第35話 「笑ってはいけない大喜利部」
聖フローラ女学院の「アイドル大喜利」の動画が終わった後も、部室は、重い沈黙に包まれていた。 沈黙を破ったのは、山田君だった。 「いや、でも、めっちゃ可愛かったっすよね…?」「でも、面白かったかと言われると…?」彼の混乱は、僕たちの混乱そのものだった。
「…計算されたパフォーマンスね。個々の答えの切れ味より、五人での『見せ方』に全振りしてる」と、高橋さんが冷静に分析する。
「…邪道だろ。あんなもん、お笑いじゃねえ」 佐藤君は、忌々しそうに吐き捨てた。
メンバーたちの様々な反応を聞いた後、神田部長が、静かに口を開いた。
「そうだ。あいつらは、俺たちとは違う土俵で戦ってる。俺たちが『面白さ』で殴り合ってるなら、あいつらは『愛嬌』でハグしてくるようなもんだ」
彼は、続ける。「殴りかかっても、ハグで受け止められたら、こっちの拳が空を切るだけだ。正面から打ち合っても、勝てない」
「じゃあ、どうするんすか!?」と焦る山田君に、神田部長は、ニヤリと笑って言った。
「簡単なことだ。――奴らの土俵に乗らない」
「ハグしてきた相手に、ハグを返さない。殴りもしない。ただ、真顔で、『あなたの筋肉の収縮について、科学的に分析させていただきます』と、レポートを読み上げるんだ」
つまり、彼女たちの「アイドル的パフォーマンス」を、一切「面白い」ものとして扱わない。
完全に無視し、ただただ、修明学院の一条蓮のように、冷徹に、無機質に、「データ」として分析し、評価する。
それが、神田部長の導き出した、唯一の対抗策だった。
「というわけで、今から、聖フローラ女学院とのシミュレーションを始める」
部長はそう言うと、一番、嫌そうな顔をしていた佐藤君を指名した。
「佐藤。お前が、聖フローラ女学院のリーダー役だ。さっきの動画みたいに、可愛く、アイドルっぽく、答えを言ってみろ」
「……は?」
佐藤君の顔が、絶望に染まる。
「俺が、やるのか。あれを」
「いいから、やれ」
そして、部長は、僕たち三人に、非情な命令を下した。
「お前たちは、佐藤の答えに、絶対に笑うな。そして、高橋。お前は、その答えを、冷静に分析して、評価しろ」
観念した佐藤君が、こわばった顔で、震える手で、無理やり、猫のポーズを作る。 そして、今まで誰も聞いたことのない、か細い声で、こう言った。
「…………ね、猫だから……ニャン…」
その、あまりにも痛々しく、そして、面白すぎる光景。
山田君が、隣で「ぶふぉっ!」と吹き出しそうになる。
まずい、笑ったら、この作戦は台無しだ。 僕は、咄嗟に、山田君の口を両手で塞いだ。神田部長も、反対側から、彼の体を羽交い締めにしている。
「んぐぐぐぐ!」と、山田君が必死に笑いをこらえて暴れている。
そんな地獄絵図の中、高橋さんだけが、完璧なポーカーフェイスで、ノートにペンを走らせていた。
「…なるほど。語尾に猫の鳴き声を付与することで、キャラクター性を補強する戦略ですね。記録しておきます」
その、あまりにも冷静な分析が、さらに僕たちの笑いのツボを刺激する。 僕たちの、狂気に満ちた(しかし、極めて戦略的な)挑戦が、こうして始まった。
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