、春陽。これどういう状況?」


 









 


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