第9話『各種族の力、集結する想い』

 エルフ、ドワーフ、獣人――大陸中から集った各種族の精鋭たちが加わり、俺たちの集落は一夜にして“解放軍”の本拠地と化した。

 それぞれの種族が持つ古の技術や能力が融合し、防衛力は飛躍的に高まっていく。


 エルフたちは、その優れた魔術と植物を操る能力で、俺の“収穫のカマ”の力を増幅させ、集落の周囲に“動く森”とも言うべき迷宮の防衛線を築き上げた。木々や蔓が意思を持ったかのように蠢き、侵入者を翻弄し、絡め取る。

 ドルム率いるドワーフたちは、その卓越した土木技術で地下に堅牢な要塞とトンネル網を建設。さらに、神農具の力を限定的に転写した“疑似農具”を開発し、一般兵でもある程度大地を操れるようにする研究まで始めた。

 ミィナを総大将とする獣人たちは、その超人的な身体能力を活かした高速機動部隊を編成。彼らは敵陣深くに潜入し、撹乱や情報収集といった特殊任務を担当する。


 そして、人間たちもまた、それぞれの役割で戦いに加わった。農作業で鍛えた体力で物資の運搬や陣地構築を担い、料理の腕を活かして兵士たちの胃袋と士気を支えた。

 種族の壁など、もうどこにも存在しない。皆が、ただ一つの目的――魔王軍からこの世界を守るために、心を一つにしている。


「すごい光景だな……」


 俺は新設された中央司令塔から、熱気に満ちた要塞都市を見下ろして呟いた。


「ええ。私たちが最初にここへ来た時には、夢にも思いませんでした」


 傍らに立つリファが微笑む。彼女は今、エルフの代表として、各種族間の調整役という重責を担っていた。


「みんな、ケンジさんという揺るぎない中心があるから、一つになれるんですよ」


「そんな大げさなもんじゃない。みんなの想いが、そうさせてるんだ」


「ふふ、そうかもしれませんね」


 その時、ドルムとミィナが勢いよく駆け上がってきた。


「ケンジ! 準備は万全だ! ドワーフの地下要塞も、最後の仕上げが終わったぞ!」

「ミィナの特殊部隊も、いつでも出撃できるにゃ! 偵察部隊からの報告だと、魔王軍本隊はあと二日でこの地に到達するらしいにゃ!」


「二日か……みんな、休息をしっかり取らせてくれ。今度の戦いは、間違いなく長引く」


「了解だ!」

「任せるにゃ!」


 二人が頼もしく駆け下りていく。

 その背中を見送りながら、リファが心配そうに尋ねてきた。


「……ケンジさん、大丈夫ですか? 少し顔色が……」


 確かにここ数日、ほとんど眠れていない。神農具の真の力を引き出す訓練と、各種族の意見調整で、目が回るような忙しさだった。


「大丈夫さ。それより、君こそ無理するなよ」


「い、いえ! 私なんて――」


 その時、遠くから地響きが聞こえた。しかし、それは魔王軍の進軍の音ではない。もっと不規則で、鈍く重たい音だ。


「なんだ、あの音は……!?」


 見張りの兵士が叫ぶ。


「南東の方角より、何かが近づいてきます! ものすごい数の……人影です!」


「なんだと!? 魔王軍の別動隊か!」


 俺が望遠鏡を覗くと、そこにいたのは武装した兵士ではなかった。ボロボロの服を着た、おびただしい数の難民たち。老人、女、子供……皆、疲弊しきっている。


「難民……? なぜ、このタイミングで……!」


「ケンジさん、どうしますか? もし、この中に魔王軍の罠が仕掛けられていたら……」


 リファの懸念ももっともだ。しかし、あの絶望しきった顔を見捨てられるはずがない。


「……門を開けろ。全員、迎え入れるんだ」


「しかし……!」

「大丈夫だ。俺が責任を取る」


 門が開かれ、難民たちがなだれ込むように入ってくる。彼らは、魔王軍本隊の侵攻から逃れてきた人々だった。最後の希望の噂を頼りに、必死でここまでたどり着いたらしい。


「助けてください……!」「どうか、食べ物を……!」


「落ち着け! ここは安全だ! 食べ物も水も、山ほどある!」


 俺の声に、難民たちは安堵の息をつく。しかし、その数は千人を優に超え、用意していた避難施設はすぐに満杯になった。


「まずいな、収容能力を超えている……」

「ケンジさん、あそこを……!」


 リファが指さす方を見ると、難民の中に紛れて、数人の目つきの鋭い男たちがいる。彼らは難民らしからぬ体格で、こちらの様子を油断なく窺っていた。


「……やはり、スパイか」

「どうしますか? 今すぐ捕らえましょうか?」


「……いや、待て。逆に利用させてもらう」


 俺は静かに微笑んだ。

 その夜、緊急作戦会議が開かれた。難民の中にいたスパイらしき者たちは、ドルムの部下によって、ちゃんと会議の内容が“聞こえる”位置へと巧妙に誘導されている。


「――というわけで、魔王軍本隊との決戦は、三日後の明け方と決まった!」


 俺はわざとらしく大声で、偽の作戦を宣言した。


「我々の最終防衛ラインは、集落中心部、生命の樹の根元だ! あそこが破られれば、全ての終わりである!」


 スパイたちが、息を殺して聞き耳を立てているのが分かった。


「だが、生命の樹の力さえ解放できれば、最後の最後で大逆転も可能だ! 何としてでもここは死守する! 全軍、ここに総力を結集せよ!」


「「「おおっ!!」」」


 会議が終わり、皆が散った後、ドルムが小声で尋ねる。


「……ケンジ、本当にいいのか? 本当の作戦は、それじゃないだろう?」

「ああ。あれは奴らに流すための偽情報だ。スパイたちは、今頃必死で魔王軍に報告しているはずだ」

「で、本当の作戦は?」


 俺はニヤリと笑った。


「包囲殲滅だ。敵が偽情報に釣られて集落中心部に全軍を集中させている隙に、各種族の特殊部隊が外から完全に包囲し、一網打尽にする。生命の樹の真の力を、俺がここで解放してな」


「なるほど……壮大な囮作戦か」

「そういうことだ。この本当の作戦は、ごく一部の者しか知らない。みんなには悪いが、最後まで騙し通させてもらう」


「わかった。オレは地下通路の準備を完璧にしておくぜ」


 ドルムが去り、俺は一人、星空を見上げた。

 ――女神様、見ていてください。これが、俺たちの答えです。

 欺き、戦い、そして守る。

 どんな手を使っても、この楽園を、この大切な仲間たちを、俺は守り抜いてみせる。

 決戦は、もうすぐだ。

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