アイテム大好きおじ、お兄さん ~無才の転生者、ゲーム本編に介入す~
@hakumaisaikou
第1話こんな所で終われない!
あるところに物集めが好きな少年がいた。夏休みには蝉の抜け殻を、川辺の石を、やたらと長い木の枝を集めた。秋は落ちていた棘の付いた栗を集め、冬は雪だるまを家の中に運ぼうとした。春は花びらを集めた。自分が良いと思う物を集めては自分の部屋へと運ぶ少年。けれど部屋の広さは有限で暫くすると部屋に彼の宝物が入らなくなった。両親は言った「集めてくるのはいいけれど、代わりにいらないと思ったものは都度捨てなさい」と、少年にいらないものなどなかったが、何も捨てないというなら全て捨てると言われ、泣く泣く自分の中で優先順位の低いものを捨てていった。
少年は悲しかった。捨てろと言われたことが、ではない。自分の宝物を全部入れられる宝箱がこの世界に存在していないことがどうしようもなく悲しかった。何時しか少年は現実での宝探しを辞めていた。代わりにゲームを始めたのだ。
ゲームは良かった。どれだけ宝物を集めたとしても部屋が圧迫されることが無かった。大切なものをずっと仕舞っておけた。
少年は青年になった。ゲームはそれでも続けた。青年の毎日は間違いなく充実していた。転生したいなど考えたこともなかった。
望んでなどいなかった。望んでいる者なら他にもいただろう。そう言った人間にこそお鉢を回すべきだったと青年は考える。
神様がいるのならとんだ捻くれ者だ。兎にも角にも青年は何時の間にか新しい世界で新しい生を受けた。
嘆いていても仕方がない。ゲームのない世界で、『天翼世界ガンエデン』というゲームに酷似した世界で青年は物集めを始めた。
青年のやりたかったことは今も昔も変わらない。
変わったのは周りの環境と青年の集めている物の価値だ。
価値が変われば欲する物は青年だけではなくなる。青年を妬み実力行使で奪い取ってくるものも時には現れる。
「おら、さっさと寄越せよ!」
「ッ」
青年を殴り、蹴り、刺し、また、殴り、蹴る。
周りには青年を助けてくれる人間はいなかった。人通りの少ない石壁の小部屋。二つのランタンだけが部屋を淡く照らしている。暖かみのある橙色の照明は青年の体から溢れる赤をより強調して視覚に訴えかけてくる。テラテラと輝く絵の具とは違う赤の染料が青年の体にこびりつく。
地面を汚し、壁にまで付着し、花弁のように広がる。
「大丈夫か?他の奴に見つかったら、流石に…」
「大丈夫だってここはダンジョンの隠し通路だぜ。誰も来やしねぇよ」
青年に暴力を振るっていた冒険者の一人が青年の惨状を見て思わず苦言を呈した。青年を心配して出た言葉ではなかったが、これで暴力の嵐も終わる。そう安堵しかけたが、彼らのリーダーに拳を納める気はなかった。自分たちが破滅するとは微塵も考えてはいなかった。
周りの仲間もリーダーの言葉を受け、心変わりする。元々、暴力を振るうことには抵抗の無かった人間だ。彼らが心配していたのは自分たちの将来であり、青年のことなど路傍の石程度にも気に掛けてはいなかった。
それもその筈で彼らがこうして他者に対して暴力を振るうのは初めてのことではなかった。冒険者チーム『ロイヤルハンター』剣士カース、重戦士ピック、盗賊ネバ、魔法使いクサ、回復魔法士ビーチ、彼らはそれぞれが脛に傷を抱えた人間であり、故郷を追い出されこの地まで流れ着いた爪弾き者だった。
「さてと、甚振るのもこのくらいにしてアイテムを剝ぎ取るか」
「さんせぇ~い。わたし~、この魔石が良い!」
「アタクシはぁ、浄化の魔杖とぉ、魔除けの帽子をぉ、貰おうかしらぁ」
「あっしは当然、浮遊のブーツですね」
「俺は炎の魔剣だな」
「じゃあ、自分は鋼鉄のローブを」
まるで店で買い物をするかの如く、極々自然に青年から武器や防具を剥ぎ取っていく冒険者たち。彼らはローブやブーツに血が付いていると文句を言い理不尽且つ気まぐれに青年へと暴力を振るった。奪っているという自覚があるのかどうかすら疑わしい略奪者たち。青年がどれだけの努力と苦労の果てにそれらのアイテムを手に入れたのかもしらない不埒者どもに青年は勇気を出し、声を張り上げた。
「や、やめろ!」
「あん?聞こえねぇなぁ!!」
『ロイヤルハンター』のリーダー、カースは青年の叫びに眉間を寄せると不機嫌そうに足を振り上げた。まるでサッカーボールを蹴るが如く勢いのあるスイングで青年の顎をかち上げた。
異音が辺りに響く。顎から血が流れ、激痛が走り喋ることすらままならなくなる。顎が付いているのか不安になり、手を動かして顎に触れようとして…手も動かないことを思い出す。
青年の勇気を振り絞ったせめてもの抵抗は顎を思い切り蹴り砕かれるという末路を辿った。この世界にレントゲンの技術があれば青年の顎の惨状がよく分かっただろうが、残念ながらこの世界にそんな便利なものはない。
「さてと、目ぼしいものは剥いだし、さっさとずらかるか」
「こ、殺さなくていいのか?仮にあいつが町に戻ってきたら俺らのこと言いふらされるんじゃ…」
「はっ、こんな奴が戻ってきたところで問題にはならねぇよ。それにギルドの方針は冒険者同士のいざこざに関しては明確な証拠が無い限り静観を貫く、だ。
仮に俺たちがこいつの装備品を持っていたとしても、奪った瞬間を誰かが見ていない限りギルドは動かねぇよ!」
「そ、そうか!確かに」
「ははは、むしろ帰ってきてほしいぜ!そうすればこいつの悔しがる顔が何時でも見れるんだからな!
