第3話 行くぜ、土魔法だモ

 地図を見ながら馬車を進めて、大まかな地図の縮尺率が分かってきた。

 国境線の内側の砂漠地帯でも広い広いと聞いていたが、実際に進むと思ったより広い。日本でたとえると九州より広いんじゃないかな。北海道の面積には届かない……と思う、多分。いずれ正確な測量を実施したいところだけど、開拓民が住めるようになってからの話だ。

 エルナン提供の地図に描かれた情報から、砂漠地帯に住んでいる人がいることは分かった。俺たちが向かう渓谷とは反対方向のオアシスに、だ。当初オアシスを目指そうとしていたが、土魔法があるため目的地を渓谷へ変更した。もちろん、理由があってのことだよ。

 オアシスのよいところは、既に定住者がいるというところだ。定住者がいるなら、オアシスで暮らしていくことができるということ。

 なら、開拓民たちも住むことができるとなる。となると、オアシスがベストじゃないか、と思うかもしれない。土魔法がないならオアシスしか選択肢がないのだが、オアシスには大きな欠点がある。それは、定住者の存在だ。

 定住者たちがオアシスでギリギリの生活をしているとして、そこへ開拓民が押し寄せたらどうなるだろうか。

 オアシスじゃ人口を支えきれなくなる可能性が高い。土魔法でなんとかできればよいのだが、定住者に迷惑をかけることになる。

 ならばいっそ、誰もいない渓谷の方がよいと考えたんだ。渓谷は水源があることも確認できているし。厳しい地形は土魔法でどうとでもなる。

「ふああ……変わらぬ景色だなあ……」

「そのうち変わるさ」

「クリスさま、エルナンさま、お茶をお飲みになられますか?」

 馬車の幌からひょっこりと顔を出したのは、俺たちの世話役としてついてきてくれたメイドの少女だ。彼女とエルナン、そして俺がこの旅路のメンバー全てとなる。彼女の名前はアリサ。珍しいフェレットの獣耳が愛らしく銀に近い金髪で、砂漠地帯という地域にきているからか普段のメイド服ではなく、より動きやすい服装をしている。彼女は獣人という種族で、その中でも珍しいフェレット族と呼ばれる種だった。

 我が国だけじゃなく隣国でも人間以外の種族が住んでいるのだけど、彼女のような獣人をはじめ、耳が長く華奢なエルフ、どっしりした体系で大酒飲みのドワーフなど様々な種族がいる。

 嘆かわしいことであるが、王国(我が国)にも隣国にも種族や宗教によって冷遇されてしまうのが現状だ。別に全ての人が平等に幸せに暮らして欲しいなんて理想をふりまくつもりはないのだが、自分のできる範囲で種族や宗教によらない機会均等の環境を作れたらいいなと思っている。

 頑張ったら頑張っただけの成果を受け取れる、なんてことは現実的にあり得ないが、頑張る機会も与えられないのは悲しいじゃないか。砂漠地帯がうまく開拓できたら、せめて砂漠地帯だけでもそのような環境が提供できればいいな。もちろん、上から目線だと自覚している。

 しかし、不可能事と誰もが考える砂漠地帯の開拓を成功させた報酬として密かに望むのだから、公言するわけでもないし、多少上からでも許して欲しい。

 アリサは獣人の中でも少数民族……少数な種族だから横の繋がりを形成するのが難しく、貧困にあえいでいる者も多い。

 予想はつくだろうが、敗戦の結果として開拓民を砂漠地帯に送るのだから、送られてくる開拓民の多くは不遇な環境の人たちになる。中にはそうじゃない人もいるのだろうけどね。

 

 エルナンと御者役を交代しつつお茶を飲んでいたら、崖や谷に囲まれ馬車が進めないところに到着した。

 さて、いよいよ土魔法の出番だな。崖や谷で囲まれた袋小路の前に立ち、ふふんと胸を反らす。エルナンもいることだし、魔力を湯水のように使ってやるぜ。

「出でよ、土の精霊」

『箱を開けるモ』

 魔力を餌に土の精霊を召喚する。「箱を開けるモ」というのを最初は何のこっちゃと思ったものだが、今では「おはよう」くらいの感覚になっていた。慣れとは怖いわ。

 土の精霊はずんぐりとした小動物で、ふさふさした焦茶色の毛皮に包まれ、ふてぶてしい顔をして後ろ足だけで立っていた。

 そいつは鼻をひくひくさせ、ピクリとも動かない。これが土の精霊の標準スタイル、仁王立ちである。ついでに言うと見た目はマーモットそっくりだ。しかし、こいつは本物のマーモットと違って喋る。これでも一応、土の精霊なのだ。土の精霊にお願いするには少しばかりのコツと大量の魔力が必要になる。

「解錠、箱を開けて」

『分かったモ、魔力を寄越せモ』

 体から大半の魔力が抜け、マーモットな土の精霊がカードサイズの小さな箱を開けた。すると、中から光があふれだし、目前にある崖の一部が切り取られて宙に浮かぶ。

 切り取られた崖の一部は立方体をしており、一辺はおよそ一メートルになる。土魔法で切り出されたこの立方体……通称ブロックは、マーモットを出現させている限り、自由に動かすことができるのだ。後からくっつくか離れるの属性を追加することも可能。便利で強力だが、魔力をバカ喰いする。

「はあはあ……」

 魔力の消費が激しく、肩で息をするほどになっていた。

「エルナン、頼む」

「準備はできているよ。精霊はそのまま維持で」

 土の精霊マーモットは出し続けるだけで魔力を喰う。それでも一度お帰りいただいて、再度呼び出すよりは魔力の必要量が少ない。

 あああ、生き返るわあ。ぐんぐんと魔力が回復し、気力も戻ってきたぜ。 

 そんなこんなで、一か月前、敗戦からの砂漠地帯へ向かい、今に至るというわけなのだよ。

 エルナンから俺に魔力が供給され、お次のブロックを切り出し、魔力を供給され、お次のブロックを……を繰り返していると、崖にできた穴はトンネルのようになり、奥には光が届かないほど深くなってきた。

「ランタンをお持ちします」

 じっと俺たちの様子を見ていたアリサが獣耳をピコンとさせ、馬車へと戻る。

 アリサを目で追っていたエルナンが気まずそうに目を細め、彼女に聞こえぬようにぼそりと声を出す。

「光なら、図形魔法でいけるけど、せっかくだしアリサを待とうか?」

「エルナンには魔力を供給してもらわなきゃならないし。光を維持しながらは大変なんじゃ?」

「どちらも初歩の図形魔法だから、問題はないさ。ランタンの光量で足りないようならサポートするよ」

「助かる」

 彼にしては珍しくパチリと片目を閉じる。いつもクールで淡々とした彼なのだが、案外おちゃめなところもあるのだ。

 彼をよく知らぬ者は無機質でおもしろみのない男、と勘違いする者がとても多い。

 皮肉屋でおちゃめな彼の一面を知らぬとはもったいないものだぜ。たまに俺がターゲットになるのが玉に瑕であるが。

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