第44話「審判(ジャッジ)」
ステージ中央の巨大なスクリーンに、決勝戦の特別ルールが映し出された。 『決勝戦の審査は、三名の現役お笑い芸人によって行われる』
会場が、どよめいた。 司会者が、一人ずつ、審査員の名前を呼び上げていく。
一人目は、大御所のベテラン落語家、桂文雀(かつら ぶんじゃく)師匠。テレビの演芸番組で、僕も何度も見たことがある顔だ。佐藤君が、ゴクリと唾をのむのが分かった。
二人目は、鋭いツッコミで人気を博す、お笑いコンビ『アストロノーツ』星野(ほしの)さん。高橋さんが、憧れの存在を前に、少しだけ頬を赤らめている。
そして、三人目は、シュールな世界観のコントで、若者から絶大な支持を集める女性芸人、uco(ユコ)さん。神田部長が、その名前を聞いて、初めて、少しだけ緊張した顔を見せた。
落語、漫才、コント。それぞれのジャンルのトップランナーが、僕たちの答えを、今から裁くのだ。 心臓が、早鐘を打っている。
司会者が、マイクを握り直し、決勝戦のルールを説明し始めた。
「決勝は、先に三本先取したチームが優勝となります!回答権は、両チーム合計十名による早押し形式!一つのお題に対し、回答権は三回まで!三つの回答が出た時点で、お題は次のものへと変更になります!」
司会者は、さらに続ける。
「審査員の持ち点は、それぞれ三点、合計九点満点!このうち、合計八点以上を獲得した場合に、『一本』、つまり1ポイント獲得となります!三つの回答が出ても、誰も一本を取れなかった場合は、ポイントは入らず、そのまま次のお題へと進みます!」
その、あまりにも過酷なルールに、会場が再びどよめく。
やがて、会場が静まり返り、スクリーンに、決勝戦、第一ラウンドのお題が表示された。
お題:『「あ、この人タイムトラベラーだな」と確信した。なぜ?』
その瞬間、僕たち十人の前にある、早押しボタンのランプが、一斉に点灯した。 最初に、その光を叩いたのは、やはり、この男だった。
「はいっ!」
山田君の、元気な声がステージに響く。彼は、満面の笑みで、こう答えた。
「やたらと服装が時代錯誤!」
会場から、ドッと笑いが起こる。一番手の答えとして、完璧に場を温めた。 しかし、審査員の表情は硬い。
スクリーンに表示された得点は――【3点】。一本には、ほど遠い。
次にボタンを押したのは、修明学院の部長、一条蓮だった。彼は、一切の感情を見せず、静かに答えた。お題:『「あ、この人タイムトラベラーだな」と確信した。なぜ?』
「僕のスマホを一瞥しただけで、『そのOS、10年後にはサポートが終了しますよ』と忠告してきた」
会場が、「おお…」と唸る。論理的で、ミスのない、完璧な答え。 得点は――【7点】。一本には届かないが、圧倒的な高得点。
残りの回答権は、あと一つ。この答えで、このラウンドの勝敗が決まる。 誰も、ボタンを押せない。張り詰めた、数秒の沈黙。 僕の頭は、プレッシャーで真っ白だった。
(ダメだ、何も思いつかない…) 諦めかけた、その時だった。
(…落ち着け、桜井誠。分析しろ。お題は、『「あ、この人タイムトラベラーだな」と確信した』。なぜ?) (服装が古いとか、未来の言葉を知っているとか、そんなありふれたものじゃない。もっと、決定的な、『絶対にそうだ』と確信できる、たった一つの証拠…。なんだ?)
僕は、目を閉じて、自分の記憶の中にある、「タイムトラベラー」のイメージを探った。 (タイムトラベラーのあるある…空飛ぶ車、銀色の服、タイムマシン…) どれも、しっくりこない。僕が探しているのは、もっと、日常に潜む、些細な違和感だ。
(…待てよ。日本人にとって、一番身近で、一番有名な、未来から来た存在って、なんだ?)
僕の思考が、一つの答えにたどり着いた。
(ドラえもんだ)
そうだ。ドラえもんは、猫型ロボットだ。毛の色は、青。 もし、そんな猫が、現代にいたら? それはもう、「かもしれない」じゃない。「絶対に」タイムトラベラーだと、確信するしかない。
(…いや、待て。『青い猫』と、直接的に言ってしまうのは、答えとして美しくない。それはただの説明だ。もっと、聞いた人が『ああ、なるほど!』と、頭の中で答えを完成させてくれるような、余白のある言葉がいい)
青、じゃない。もっと、想像力をかき立てる言葉。 そうだ、その言葉だ。
――見つけた。
その沈黙を破ったのは、僕の、震える指だった。 全員の視線が、僕に突き刺さる。僕は、自分の武器を信じた。 そして、静かに、しかし、はっきりと答えた。
お題:『「あ、この人タイムトラベラーだな」と確信した。なぜ?』
「奇抜な毛色の、猫を連れて歩いていた」
会場は、一瞬、静まり返った。 「奇抜な毛色…?」と、誰かが呟く。 そして、コンマ数秒後。
「「「あーーっ!!!」」」
三百人の観客の頭の中に、一斉に、あの青い猫型ロボットの姿が浮かんだのだ。 その、あまりにも鮮やかな「発見」と、洗練された「言葉選び」。 静寂は、一瞬で、爆笑と、割れんばかりの賞賛の拍手へと変わった。
審査員席の、文雀師匠が、深く、深く、頷いている。星野さんが、膝を叩いて笑っている。ucoさんが、心の底から「やられた」という顔で、天を仰いだ。
スクリーンに、表示された得点は――
【9点】
満票。文句なしの、一本だった。
「い、一本出ましたーっ!先取点を挙げたのは、名城葉月高校、桜井誠!」
司会者の絶叫。僕たちは、王者・修明学院から、確かに、最初の一本を奪ったんだ。
スコア、1対0。 僕たちの、長い長い決勝戦が、今、始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます