秋、出張先でバーに立ち寄り出会う

最時

第1話 秋の夕暮れ

 商談中の会社を出て、駅前のホテルへと向かう。


「はぁ。

 疲れたな」


 信号に立ち止まると思わずつぶやいてしまった。

 空を仰ぐと日は沈み、青暗くなっていた。

 日も短くなってきた。


 信号が変わり、歩き出すとバーの看板が見えた。

 最近アルコールは控えていたのだがたまにはいいだろう。


 重厚な扉を開けると、カウンター6席ほどの小さなバーだった。

 暗めの店内。

 レーコードの柔らかい音。

 落ち着く雰囲気だ。


 奥で年配の男性が一人飲んでいた。

 そしていつもの酒を頼む。


 しばらくして男性が声を掛けてきた。


「良いセンスだ」


 私のグラスを指している。


「はい。

 いつもこれで」


「仕事帰り?」


「はい。

 出張でこちらに来まして」


「引退前は出張でいろいろ行ったな。

 大変さあったけど、良い店や人との出会いもあって、それが糧でもあったかなと思うよ」


「そうですね。

 それは私も感じます。

 ただ、最近お酒は控えようとも思ってまして」


「何で。

 もったいない」


「えっ」


 予想外の答えに思わず口から出た。


 その後、男性とは仕事、酒や音楽などの話をした。

 楽しかった。


 男性の言うとおり糧の時間だった。


「さて、おいとまするよ。

 そろそろ彼女が来る。

 邪魔をしては悪い」


 男性は意味ありげな笑みを浮かべてマスターに会計の合図をする。


「どなたか来るのですか」


「まあまあ。

 ありがとう。

 楽しかったよ。

 出張先ではこういう出会いがあるからいいんだよ。

 また来てよ」


「ありがとうございました。

 楽しかったです」


 握手を交わして去った。


 しばらくしてその彼女が来る。

 私と同じスコッチウィスキー。

 女性では珍しい。


「今日はおじさま来てないんですね」


 女性がマスターに声を掛ける。


「先ほどお帰りになりました」


「早いですね。

 何かあるのかな」


 しばらくして声を掛けてみる。


「それ、美味しいですよね」


「はい、いつもこれで」


「女性でストレートで飲まれる方はあまり見かけないので」


「そうですね、でもいらっしゃいますよ」


「それはそうですね」


 私達は笑った。


 女性はグラスを眺め、そして一口。

 私も飲む。


「美味しい。

 実は若い頃は適当なのをまあまあな量飲んでいたんですけど、最近は飲めなくなったから美味しいのを飲もうと思って」


「私もです。

 ところでまあまあとはどのくらい」


「そこを聞きますか。

 秘密です」


 私達は笑った。


 再び楽しい時間を過ごせた。

 そしてマスターに会計を頼むと、支払いはおじさま付けということだった。


「また飲みませんか」


 と女性がスマホを取り出した。


「あまり入り浸ってしまうとパートナーに怒られてしまうので」


「あっ、私も夫に何を言われるか」


 二人笑った。


「楽しかったです、また縁があったら」


「また」


 握手を交わして店を出た。


 彼女には飲まされてしまったがたまにはいいだろう。


 まだ人通りの多い街を歩いてホテルへ向かう。

 今年は暑かったけど涼しくなったなと。


 あいつと話したくなり電話を掛ける。


「また飲んでいるんでしょ、何かいいことあった?」


 やっぱり見抜かれてしまうなと。

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秋、出張先でバーに立ち寄り出会う 最時 @ryggdrasil

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