エピローグ『約束の楽園にて』

 それから、さらに幾年月が過ぎた。

 ハーベスト共和国は、大陸でも有数の豊かな国として、平和と繁栄を謳歌していた。各種族が互いの文化を尊重し、助け合い、笑い合う――そんな当たり前の光景が、ここでは日常だった。


 俺は、代表の座を若い世代に譲り、今は一人の農民として、のんびりと農業三昧の日々を送っている。


「ケンジさん、また変な形のカボチャ作ってるぜ。親父も呆れてたよ」

「すごい……このトマト、宝石みたいにキラキラしてます!」


 かつての難民の子供たちも、今では立派な大人だ。彼らが新しい共和国を力強く支えてくれている。


「ふふ、今夜はこのカボチャでシチューを作りましょうか」

「やったー! リファさんのシチュー、世界一だもんね!」

「ミィナ総隊長も、匂いを嗅ぎつけて食べに来るって言ってましたよ」

「あの大食い隊長が来るなら、もっと大きな鍋にしなきゃな」


 リファは相変わらず、みんなの胃袋を優しく支えてくれている。

 ふと、俺は空を見上げた。どこまでも澄み渡った青空に、真っ白な雲がゆったりと流れていく。


「……あの日も、こんな空だったかな」


 過労で命を落とし、この異世界に転生した日。

 何もない荒野で、絶望に打ちひしがれていたあの時。

 女神と出会い、三つの神農具を授かったこと。

 リファやミィナ、ドルム、ポチという、かけがえのない仲間と出会ったこと。


 いろんなことがあった。辛い戦いもあった。苦しい決断もたくさんした。

 でも、その全てが、この楽園を作るための、かけがえのない道のりだったんだな、と今なら思える。


「親父、どうしたんだ? 空なんか見て、ぼーっとして」

「馬鹿言え、今日の雲の形で明日の天気を読んでるんだよ」


 ははは、と若者たちと笑い合う。

 遠くで、子供たちの歓声が聞こえる。人間の子供、エルフの子供、獣人の子供――みんなが一緒になって、鬼ごっこをしている。


 これこそが、俺が成し遂げたかったことだ。

 武力や魔法による支配じゃない。一粒の種から始まる、どこまでも優しくて、温かい革命。

 ただ、懸命に食べ物を作り、それを分かち合い、共に笑う――。

 それだけで、世界はこんなにも豊かに変われるのだ。


「さてと、今日も畑仕事、頑張りますか」

「はい、行きましょう、ケンジさん」


 リファが、長年使い込んだクワをそっと手渡してくれる。

 手にしたクワは、相変わらず温かい。俺たちの生きてきた証のように。

 今日も、約束の楽園ハーベストは、平和な一日が始まろうとしている。

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過労死サラリーマン、女神からチート農具を授かり異世界でスローライフ!のはずが、いつの間にか最強国家の王になっていた 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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