第3話 異母妹と元婚約者

3




「さよなら、レナード」


 つまらない言い訳はもう聞きたくなかった。

 だから私はくるりと方向転換をして、足を一歩踏み出しました。


「フランツェスカ! 話はまだ終わってなっ……」


 まだなにか言いたいことでもあるのか、レナードは私を引き留めようとします。

 だけど、それに応じてやるつもりはありません。

 

 どんなにきれいな言葉を並べたところで、レナードが私を裏切ったという事実は消えないのだから。

 

 ――その時。


「……フランツェスカ、お姉様」

 

 聞き覚えのある声に、つい足が止まってしまう。

 このまま立ち去ってしまったほうがいい、振り返ってはいけない。

 そう頭ではわかっているのに。

 

 まるで引き寄せられるように後ろを振り返ると、そこに立っていたのは案の定。

 第二王女アリーシア・モルゲンロートだった。

 

「……アリーシア。私に、なんの用?」


「っ……ごめんなさい、フランツェスカお姉様! 私、私っ……! こんなつもりじゃ……」

 

 話し始めるやいなや、謝罪の言葉を口にしたアリーシアは今にも泣き出してしまいそうな顔で肩を震わせていて。

 その本性を知らなければ、誰もが守ってあげたいと思ってしまう。


 だけど私は知っている。

 ……これは全部演技、なのだと。

 

「それで?」


「フランツェスカお姉様が女王になるために、どんなに努力してきたのか……私、知っていたのに……! こんなことになるなんて思っていなかったの……本当にごめんなさい……」


 白々しい。

 アリーシアがなにも知らないわけがないのに。


 第二王女アリーシアは側妃カトリーナの娘で。

 側妃カトリーナは、私の母で正妃アダルハイダの事を心底憎んでいた。

 

 そしてその憎しみはお母様が亡くなられた後も消えることなく、娘の私に向けられた。

 

 だからこれも側妃カトリーナの指示。


「相変わらず被害者ぶるのがうまいわね、アリーシア? それもカトリーナ様の指示かしら?」


 その言葉にアリーシアの目が一瞬、険を帯びた。

 だけどすぐに、ふるふると怯える子うさぎのような愛らしい表情に戻る。


「ち、違っ……! お母様は関係なくて……私は、フランツェスカお姉様に謝りたくて……それで……」


 肩を震わせて切なげに泣く演技は真に迫っていて、まるで大劇場の舞台に立つ主演女優。


 いつ見ても見事なもので、拍手のひとつでも送りたくなります。

 

「……アリーシア、もういい」


「レ、レナード様……!」


 私とアリーシアの会話に、様子を窺っていたレナードが割って入ってきた。


「アリーシア、君が泣く必要はない。フランツェスカが、もう少し思いやりのある優しい姉だったなら、君を責めることはなかったはずだ」


「は? なに、それ……」


 聞き捨てならない言葉に思わず声が漏れる。

 けれどレナードは、まるで私が間違っているとでも言わんばかりに言葉を続けた。


「フランツェスカ、君は自分の考えこそがいつも正しいと勘違いしている。だがそれは間違っている」


「私が間違っていると?」


「そうだ、君は王に相応しくない」


「私が王に相応しくない!? それ、どういうことか説明して!」


「君には他国の血が流れている。君は純粋なモルゲンロート王族ではないだろう?」


「……もしかして、お母様の事を言っているの?」


 私のお母様はクーゲル帝国から輿入れしてきた。

 でも王族の婚姻で、他国の王家からの嫁入りなんてよくあることで。


「モルゲンロートを治めるのに他国の血が入った者では相応しくないと、国王陛下はお考えなんだ。そして僕もその考えに……賛成だ」


「なっ……!」

 

「だから国王陛下も僕も……モルゲンロートの未来を思ってこの決断を下したんだ。君も一応この国の王族だろう? その判断を受け入れて、国の利益の為に嫁ぐのも……王族としての義務なんじゃないのか?」


 やっぱりこれは計画的な追放だったのです。

 戦場で私が……死ななかったから。

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