タイムリープでほのぼのとした青春を

金木犀

第1話 覚醒と再会

☆始めだけ重いですが、4話から明るくなります

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「さて、今日も頑張りますか」


 変わり映えのしない一人きりのダイニングで、俺は夕飯の残り物を啄む。

 これが20年前なら様になるが、不惑を越えている今じゃ寂しく見えてしまうのだろう。


 だけど俺自身は、そんなこと全く思っていない。今に辿り着く前には紆余曲折があったし、その中には親しい女性も数人登場していた。

 そう、同棲していた彼女も二人いたしな。


 ……二股じゃないぞ、ちゃんと時期が違うんだ。


 それでも何故か、結婚だけには縁が無かっただけなんだ。いけないな、歳を食った所為か思い出を美化してしまう……


 20代の頃に2年ほど同棲した彼女は、プロポーズ前に金目の物を持って消えた。

 暫くして新しい彼女が出来てまた同棲したんだが、異なる生活習慣の壁に阻まれた。

 その後にも彼女はできたのだが、あまり良い結果とはならなかったんだ。


「俺は二股とか、ワンナイトをする人間は大嫌いだ。男女関係は誠実であるべきだし、そうじゃない相手との子どもなんて、その子が不憫すぎるだろう……」


 いけないいけない、つい思い出に腹を立ててしまったようだ。それに近頃は女性関係が面倒臭さ過ぎて、性欲すら湧かなくなっている。

 もし俺が若い奴等にアドバイスするなら、そうだな……


『若いうちに本気でぶつかれる相手を探して、その子に誠実でいる』


 それしかないだろう。



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「高倉課長お疲れ様でしたー」


「おう村井。気をつけて帰れよ! あと明日俺は有休だからな」


「あっ、そうでしたね。ゆっくりお休みしてください」


「ありがとうな。横田も適当に切り上げて帰れよ」


「はい、すぐに引き上げます」



 結果的には独り者なんだが、別にコミュ症では無いし、上司や部下とも上手くやっている。それに大手の調査会社で課長職に就いているから、社会的地位も年収もそれなりなんだ。

 さらには家事も苦にならないから、自由気儘な独身貴族を満喫中だぞ。



 そのあとは、一時間程度の残業を終えて家路につく。明日は小6の春に交通事故で亡くなった妹の命日で、俺は墓参りのために有休を取った。

 アルバムを開くことが無くなって20年以上経つが、今でも可愛い笑顔をよく覚えている。


「親父もお袋も冷たいよな。娘の命日くらい墓前に来たっていいだろうが……」


 俺は7回忌を契機に墓参り来ななくなった両親に毒づいて、夜の高速を愛車GSXで駆け抜けていた。


「もう女性は懲り懲りだ。お前さえいればいいよ」


 いい歳して、まだ二輪とか言うなよ?

 高1のときの法改正で大型二輪が教習所で取れるようになったから、昔の人より憧れは少ないのかも知れないが…… 今の俺にとっては特別なんだ。


 奨学金返還の後は同棲のため20代では金が、30代前半はさらに仕事で時間が足りなかった。やっと手に入れたのは、最後の彼女と別れた6年前…… それからはコイツに一途な生活だからな。


