月の宮~異世界駅を継ぐ者~
くちびる
第1章_つきのみや駅~管理人との出会い~
第1話_羨望
車窓より突き刺すオレンジ色の明かりが車内を照らしていた。
電柱の影が一瞬ごとに流れ、揺れる光がシートの背に淡く映る。
席には仕事帰りのサラリーマン、我が物顔で駄弁り続ける男子学生達。
そんな有象無象のただ一人にすぎない月宮燈(つきみや あかり)は、それらを避けるように座席の端っこに身を縮め、壁へ背を預け、ちょこんと腰を下ろしていた。
膝をぎゅっと寄せ、カバンを抱きしめるその姿は、まるで外界との境界線を必死に引いているようだった。
もうじき秋も終わる。
日は短くなり、身にまとう服の袖も自然と長くなっていた。
彼女はその袖口を爪が食い込むほど強く握りしめながら、胸の奥に沈んでいく感覚に身を任せていた。
(今日も……何も無かった……何も、楽しくなかった…………)
まぶたの裏に、何も得られなかった一日の記憶が淡く点滅する。
教室で飛び交う笑い声、自分には届かない会話の輪。
思い出せば思い出すほど、喉の奥がひりつくように痛んだ。
今年の春から始まった高校生活。
小中を共に過ごした親友と別れ、心機一転、新たな生活に期待を抱いていた。
だが、スタートラインに立つ前に足がすくんでしまった。
今までは、向こうから声をかけてくれた。何もせずとも、隣に誰かがいてくれた。
だが今は、知らない赤の他人ばかり。
その距離を越える術を知らない自分に、現実は冷酷に突きつけてくる。
彼女は俯き、長く伸びた前髪の隙間から床をじっと見つめる。
呼吸が浅くなり、胸がひゅっと縮むように苦しくなる。
(友達って……どうやって作るんだろ)
どうして、あの子たちはあんなにすぐ打ち解けられるのか。
自分の適応力が低いのか、それとも周囲の明るさが眩しすぎるのか。
考えれば考えるほど、自分の輪郭がどんどん曖昧になっていく。
苛立ちは心の奥で渦巻き、出口を求める。
結局それを他人のせいにしてしまい、そんな自分にまた嫌気がさす。
思わず肩を震わせて、小さく息を吐いた。
(もういいや……明日から休みだし……)
彼女は鞄からイヤホンを取り出し、耳へ差し込む。
スマホを開けば、画面の光が瞳に冷たく映り込む。
指先が慣れた動きでオカルトサイトを探し当てる。
現実を遠ざけ、自分だけの小さな世界へ入り込むための儀式のようだった。
最近のマイブームは「異世界駅」についての記事。
きさらぎ駅の話は当然チェック済みで、今はマイナーな駅を見つけては読み漁るのが日課となっていた。
ふと、スクロールしていた画面に一つの記事が目に留まる。
胸の奥が、かすかにきゅっと引き寄せられる。
(つきのみや駅……漢字だと『月の宮』かな?)
自分の苗字と重なり、奇妙な親近感が湧いた。
自然と指が動き、ページを開く。
(摩天楼のようなビルかぁ……他の話と違って、近未来的な駅なんだ)
今まで読んだ異世界駅は、どれも古びていて寂しい場所ばかりだった。
しかし、記事の中の「つきのみや駅」はどこか煌びやかで、冷たい現実とは違う温度を帯びている気がした。
ページを追う視線はだんだん熱を帯び、呼吸すら浅くなる。
(こんなところで、一生過ごせたら楽しいんだろうなぁ、少なくとも今よりは……ましなはず)
羨望と逃避心が混じり合い、同じ結論に辿り着く。
気づけば瞼は重くなり、視界が揺らめく。
幸い、自宅の最寄り駅まではまだ時間がある。
しかも終点であるため、寝過ごす心配もない。
燈は画面を閉じ、座席に体を沈め、電車の揺れに身を任せる。
『つきのみや駅』という名の幻に思いをはせながら、静かに眠りへ落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます