第5話『守るべきもの、紡がれる絆』
バルゴス卿の襲撃は、集落に大きな爪痕を残した。物理的な被害はほとんどなかったが、人々の心に、初めて外からの明確な敵意という毒が注ぎ込まれたのだ。
「ああいう連中、また来るのかしら……」
「せっかく見つけた安住の地なのに……」
「ケンジ様の力はすごいけど、次はもっと大軍で来たら……」
そんな不安の囁きが風に乗って聞こえてくる度、俺の胸は締め付けられた。彼らを危険に晒したのは、紛れもなくこの土地の豊かさ、そして俺の力だった。
「……みんな、集まってくれ」
その夜、俺は広場に住民全員を集めた。燃え盛る焚き火の明かりが、皆の不安げな表情を揺らめかせている。
「昼間のことは……本当にすまなかった。俺たちのささやかな平和が、外の人間の妬みを招いてしまった」
しん、と静寂が落ちる。
「だが、だからといって、ここで諦めるつもりはない。この土地を捨てて、またあの荒野を彷徨うつもりもない。なぜなら――」
俺は一息つき、皆の顔を一人一人見渡す。リファ、ミィナ、ドルム、ポチ。数日前に来たばかりの難民の家族、顔なじみになったエルフの老人、ドワーフの職人たち――。
「――ここには、俺の、いや、俺たちの守るべきものがあるからだ! ようやく手に入れた温かい食事と、安心して眠れる寝床! 種族なんて関係なく助け合える仲間たち! この楽園を、俺は絶対に守り抜く!」
最初は静かだった広場に、ぽつ、ぽつと拍手が起こり、やがてそれは嵐のような歓声と喝采に変わった。
「ケンジ様……!」
「そうですとも! 二度と逃げたりしません!」
「みんなでこの村を守るんです!」
「だが……具体的にどうやって守るんだ?」
誰かが、現実的な疑問を口にした。その声に、ドルムが前に進み出る。
「ふん、そんなこたぁ決まってる。ケンジの持つ神々の武具……あの力は本物だ。だがな、オレたちもただ守られるだけのひ弱な雛じゃねえ。オレは、あの神具を参考に、より強固な防具や武器を作り上げてやる! このドルムの名にかけてな!」
「ミィナもだにゃ! 自警団をもっともっと強くする! みんなに戦い方を教える! 魔物だろうが悪党だろうが、ミィナたちが追い払ってみせるにゃ!」
ミィナがぴょんと跳ね上がり、鋭い爪をきらめかせた。
「わたしは……戦うことはできません。でも、もっとたくさんの食べ物を作って、皆さんを支えます! 傷ついた方の手当ても……エルフの薬草学で、きっとお役に立てます!」
リファが、少し恥ずかしそうに、しかし凛とした声で言った。
「クゥーーン!!」(俺も守る!)
ポチもまた、力強く吠えた。
その言葉に触発され、他の住民たちも次々と声を上げ始める。
「俺は石工だ! 頑丈な防壁の作り方なら知ってるぞ!」
「私は布を織るのが得意です。丈夫な服やテントを作ります!」
「わしは足が速いから、見張り番なら任せろ!」
種族も年齢も性別も関係ない。皆が、自分にできることでこの場所を守ろうとしている。
胸が熱くなった。これだ。これこそが本当の力なんだ。俺一人のチート能力なんかじゃない。皆の想いが合わさることで生まれる、本当の強さ――。
「ありがとう……みんな! それじゃあ、明日から早速始めよう! 防衛計画の開始だ!」
「「「おーっ!!」」」
翌日から、集落は驚くべき速度で要塞へと姿を変え始めた。
ドルムを中心に、頑丈な木の柵や見張り台の建設が進む。ミィナは若者たちに護身術を教え、自警団を本格的な戦闘部隊へと訓練した。リファは薬草を栽培し、簡易的な治療所を設けた。他の住民も、それぞれの特技を活かして防衛と生活基盤の強化に努めた。
俺は神農具の力で、集落の周囲に天然の防壁となる茨の生垣を急速に成長させ、さらには“大地のスキ”で集落の周囲に深い堀を巡らせた。
かつての「奇跡の村」は、わずか数日で「難攻不落の砦」へと生まれ変わろうとしていた。
夜、作業を終えた中心メンバーでささやかな宴を開いている時、リファがぽつりと言った。
「ケンジさん、すごいですね。みんな、あんなに心を一つにして……」
「ああ……でも、これはみんなの意思だ。守りたいものがあるからこそ、人は強くなれるんだな」
「……はい。私にも……守りたいものが、できました」
リファは微笑みながら、そっと自分の胸に手を当てた。
ミィナが軽やかに俺の肩に飛び乗る。
「ケンジはやっぱりすごいにゃ! ミィナ、ここが大好きだ! だから絶対守るにゃ!」
「俺も同じ気持ちだよ、ミィナ」
ドルムは杯を傾けながら、遠い故郷を思うように呟いた。
「……ふん、まあ、悪くねえ街になりそうだ。オレも、ここでなら……骨を埋めてもいいかもしれねえな」
「クンクン!」(もちろんさ!)
ポチが俺の足元にすり寄ってくる。
守るべき場所、そして守りたい仲間。
この絆こそが、何物にも代えがたい、俺にとっての最大の力だ。
バルゴスの一件は苦い教訓だったが、それによって、俺たちはより強く、より深く結びつくことができた。
次なる脅威がいつ訪れようとも、もう怖くはない。
俺たち全員で、立ち向かってみせる。
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