第十四射 悲劇の始まり

「なぁお前、聞いたか?どうやら例の計画がそろそろ始まるらしいぜ」




「例の計画?」




「なんだ、忘れちまったのか?俺らの………教祖様の最終目標を、ついに実現させる日が来たんだよ!」




ここは街の中心から少し外れた廃ビル群の内の一つ、本来人が来るような場所ではないはずの場所だが、彼らが入り口を守る建物だけはここには似合わない異様な綺麗さで佇んでいた。




「あぁ、あれか………これでようやく俺たちも恩恵を授かれるってわけだな?」




「いや、それがまだ実用段階には至ってないからって、テロから始めるんだってよ。その遺体を回収してさらに研究を進めた後になって初めて俺たちにも回ってくるって話だぜ」




「なるほど………教祖様は俺たちに最高の安全状態を整えてから恩恵を授けてくれるってことか。さすがだぜ、表の世界じゃこうはいかねえ。あそこには人間を語った獣がいるだけだからな!」




ひとしきり話を終えた男たちがふと押し黙る。




「何人だ?」




「三人………そういえば今日、三人の客人が来るって言ってたな。もう少し様子を見てから判断しよう」




「ああ、なんて言ったっけか。確か………」




「歩夢・クリスト・ファーブルスだ。よーく覚えておきたまえ!」




「なっ!?」




「お、お前らいつの間にこんな所まで………」




男たちのもとに侵入者の情報が入ったのはつい先ほどであり、この短期間で彼らのもとにたどり着くのはまず不可能だ。




「なぁに簡単なことさ。君たちの監視網は既にハッキング済み、そして君たち二人があまりに無能だから私たちの接近に気づかなかっただけ……」




その瞬間、激昂した男が拳を振り下ろした。だが、女はするりと回避し、ヘラヘラと笑って見せた。




「おっと、人類の英知に負けたからといって暴力を振るおうというのかい?これだから低脳なモンキーくんは………先生、それからサターシャくん、やってしまえ!」




「散々煽っといてそれかよ!?というかまだ争うには早いだろ!」




「そうですよ!今の所悪いのは完全にこっちですよ!?」




何やら内輪もめを始めた三人を前に、男たちは困惑していた。




「こいつらが教祖様の客人?いや、まさかな…………」




「そんな訳ないだろ!さっきの罵倒を聞いたか!?こいつ絶対言葉で人を殺した経験があるぞ!」




「ふむ、それが精神的な殺人ということなら既に数人は殺っているよ。まぁこの私に舌戦を挑んだのが運のツキとしか言いようがないね!」




対する女は何がそんなに面白いのか、ケタケタと笑いながら律儀にも男たちに返事をしている。




もはやカオスとしか表現しようのない空間に突如静寂が訪れる。




小さな少女が音もなくその場に現れ、赤毛の女の顔を下から覗き込み、品定めするかのようにジロジロと見回すと小さくつぶやいた。




「彼女は………いや、彼女たちは私の客人だよ。一体君たちは、客人をどんなに楽しい娯楽に招待しようとしていたのかな?」







あの子………今どこから出てきたの………?




煽りにあおった歩夢さんのせいで臨戦状態に陥ったこの場を一瞬にして鎮めてしまった少女に目を向ける。長身の歩夢さんに並ぶことで小ささが余計に目立っているが、実際は私より十センチほど低いくらいだろう。ローブのようなものを身に纏いその姿を隠してはいるが、その隙間から覗く、怪しく光る銀色の瞳は強烈な印象を植え付けていった。まるで銀月を写し取ったかのような、そんな危うい美しさに惹かれてしまいそうになる。




ダメダメサターシャ、さっき歩夢さんに聞いたでしょ!この人たちは社会に重大な悪影響を与え続けてる変革を望む者なんだから!今回はそこに潜入調査に来ただけなんだから!




心の中で頬を叩く想像をして欲望を鎮める。




「………まさか序列一位ホストにお出迎えいただけるとはね。恐悦至極に存じます………とでも言っておけばいいのかな?」




「あはっ、そんなにかしこまる必要はないよ。ほら君たち、彼女たちに迷惑をかけた分、しっかり働いてお返しするんだよ?」




「は、はいっ!皆さま、先ほどはご無礼を働いてしまい誠に申し訳ありませんでした!」




「も、申し訳ありませんでした!」




………なんだかいろいろ意味深な発言が飛び交っている気がするが、フラグ立てるのも嫌だし口は出さないでおこっと。とりあえず謝っている人達には寛大な態度を見せることにした。




「うむ、くるしゅうないぞ」




「サターシャ、ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」




あなたこそ主人公のくせにあまりにも空気じゃないですか?




