第10話『楽園建国、そして約束の地へ』
運命の日が来た。
夜明け前の闇が最も深い時間帯――魔王軍本隊が、地平線を黒く埋め尽くして押し寄せてきた。
その数、数万。空はおぞましい飛竜騎兵に覆われ、地上は魔物と魔族兵の大軍で埋め尽くされている。不気味な鬨(とき)の声が大地を震わせ、純粋な殺意が霧のように立ち込めていた。
「……来たか」
俺は偽りの最終防衛ラインである防壁の上に立ち、迫り来る絶望の濁流を見下ろす。
「ケンジ、各種族特殊部隊、包囲網の外で配置完了だ」
ドルムの声が、ドワーフ製の通信魔道具から聞こえる。
「ミィナも準備OKにゃ! いつでも突撃できるにゃ!」
「エルフ魔術師団、詠唱準備、完了しています」
リファの緊張した声も届く。
「クゥーオオーン!」(俺もいる!)
ポチの力強い咆哮も混じった。
「よし……では、作戦開始だ。役者たちよ、最高の舞台を始めよう」
魔王軍が防壁に殺到する。門はドルムの細工でわざと脆く作ってあり、最初の衝撃で派手に破壊された。
「第一防壁、破られたぞ!」「総員、撤退! 第二防衛ラインへ退け!」
俺の合図で、兵士たちはわざと混乱したふりをしながら後退していく。魔王軍はここぞとばかりにその隙を突き、怒涛の如くなだれ込んできた。
「追え! スパイの情報通りだ! 敵の狙いは生命の樹での時間稼ぎ! その根元を叩き、力を解放される前に破壊するのだ!」
魔族の総大将らしき男が叫ぶ。スパイの情報を完全に信じ込んでいるようだ。
魔王軍本隊は、わざと開け放たれた道を疑いもせず進み、集落の中心部へと雪崩れ込んでいく。囮の部隊が巧みに後退しながら、敵を奥へ奥へと引きずり込んだ。
「もっとだ……もっと中へ引きずり込め……!」
俺は司令塔で歯を食いしばる。
やがて、魔王軍の主力のほとんどが集落中心部のキルゾーンに流入した、その瞬間――。
「……今だ! 幕を上げろ! 総攻撃開始!」
俺の号令一下、本当の作戦が発動する。
俺は“開拓のクワ”の真の力を解放し、集落中心部の大地そのものを隆起させた。大地は巨大な“擂り鉢”のような地形を形成し、魔王軍はその底に完全に閉じ込められた。
「な、なんだと!? 罠かっ!?」
「退路がない! 囲まれたぞ!」
擂り鉢の縁に、そして地下から、俺たちの全軍が姿を現す。
「全軍、攻撃開始!」
エルフの魔術師団が一斉に天罰の如き攻撃魔術を放つ。天空から光の豪雨が降り注いだ。
ドワーフの地下部隊が、擂り鉢の底から無数のトラップや自動兵器を出現させ、敵陣を内側から食い破る。
獣人特殊部隊が擂り鉢の縁から、嵐のように槍や矢を浴びせかけた。
「“収穫のカマ”よ、楽園を汚す者共に裁きを!」
俺はカマを高く掲げる。擂り鉢の内壁全体から、無数の凶暴な食人植物や、敵を縛り上げる魔樹が出現し、魔王軍を蹂躙し始めた。
「“大地のスキ”よ、最後の仕上げだ!」
最後の決め手。俺はスキを擂り鉢の中心に向かって振り下ろした。
ガガガガガガガガッ―――!!!!!
擂り鉢の底で大地が大きく割れ、そこから無数の純粋な光の奔流が噴き出した。それは、生命の樹の根源の力そのもの。
光は魔王軍の兵士たちを優しく包み込むと、彼らを構成する“荒廃の瘴気”だけを浄化していく。魔物は光に溶けて消滅し、魔族兵士は邪悪な力を失って、次々と地に倒れていった。
「ぐおおおっ!? ま、まさか……生命の樹の力が……これほどとは……!」
「撤退だ! 全軍、撤退を――!」
魔族総大将の断末魔も虚しく、浄化の光は戦場に満ちる全ての悪意を飲み込んでいった。
やがて光が収まった時、擂り鉢の底には、魔王の呪いから解放され、無力化された兵士たちが静かに横たわっているだけだった。
「……勝利、だ」
「やった……やったんだ! 俺たち、勝ったんだーっ!」
擂り鉢の外から、そして集落中から、歓喜の雄叫びが上がる。兵士たちが抱き合い、泣き叫んでいた。
俺はほっと息をつき、その場にへたり込む。全身の力が抜け、視界が白く霞んだ。
「ケンジさん!」
「ケンジ!」
「ケンジにゃ!」
「クゥン……!」
リファ、ドルム、ミィナ、ポチが駆け寄ってくる。
「ご無事ですか!? 大丈夫ですか!?」
「ああ……なんとか。みんな……ありがとう。みんながいてくれたから……勝てたんだ」
俺は仲間たちの顔を見渡し、心の底から笑った。
その後、戦後処理は比較的スムーズに進んだ。主力を失った魔王は世界の各地で勢力を失い、やがてその存在は歴史の闇に消えた。浄化された魔族兵士たちは、然るべき場所で保護され、新たな道を歩むことになった。
そして――。
戦いから数ヶ月後。
世界の各種族の代表が、この地に集結した。今や“解放の英雄”となった俺たちを称え、この世界の未来を話し合うために。
会議の場で、俺は宣言した。
「俺は、王様にはならない」
場内がどよめく。
「この国は、俺一人の力で守ったんじゃない。ここにいる、あらゆる種族の、あらゆる人々の力で勝ち取ったんだ。だから、治めるのもみんなでやるべきだ」
「では、どうなさるおつもりですかな?」エルフの長老が尋ねる。
「共和国を築こう。各種族から代表者を選出し、対等な立場で議論し、未来を決めていく――そういう国を作りたい」
最初は反対の声もあったが、ドルムやミィナ、リファたちが俺を支持し、そして何より、この地で各種族が共に生きてきたという事実が、何よりの説得力となった。
こうして、世界初の多種族共和制国家“ハーベスト共和国”が誕生した。
俺は、初代“大代表”に満場一致で推挙された……が、実質的な政治は優秀なみんなに任せ、相変わらず泥だらけで畑を耕している。
だって、それが性に合ってる。俺は、ただの農民だからな。
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