第14話 わけがわからない

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 馬車から降りたその瞬間から。

 私に向けられる視線には、あからさまな敵意が含まれていた。

 だからなにか言われずとも、その視線だけで歓迎などまったくされていないことは明らかだった。

 

「あれがモルゲンロートの第一王女か、まるで物語に出てくるような悪女だな」


「一国の王女があのような装いとは……モルゲンロートもさぞや扱いに困ったのだろう」


「だからといって我が国に押し付けてくるとは……モルゲンロートの第一王女が嫁入りしてくると聞いた時からなにか裏があると思っていたが……やはりな」


 そして嫌でも耳に入ってくるのは、囁くような小さな声で交わされる噂話。


 ついこの間までモルゲンロートとシュヴァルツヴァルトは敵国だったから、この反応は概ね予想通りで驚くほどのことでもない。


 それにこの国の人々に温かく歓迎されるなどとは、最初から考えていなかった。


 私だって未だに気持ちの整理ができていないし、隣に立つフリード王太子が何も無かったかのように私に笑顔で話しかけてくるのが不思議でたまらない。

 

「ドレスはお金をかければいいというものではありませんのに、あんな方が王太子妃になるなんて……」


 それについては私も激しく同意します。

 私もこんな贅の限りを尽くしたようなドレスを纏う王太子妃なんて、他国から嫁いできたら普通に嫌ですし、臣下であれば国庫の心配を始めるでしょう。


「フリード王太子殿下がかわいそう」


「あんな派手な装いでいらっしゃるなんて、いったいなにを考えているのかしら……もしかして勝ったつもり?」 

 

 だから言われのない中傷を受けたり、嫌がらせ程度はほぼ確実にあるだろうと覚悟してきた。

 それに向けられた悪意にいちいち反応していたら、それはもうキリがないし。

 

 この程度の侮辱なら別になんとも思わない。


「……ねぇ、皆さんご覧になって? あの方……瞳の色が紫だわ。もしかしたら本当に魔女なのかも……」


「まあ、本当ですわ! なんて気味の悪い……!」

 

 ――けれど。

 お母様譲りのこの紫の瞳を馬鹿にされることだけは……絶対に許すことができない。


 だからこの瞳を侮辱した一人一人の顔を、しっかりと目に焼き付ける。

 後で何倍にもしてやり返すために。


「……いい加減にしろ」


 ――その時。

 隣に立つフリード王太子が一歩前に出て、私を侮辱した貴族達を睨みつけた。


 先ほどまで穏やかな笑みを浮かべていたフリード王太子の薄氷のような青の瞳は、怒りを湛えるように冷たく光っていて。

 この男の事をよく知らない私でも、これは激怒しているとすぐにわかった。

  

 フリード王太子のその様子に流石に不味いとでも思ったのか、ざわついていた貴族達は一斉に黙り込み。

 そして気まずそうに視線を逸らす。


 重苦しい沈黙がその場を支配する。


 けれど私には、なぜフリード王太子がこんなに怒るのか理解出来ない。

 

 だってこの男は私を『愛していない』のだ。

 この男にとって私はただの『和平の証』であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 なのに、どうして。

 意味がわからなくて見上げれば、困ったような笑顔を向けられただけで。

 わけがわからない。



「――遅いと思って来てみたら……お前達、ここでなにをやっているんだ」


 その声に、場の空気が変わる。


「っこ……国王陛下!? なぜここに……!」


 黙り込んでいた貴族の一人が声を上げた。

 国王陛下自らがここまでやって来るとは思わなかったらしく、狼狽したように慌てふためく。

 

「二人が到着したと聞いて王妃と二人待っていたが、待てど暮らせど一向に来ないから……散歩がてら息子とこれから我が娘になるフランツェスカを迎えにきただけだ」 

 

「え、娘……?」


 娘? 嫁でなく……娘?


「ふむ……そなたがフランツェスカ・モルゲンロートで間違いないか?」


「え……はい、陛下。私がモルゲンロート国第一王女、フランツェスカ・モルゲンロートにございます。このような身に余るご縁を賜り、心より感謝申し上げます。戦により失われた命の重みを忘れず、少しでもこの国の平和と繁栄に貢献できるよう努めてまいります」


 ドレスの裾を持ち、深く一礼する。

 それは最上級の礼。

 

 モルゲンロートでこの礼をすることは今まで一度もなかったけど、ここは他国。

 クソ親父にするみたいに適当にはできません。


 そして用意していた挨拶。

 まさかこんな所で口にすることになるとは想定していませんでした。

 

「……顔を上げなさい、フランツェスカ」


「はい」

 

 その声に、ゆっくりと顔をあげた。

 するとそこには、シュヴァルツヴァルト国王が穏やかな笑顔を浮かべて私を見ていた。


「長旅でさぞ疲れただろう。まずはゆっくりと身体を休めなさい。ここはもうフランツェスカ、そなたの家だ。これからは王太子妃……いや我が娘としてここで過ごすのだからな」


「……え?」


 思わず、声が漏れた。

 今、なんて……?


 その言葉はクソ親父にも言われなかったのに。

 どうしてシュヴァルツヴァルトの国王が、私にそれを言うの……?


 

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