 いや、買い物にはアドレス(スクーター)だから、一途は言い過ぎか……



………………………………



「よう、美空。年に1、2回しか来れなくてすまないな」


 翌日朝早くに実家があった某所に着き、駐車場にバイクを停める。

 空は快晴、そして今年も一人で墓を磨いていく。当然だが墓前には花も線香も置いてあったりはしない。


「今日はお前の名前みたいな綺麗な空だぞ。すまないな、最近は食べものを置いていっちゃ駄目らしいんだ。後で美空の好きだった花を買ってくるからな……」


 俺が潔癖なのは、間違いなく親の所為だろう。

 父親は俺が中3の頃から社畜化が進み、家を顧みなくなっていった。

 妹の事故の後も変わらずで、それが切っ掛けになったのか母親が不倫に走り…… 直ぐにバレて離婚。


 母親が居なくなっても、父親は相変わらず帰宅しない壊れた家庭。そんな状況が嫌で、俺は高校卒業とともに家を出た。


 公立大学に進み、奨学金とバイトで生計を立て、その後家には一度も帰っていない。向こうも嫌っているのを知っているから、事務連絡のようなメールが偶に来るだけだ。


「お前が生きていれば、もっと楽しい人生を遅れたかもな……」


 ふと、俺に懐いていた妹を思い出して独り言ちる。

 そして…… 近所の花屋が開く時間に合わせて、一度この場を離れた。



「さて、今年は小さな向日葵があるかだな……」


 それは、墓場……最近だとメモリアルパークか、そこから花屋までの道を歩いていたときだった。

 申し訳程度の歩道がついた片側一車線道路の向かい側から、明らかに蛇行運転の車が結構なスピードで走ってくる。


「なんだ、酔っ払いか? おい! ヤバいぞ! 逃げろ!!」


 俺の少し前を歩いている痩せて不健康そうに見える中年女性は、車に全然気付かないのか俯きがちに歩みを続け……


「危ない! 避けろー!!」


 俺は咄嗟に全力で走り出す。

 そして、車に轢かれる寸前の中年女性を突き飛ばし……


  キィィィィーーー

  ガシャン!!


 歩道の奥の壁に撥ね飛ばされて……意識を失った


「えっ? き……おに………」



---------------



 ジリリリリリリ………


 ジリリリリリリ………


 ジリリリリリリ………



「うるさいなぁ」


 目覚まし時計の不快な音で目が覚める。

 枕元から少し離れたところで鳴っているため、起き上がらないと止められない。


 ジリリリリリリ……


 ジリリリリリリ……


 ジリリリリ


 俺が酷い倦怠感で起き上がることができずにいると、遠くから足音と扉が開く音がして…… 音が止まった。


「もう、お兄ちゃん。昨日自分が起きるって言って、こんな朝早くに目覚ましかけたのに。なんでミーが止めるのー?」


 それは記憶の奥底に沈むように、ずっと忘れていた声だった。そんなことはあり得ないだろうと自問自答する。

 しかし俺を引っ張って、無理矢理起こそうとする小さな手を感じ……


「キセイお兄ちゃん起きなよー!」


 耳元で懐かしい声が聞こえて来た。

 ま、まさか……


「み、美空か? おい、美空? 美空!!」


  俺はガバッと起き上がり、目の前の声の主を見て…… 驚きの余り、名前を連呼していた。

 声の主は記憶の中の妹と瓜二つ、事故にあった小学6年生の頃合いだと記憶が告げている。


「お兄ちゃん、イタイよー。もうちょっとやさしくー」


 俺は力一杯妹を抱きしめていた。

 なんだ、このリアルな夢は?

 たしか墓参りの途中で、暴走車に撥ねられて死んだんじゃないのか?

 でもこの暖かさ、そして嬉しそうに抱きしめ返してくる心地良さまで夢なのか?


「美空、お前生きてるのか?」


「なーに? お兄ちゃん変なユメみたの? ミーは元気だし、それにいつもと呼び方ちがうよ?」


「あっ、そうだな。兄ちゃん変な夢を見たんだ。ミー、今日はいつでお前は今何歳だ?」


「うーんとね、平成7年の6月10日で第2土曜日、おやすみの日だよー。ミーは10才の小学5年生ー」


 5年生?

 マジか!?


 俺は妹を抱きしめたまま部屋を見渡すと、ベッド脇の壁には高校のブレザーが掛かっている。

 5歳下の妹が小学5年なら、当然俺は高校1年になるんだが、それにしてもどういうことなんだ?


「お兄ちゃん、釣りに行かなくていいの? ミーは行かないのがうれしいけど」


「釣りはいいや、もう暫くこうしていても良いか?」


「うん! ずっーとしてていいよ。お兄ちゃんにギューってされるの久しぶりだからうれしいよ!」


 たしかに俺は、この頃はルアー釣りに嵌っていた。

 同じ高校に入った男は一人だけで、そいつは釣りに興味が無かったから、いつも一人でだったな……


 それに中学3年に上がった頃か、纏わりついてくる妹の相手が面倒になって邪険にしていたっけ。

 ただそれは妹を嫌っていた訳じゃなく、単に自分の時間を邪魔されるのが嫌だったんだ……

 

「今更なんで、こんな後悔しかない夢を見るんだろう」


「お兄ちゃん、なんか言った?」


「な、何でもないぞ……」


 俺は幼き日の妹に再会した喜びと、過去の自分の我儘さを思い知らされたことに、感情が追いつかなくなっていた。

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