帰還不能区域〈ヒギリ〉――異世界帰りたちの調査報告書
彼辞(ひじ)
第1話 霧の壁
【現地報告書 No.01】
提出者:調査班リーダー候補補佐 笠原悠人(元異世界帰還者)
同行者:斎宮梢(帰還者/巫女)
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俺たちは、9月15日午前7時ちょうど、〈ヒギリ〉の外縁に到着した。
国道は封鎖され、検問を越えると灰色の防護服を着た自衛官が立ち並んでいる。前方は霞に覆われ、ビル群も街灯もすべて靄に呑まれていた。
「……思ったより、濃いな」
俺が呟くと、隣を歩く梢が顎を上げて霧を睨む。身長180cmの彼女は、霧の壁に立つだけで異様な威圧感を放っていた。
「この霧、アルドラクシアの“霧の海”と同じ匂いがする。浄化の詞を唱えても、逆に濁りが増すはず」
彼女はそう断言した。俺も異世界で得た“気”の感覚を試してみたが、空気の奥からざわめくような囁きが押し寄せ、吐き気がした。
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【映像記録 抜粋】
7:23、区域内に設置した固定カメラが不可解な映像を送信。
•霧の奥から「背の高い女の影」が歩み寄る様子。
•女の両腕は異様に長く、手首から先が霧に溶けるように揺れている。
•しかし次の瞬間、映像は砂嵐に変わり、通信が断絶。
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俺たちは命綱代わりの通信機を肩に固定し、霧の中へと足を踏み入れた。
靴底がアスファルトを踏む感覚は確かにあるのに、耳に届くのは水音のような反響だけだ。
「悠人、後ろを見ちゃだめ」
梢が急に囁いた。
「え?」と反射的に振り向いた瞬間、俺は息を呑んだ。
……自分と同じ顔の男が、数メートル後方で立っていた。
無表情で、口元だけが微かに動いている。
かえれない。かえれない。
確かにそう聞こえた。
慌てて正面に視線を戻すと、梢が睨む先に祠の影が見えた。
朽ちかけた鳥居の下に、赤黒い紙札が何十枚も貼り付けられている。風もないのに、札がカサカサと震えていた。
「ここが、最初の“入口”だ。――報告書に、ちゃんと記録しろ」
梢の声は低く、冷え切っていた。
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【補足メモ】
・入域直後から幻視・幻聴の症状。自己像の複製を視認。
・怪異の発生地点と思われる祠を発見。次回、内部調査予定。
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調査班はまだ戻っていない。
この報告が届いた時点で、すでに“俺たち”はここにいないかもしれない。
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