田丸城の亡霊 改訂版
異端者
『田丸城の亡霊 改訂版』本文
「クソッ! なんで伸びないんだ!?」
俺はPC画面から動画投稿サイトの再生数を見てそう言った。
俺の投稿した動画はほんのわずかな数しか再生されていない。夏場、有名な心霊スポットにわざわざ深夜に遠出したにも関わらず、だ。
本来なら、もっと伸びるはずだった。楽して稼いで、それで豪遊して――。
こんなことなら、仕事を辞めるべきではなかったのかもしれない……。楽して稼いでいる人間が居ると知って、自分もそうなれるだろうと思って辞めてしまった。もっとも、今更戻れるはずがない。
ふと、コメントの一つが目に入った。
「この心霊スポットの動画は見飽きた。もっと目新しい物を――」
コイツら、人の苦労も知らずに……ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じる。有名な場所というのは誰もが行っているから、そうそう新しい心霊スポット動画などない。
待てよ? 新しい心霊スポット? ……あるじゃないか!
俺は閃いて思わず立ち上がった。
無いのなら、そう仕立て上げてしまえばいい! どうせネットなんて嘘だらけだ! 俺一人が正直でいる必要などない!
俺はその「設定」を練りながら、出掛ける準備を始めた。
「ここは、地元では有名な戦があった場所で――」
深夜、石垣の下の町役場の駐車場で、車から降りるとスマホを取り出して撮影を始めた。空気はまだ熱気が残っていた。
着いた場所は三重県
闇の中に浮かび上がる石垣はなかなかに威圧感があった。当時は権力の象徴だったのだろう。加えて、江戸時代ではなく戦国時代に改築された「実用的」な
幸い、こんな時間帯にこんな場所に来る人間は他には居ない。何をしようが邪魔される心配はなさそうだ。
「ここでは、一度に数百の兵が討ち死にしたという――」
俺はありもしない設定を話しながら、天守閣跡に向かって登り始めた。
天守閣跡――と言っても、今は広場に石垣の枠組みが残っているだけだ。その枠組みも、意外と小さく、ちょっとした家一軒分ぐらいだろうか。それでも高所なので周囲を一望することができる。戦国時代の城としては、遠くまで見通しが効くことも重要だったのだろう。
「この城跡では、おびただしい量の血が流され――」
石垣の他の場所も同様、城らしき建物はほとんど残っていない。かろうじて富士見門と呼ばれる門と奥書院という建物が残っているが、これも後世にどこかに移してあった物を再移築してきた物らしい。
神社の鳥居を映す。
「これは、当時犠牲になった霊を
嘘だ。これは北の丸跡の
それでも、上手く撮ればそれらしく見えるはずだ。鳥居の稲荷の文字が映らぬよう、視点をさりげなく下げる。
はっきり言って、石垣を除くと当時から残っているものはほとんどない。
そんな状態だが、続日本100名城にも選ばれている。
ちなみに城が無くなった後も生活の場として活用されてきたようで、外堀から少し入った石垣の下には玉城町役場と
「中でもこの天守閣跡は――」
そう話しながら、天守閣跡にたどり着く。
それまでにも俺は、いかにもな解説をしてやった。戦国時代には
もちろん、嘘だ。俺が言った中で正しいのは織田信雄が城主だったことぐらいだ。
とはいえこの城は、元々は
しかし、1569年に信長による伊勢侵攻の「
だが、信雄はわざわざ改築した後に移り住んでおり、自身の居城としてはそれなりに思い入れもあったことはうかがえる。まさに「一国一城の主」という言葉通り、独立した立派な城を持つというのは戦国大名にとってはステータスだったのだろう。
立派な城を持った信雄だったが、そのわずか5年後の1580年に火災で天守を焼失し、松阪市の
その後は、一度は北畠の者、
そして、
まあ、江戸時代初期まで城主が目まぐるしく変わっているということはあるものの、歴史の教科書に載るような大きな事件はなく、いまいちパッとしない。これは、そもそも織田信雄があまり活躍していないことも大きい。
「時として、ここでは討ち死にした者の数百の人魂が――」
俺はデタラメな解説を続ける。スマホには天守閣跡が映っている。
度々現れる数百の人魂や落ち武者の亡霊――嘘だ。場所的に全くあり得ない。あったとしても、騙し討ちにされた北畠の者ぐらいだろう。だが、それでもいいのだ。
俺がこうして言ってしまえば、ネットばかりしている馬鹿な連中は
「ちょっと、生暖かい風が出てきましたね。これはひょっとすると……」
風など吹いていない。吹いているのはホラだ。
「あっ! そこに今――」
わざとらしくスマホのカメラを向ける。当然、何も映ってはいない。
「あ~、消えちゃいましたね。今、確かに人魂のような物が――」
そんな物ある訳がない。これで再生数が伸びるのならば、楽なものだ。
その後も、俺はわざとらしく驚いた声を上げたり、デタラメな噂話をしたりと忙しかった。
それももう十分だと思い、堀の脇、役場の駐車場に止めてきた車に帰り始めた。
カメラを止めて車に乗ると、エンジンを掛けようとした。
「あれ?」
おかしい。エンジンの駆動音がするが、何度しても止まってしまう。
「ヤバいなあ。バッテリーかな……えっ!?」
ふと、顔を上げて助手席を見た時に俺は悲鳴を上げた。
助手席には、乗っていた――居るはずのない落ち武者の亡霊が。
甲冑姿の亡霊はこちらを向くと、骸骨と化した顔を向けてこちらに何かを言おうとしているようだった。しかし、声帯のないせいか声は聞こえず、ただカタカタと歯を打ち鳴らしているように見えた。
「うわあああああああっ!」
こんなこと、あり得ない! 居るはずがない!
俺は叫びながら車の外に出ようとしたが、ドアが開かなかった。
どうしてだ!? ロックされていないのに!?
車の外が急に明るくなった。人魂……それも一つや二つでない。数百の人魂が車を取り囲んでいた。
戦国時代、戦場にもなることがなかったこの城で――
「そんな!? あれは嘘だったんだ! それなのに……」
俺は最後まで言うことはできなかった。
落ち武者の手が俺の首を掴んでいた。その甲冑は、戦国時代の物とはどこか違う気がした。
俺がその違和感を確かめる間もなく、意識は沈んでいった。
「――で、朝早く来た先生が見つけたんだって」
「へ~。元からおかしかったのかな?」
「さあ……でも『幽霊が、幽霊が』って、繰り返すばかりでさ……先生もどうしようもないからって救急車を呼んだらしいよ」
「幽霊なんて、この辺りに居るのかな?」
「まあ、居てもおかしくないんじゃない? どこでだって昔は大抵、人が死んでるんだしさ。それとも……」
「それとも、何?」
「それとも、お稲荷様のバチが当たったのかもね。ほら、前にも――」
実は、この地は戦国時代よりもさらに前、南北朝時代には街道が通る政治と交通の
要衝であったため、この地の争奪戦がしばしば行われ、1337年には北朝側の
1392年の南北朝の統一後、北畠家により再整備されたそうだが、それまでにここで一体どれだけの血が流されたことか――
田丸城の亡霊 改訂版 異端者 @itansya
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