まぁ進行の都合上仕方ないのだが。




さて、メタい話は置いておいて………




「ふーん、新しく配属された教師にお友達、か………なんというか、舐められたものだね。君の下調べではウチはその程度、ということかい?」




「いや、これが現時点では最善の策だったまでさ。気に障ったというのなら我が研究室からヴァース破壊爆弾試作八号機でも持ってこようか?」




「あはっ、噂にたがわぬ変人っぷりだね。ますます気に入ったよ!」




問題はこっちである。




まるで旧友かのように楽しそうに話してはいるが、目の前にいるのは敵の首魁、油断も隙も見せられない相手だ。私が事の次第を知ったのはつい先ほど、カフェでの人間獣化事件が起きた後に歩夢さんから聞かされた。どうやら先生も細かく知っていたわけではなく、詳細はさっきの説明が初耳らしい。




変革を望む者によって創設されたといわれている教団、『使者の茶会』。今現在特に不穏な動きがあるわけでもなく、たまに街頭で勧誘にいそしむ人々を見かける程度………だったのだが。


歩夢さん曰く、「間違いなく黒」らしい。彼女が取り出したマジックパッドに残された膨大な量のデータを軽く流し見ただけでも、それが彼女の集めた必殺の証拠たちであることが見て取れた。そんなものがあるならさっさと警察にでも突き出せばいいのに………




と伝えたところ、




「まず間違いなく彼らは抵抗するだろうね。そして先ほどの獣化………あれこそが私が使者の茶会に見出した負の側面に違いない。あんなものを自爆テロよろしくばらまかれたらどうなる?異能を持たない者はもちろんのこと、君たちのような異能を持つ者にも効果があったとしたら?そのうえ空気感染する特性まであったとしたら、この世界の人間はすべて闘争本能に呑まれた獣へと変貌するだろうね」




そして最後に「そんなことにも思考が及ばなかったのかい?」と言わんばかりに「ふっ」と鼻で笑われた。ちょっとイラっとした。




「まぁそれはそれとして………潜入ったってどうするつもりだ?たとえ俺たちがノコノコ現れたところで追い返されるのがオチだろ。俺やサターシャはともかく、歩夢は顔が売れてるみたいだし、即座に疑われるんじゃないのか?」




と、問いかけた先生に満足そうにうなずき返すと、




「うんうん、そう思うのも無理はない。なにせ私は超のつくほどの有名人だからね!」




「悪い意味でだけどな」




なんだ先生、ツッコミもできたんですね。




先生のツッコミをガン無視し、歩夢さんは話を続けた。




「だが、それと同時に超に超のつくほどの天才であるこの私がその状況に対処していないわけがないだろう?事前にコンタクトをとる約束をしているのさ。信頼値はそこそこといったところだが、先生とサターシャ君がいてくれれば死ぬことはないだろう?」








回想終了………




結局こうしてついてきてしまった身でいうのもあれだが、正直私は今すぐ帰りたい。わざわざ面倒ごとに首を突っ込むのは私の性には合っていないし、突っ込みたいとも微塵も思わないしね。




案内された応接間のソファにに警戒もせず腰かけた歩夢さん。………いくら私たちがいるとはいえ気を抜きすぎではないだろうか?ほら、先生だってため息ついてるし。




「さて、さっそく本題に入らせてもらおうか。約束の品だが………用意してあるんだろうな?」




「もちろんさ。私は約束は破らないよ。ほら、これが私たちの切り札………『月の恵みルナ・ギフト』だ」




少女が棚から取り出したのは、厳重に密閉された容器だった。この包装のされ方を見るに、歩夢さんの勘は当たっていたようだ。今この場で少しでも密閉を緩めれば………




「ふん、この程度で私を出し抜けるとでも思ったのかい?いくら恐怖を煽ろうと私が呑まれることはないよ」




すぐさま獣化が………え?




「うんうん!そう来なくっちゃねぇ!やはり君が………んっんっ、すまない、取り乱してしまったよ」




にへら、と気味の悪い笑みを浮かべる少女。フードに隠れてよく見えないが、少し頬が赤く染まっているように見えた気がした。いうなれば恍惚の表情というやつだ。




「………ちっ、まだ足りないか」




小さく歩夢さんがつぶやく。というか歩夢さんもあの獣化の薬品については知らないはずなのに、どうして偽物だと看破できたのだろうか?




「まぁあんな包装じゃ気化した薬品が漏れ出すのを防ぎきることはできないし、そもそもそんな危険なものを普通の棚に置いておくわけないよな」




うんうんと頷きながら先生が解説してくれる。言われてみればたしかにそうだな………




「さて、立派にも私が用意させた精巧な偽物を一目で看破してくれた君には本物に相まみえる機会があって然るべきだ。だが、正直言ってあそこに案内するのは気が引けるよ………できることなら、君を連れて行きたくはないんだが………」




「………連れていけ。たとえ何があろうと、彼らが私を守る。それともそんなに見せたくないのか?」




「いやいや、そういうわけじゃないんだが………仕方ない、案内するとしよう」




少女が席を立ち、退室を促す。




「ここからは少し遠くてね………特殊な道を使おうと思うんだが、構わないかい?」




「ああ、構わない。先生、サターシャくん、いいな?」




「俺は構わないけど………」




先生が私を見る。




………この人たちはなぜこんなにも私を信頼しているのだろう。


信頼とは甘い遅効性の毒だ。いずれその身すべてを滅びへといざなう猛毒だ。だからこそ、私はその甘美な響きに抗うことができない。甘くとろけるような信頼にいつまでも浸っていたいと思ってしまう。いつか来る逃れようのない終焉が、全てを飲み込むその日まで。




「分かりましたよ………行けばいいんでしょ、行けば!」




二人が同時に微笑む。




ああ、なんと美しい。まるで悲劇の始まりのようだ。

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