第8話『真の力、生命の樹の導き』
前衛部隊を撃退したことで、集落の士気は最高潮に達した。だが、勝利の美酒に酔う者は一人もいない。俺たちの勝利は、魔王軍本体にとっては単なる“想定外の足止め”でしかないことを、誰もが理解していたからだ。次の襲来は、より苛烈を極めるだろう。
それから数日後、俺はひとつの奇妙な“気配”を感じるようになった。神農具を通じて、大地から伝わってくる、温かく、そして力強い“意思”のようなものだ。それは、集落の中心部――ちょうど地下避難壕の真上あたりから、脈打つように強く発せられている。
「ここだ……この下に、なにかがある」
俺はリファやドルムを呼び、その地点を掘り起こしてみることにした。
“開拓のクワ”を手に、祈るように土を掘り進める。すると、深さ数メートルの地点で、クワの先端が何か硬いものに触れた。
「なんだ、これは……?」
現れたのは、巨大で、そして複雑に絡み合った大樹の“根”だった。それは水晶のように透き通り、内側から淡い光を放ちながら、まるで生きているかのように微かに脈打っている。
「わぁ……なんて綺麗……」
「……ふむ、こんな鉱物は見たことがねえな……」
「クンクン……?」(生命の匂いがする……)
皆が興味深そうに覗き込む中、俺は導かれるように、その水晶の根にそっと手を触れた。
その瞬間――。
パッ!
眩い光が思考を焼き、俺の意識はどこか遠く、根源的な場所へと引きずり込まれた。
――――――
気がつくと、俺は見知らぬ光の空間に立っていた。眼前には、天を突き、宇宙を支えるかのように巨大な“樹”がそびえ立っている。その枝葉の一つ一つが、銀河のようにきらめいていた。
「ようこそ、選ばれし開拓者よ」
優しく、しかし世界の全てを包み込むような威厳に満ちた声。
振り向くと、そこには初めてこの世界に来た時に出会った女神ネイチャが、微笑みを浮かべて立っていた。
「女神様……!? ここは一体?」
「ここは、生命の樹の聖域……この世界の生命活動の源流です。あなたは、その呼び声に応えたのですね」
「生命の樹……?」
「ええ。あなたが大地と対話し、生命を育むことで、魔王の瘴気に蝕まれ枯渇しかけていたこの樹が、再び目覚め始めたのです。そして今、あなたに真の力を授けようとしています」
「真の力……?」
女神は微笑み、そっと手を差し伸べる。その手のひらから溢れ出た光が、俺の体を優しく包み込んだ。
「三つの神農具は、単なる農具でも武器でもありません。この生命の樹の枝から作られた、世界そのものを調律するための“鍵”なのです。あなたの想い――この場所を、仲間を、守りたいという純粋で強靭な想いが、その真の力を解き放つでしょう」
光が強くなる。世界の真理が、魂に直接流れ込んでくるような感覚。
「どうか、その力で、魔王の振りまく荒廃の力を浄化し、この世界に本当の平和を取り戻してください……」
――――――
「ケンジさん!? しっかりしてください、ケンジさん!」
リファの悲痛な声で、俺は我に返った。俺はまだ、掘り起こした穴の前で、水晶の根に手を触れたまま立っている。
「あ、ああ……すまない。ちょっと、すごいものを見ていた……」
俺は手にした“開拓のクワ”に目を落とす。以前とは比べ物にならないほどの輝きを放ち、まるで俺自身の腕と一体化したかのような感覚があった。
「どうしたんだ、ケンジ?」
「顔色が真っ青だにゃ?」
「ああ……もしかしたら、勝てるかもしれない。俺たちは、本当の力を手に入れた」
その夜、集落に更なる訪問者があった。それは、エルフの長老を名乗る気高い老人で、リファの故郷の生き残りである数十人のエルフたちを率いていた。
「“生命の樹”の目覚めを感じ、我々はこの地へと導かれました」
長老はそう言うと、俺の前に恭しくひざまずいた。
「どうか、我らエルフの古の魔術と知恵を、あなた様のために役立てさせてください。樹の加護を受けし御方よ、あなた様ならば、魔王の瘴気と対等以上に渡り合えるはずです」
さらに、大地深くにいたドワーフの氏族長、風の噂を聞きつけた獣人の族長たちも、続々とこの地に集結してきた。彼らもまた、それぞれの方法で世界の“大いなる変化”を感知し、最後の希望の地へとやって来たのだった。
「“希望の地”に、ついに伝説の“王”が現れたと聞いて馳せ参じた」
「我らドワーフの槌も、お使いくだされ」
「獣人の牙もまた、あなた様と共に!」
こうして、俺たちの小さな集落は、大陸の各種族の代表が集う“反魔王軍同盟”の本拠地へと、一夜にしてその姿を変えた。
俺は集まった皆の前で、高らかに宣言した。
「俺は王になるつもりはない! だが、魔王の手からこの世界を取り戻すために――みんなの力を貸してくれ!」
「「「おおっ――!!」」」
その雄叫びは、荒野に轟き、反撃の狼煙となって天高く上がった。
決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。
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