第4話『妬みの矛先、目覚める大地』
「奇跡の村」――。
いつしか、僕たちの開拓地は、そう呼ばれるようになっていた。
噂は風に乗って遠くまで届き、飢えに苦しむ人々、職を失った者、魔物から逃れてきた者――様々な事情を抱えた人々が、陽炎の向こうから毎日のように現れた。
僕は、来る者を拒まなかった。リファやミィナ、ドルムたちと協力し、開拓の速度を上げて住居となる簡素な家を建て、皆が腹一杯食べていけるだけの食料を生産し続けた。
神農具の力は、日増しにその輝きを増していく。“開拓のクワ”はより広範囲を耕し、“大地のスキ”は大規模な灌漑用水路を自動で掘削し、“収穫のカマ”は広大な農地を一瞬で黄金の海に変えた。
ドルムは神農具の構造を参考に、普通の人間でも扱える効率的な農具を次々と開発。ミィナは自警団を組織し、集落の周辺を徘徊する魔物から皆を守った。リファは農作物の管理と配給、そして料理の責任者として、皆の胃袋と心を温め続けた。
ポチはすくすくと成長し、もはや子犬ではなく、精悍な若狼の風格を漂わせている。彼の嗅覚はさらに鋭敏になり、危険の察知や未知の鉱脈探しに大活躍してくれた。
みんなで力を合わせ、死の大地を緑の楽園に変えていく。毎日は目まぐるしくも、充実感に満ちていた。前の世界で、数字と締め切りに追われ続けた殺伐とした日々が、遠い昔の悪夢のようだ。
しかし、楽園には、必ず招かれざる客が訪れるものらしい。
ある晴れた午後、地平線の彼方から轟音と共に砂塵が巻き上がった。
「あれは……なんでしょうか?」
作業の手を止め見つめていると、砂塵の中から、鈍い光を放つ鎧の一団が現れた。槍や剣で武装した兵士たち。その数は、軽く百を超えるだろう。先頭には、肥え太った男が豪華な装飾の馬車に乗っている。いかにもといった風情の地方貴族だ。
兵士たちは集落の入り口で隊列を組み、貴族らしき男が尊大に馬車から降り立つ。彼は、汚物でも見るかのような目で、僕たちの開拓地を見下ろした。
「聞けい、この地の貧民ども! 我は、西方一帯を治めるバルゴス卿である!」
不快なほどによく通る声が響き渡る。住民たちが不安そうに顔を見合わせた。
「貴様らのその土地、本来は我が領地の一部! 無断で開拓し、あまつさえ我が領民の労働力を奪い、この飢饉の折に食料を独占するとは……言語道断!」
「……そんなつもりはありません。ここに来る者は皆、故郷を追われた難民です。我々は、ただ生きるために協力しているだけで――」
僕が前に出てそう言おうとしたが、バルゴスは鼻で笑って話を遮った。
「黙れ、小童! 小賢しい言い訳は聞き飽きた! 貴様らが使うという、何やら怪しげな力――あの異常なまでの収穫は、邪悪な魔術に相違あるまい! もしや魔王軍の手先か!?」
そんな馬鹿な、と思ったが、彼の濁った瞳は本気だった。自分の富を脅かす者への強い妬みと、己の権威を見せつけたいという下劣な欲望が、その顔に滲み出ている。
「即刻、この土地と備蓄食料の全てを我が軍に明け渡せ! さもなくば、力づくで奪うまでだ!」
兵士たちが一斉に槍を構える。住民たちの間から悲鳴が上がった。ミィナが喉を鳴らして牙をむき、僕の前に立ちはだかる。
「やめてください! ここには何の罪もない人たちしかいないんです!」
「下がれ、汚らわしい獣人め!」
バルゴスが手を振り上げたのを合図に、兵士たちが突撃の構えを取る。
まずい、本当に襲ってくる気だ……!
僕は咄嗟に、傍らにあった“開拓のクワ”を握りしめた。どうすればいい? 戦うのか? でも、ただの農具で、武装した兵士に勝てるはずが――。
「やはり怪しい力を使う気か! あの小僧を討ち取れ!」
兵士の一人が槍を構え、僕めがけて突進してくる。研ぎ澄まされた穂先が、目の前に迫った――その瞬間。
僕は、本能のままにクワを地面に突き立てた。
「っ……!」
守れ――! そう強く念じる。
すると、クワから眩い光が迸り、僕の眼前の大地が、ゴゴゴゴゴッ!と巨大な壁となってせり上がったのだ。兵士の槍は分厚い土の壁に阻まれ、呆気なくその勢いを失った。
「な、なんだと!?」
兵士も、バルゴスも、信じられないものを見るように目を見開いた。
驚いているのは彼らだけではない。僕自身が一番驚いている。神農具に、こんな力が秘められていたのか……!?
「ま、魔術だ! やはり奴は魔王の手先だ! 全員かかれ、討ち取れ!」
バルゴスがヒステリックに叫ぶ。兵士たちが一斉に押し寄せてくる。
「ケンジさん!」
リファの悲鳴が聞こえる。守らなければ。この人たちを、このささやかな楽園を――俺が!
次の瞬間、俺は“収穫のカマ”を手にしていた。どう使う? どうやって守る? 植物を……意のままに……!
駆け寄る兵士たちの足元を狙い、強く念じる。すると、乾いた地面を突き破って無数の強靭なツタが噴き出し、兵士たちの足に絡みつき、その身動きを封じた。
「うわああっ!?」「動けん!」「なんだこのツタは!?」
「くっ……化け物めが!」
バルゴスは自ら剣を抜き、その巨体に似合わぬ俊敏さで突進してくる。
「ケンジ、危ないにゃ!」
ミィナが飛び出そうとするが、他の兵士に阻まれて動けない。
バルゴスの剣が、憎悪を込めて振り下ろされる――!
「っ!」
今度は“大地のスキ”を、渾身の力で地面に叩きつけた。
ガガガガガッ!!!!!
スキを中心に大地が激しく波打ち、局所的な地震となってバルゴスと兵士たちを襲った。彼らは足元をすくわれ、ばたばたと無様に倒れていく。
「ぎゃああ!」「地面が、地面が!?」
「き、怪物……! こんな力、人間が使っていいものでは……!」
尻もちをついたバルゴスは、蒼白になった顔で俺を睨みつける。その目には、もはや侮蔑ではなく、明らかな恐怖が宿っていた。
「て、撤退だ! 全軍、撤退ーっ!」
バルゴスは這う這うの体で馬車に乗り込み、兵士たちも武器を放り出して、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
あっという間の出来事だった。
集落には静寂が戻り、ただ乾いた風が吹き抜けるだけだ。
俺は呆然と、手にした三つの農具を見つめる。
クワは防壁を築き、カマは植物を操り、スキは大地を揺るがす。
これらは、単なる農具ではない。紛れもない……大地を守るための“武器”としての力も秘めていたのだ。
「ケンジさん……! ご無事ですか!?」
リファが真っ先に駆け寄ってきた。続いてミィナ、ドルム、そして住民たちが集まってくる。
「あ、ああ……大丈夫だ。みんなは?」
「全員無事にゃ! でも、ケンジ……今の力は……?」
ミィナが警戒するように、俺の手の農具をちらりと見る。
「……わからない。でも、これでみんなを守れた」
「……ふむ」ドルムが顎に手をやり、農具を検分する。「どうやらこいつらは、単に作物を育てるだけの道具じゃねえらしい。大地そのものを従える力……まさに神々の武具だ」
神々の武具――。
女神は、こんな力まで託してくれていたのか。
平和な開拓だけでは済まない。この世界の厳しい現実を、改めて思い知らされた。
同時に、この力には、とてつもない責任が伴うことも。
俺は深く息を吸い、不安げな住民たちを見渡した。
「……みんな、怖い思いをさせてすまなかった。でも、もう大丈夫だ。これからも、俺は……俺たちは、この力で、この場所を守り、発展させていく」
不安そうな顔もあったが、多くの住民はうなずき、俺の言葉に安堵の表情を見せた。
危機は去った。
しかし、この事件が、新たな戦いの序曲に過ぎないことを、俺は予感していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。