じゃあな、精々頑張れ魔力なし!」
悪罵を浴びせ、最後には唾を吐きかけて青年の前から立ち去る冒険者たち。悔しい。その思いが青年の胸に沸き上がり全身を駆け巡るが思いは力にはなりえない。全身を隈なく甚振られそれでも立ち上がる力が湧いてきたのなら、それは思いなどでは無く魔法の力、魔力が原因だ。魔力があれば思いに力が宿り立ち上がることも出来たかもしれない。
意味のない仮定だ。
青年はあの冒険者たちが言っていたように魔力を持っていないのだから。
突然傷が癒えることも、尋常ならざる力が湧いてくることも、虚空から火や水を出し、手足のように操ってあの冒険者たちを攻撃することも青年には出来ない。
反対にあの冒険者たちにはそれが出来た。世界とは笑いが零れるほどに不平等で残酷だ。
青年よりも不真面目に生きてきた人間が魔力を持って生まれ、青年は一欠けらの魔力すら宿っていないのだから。
冒険者として生きていくには魔力が必要だ。剣士であれ、重戦士であれ、魔法使いであれ、回復魔法士であれ、強大なモンスターと戦うには物理法則を覆す魔法の力が必要だ。
戦士系統であれば
そういう意味で言えば、青年は冒険者失格だ。
今まで生きてこれたことを奇跡という者もいるだろう。
中には青年の自業自得だと冷たく突き放す者もいるだろう。青年が今まで生きてこれたことを奇跡でないと言えるのは青年ただ一人だけ。
誰にも言っていないが青年にはこの世界の知識があり、それを駆使しアイテムを集め、知恵を巡らせ、集めたアイテムを駆使して戦ってきた。
偶然でも奇跡でもなく必然を青年は手繰り寄せ掴み取って来たのだ。
たった一つでも欠けていても生き残れてはいなかっただろうが、努力があったからこそ全ての要素を揃えられたのも事実だ。
必然をつかみ取る全ての要素。その中の一つ、現在、悪意ある者の手によって奪われてしまった青年のアイテム。詰みなのだろうか?ここが青年の墓場なのだろうか?
(まだだ!)
顎が砕けて声には出来ない。誰にも、世界にすら届かない青年の叫び。
青年自身を鼓舞するための鬨の声。
腕に力を入れる。先ほど同様痛みでまともに力は入らない。腕が少し動くたびに針に刺されているのかと錯覚するほどの激痛が走る。重心の位置が変わり、床を転がる。赤ん坊でももっと自由に動けるだろう。芋虫でもここまで無軌道な動きはしないだろう。
余りにも不自由だ。手と足が自分のものであるかすら怪しく思える。日常的な動作すらままならない。思い描く動きを実行するのに15分もかかった。
長時間の苦闘の末、目的は達成された。
青年の片腕は今下着の中にある。正確には隠していたアイテムを取り出すため下着の中に手を入れていた。
強盗に襲われた時のための青年のへそくり。できればへそくりのまま一生眠っていてほしかったアイテム群。効果は絶大であるものの強盗に奪われないために出来るだけ、自分も、相手も触りたくない場所に入れていたアイテムを青年は躊躇なく装備した。
下着の中に隠すと決めたときは一生装備しないと決めていたアイテムも絶体絶命の窮地には迷うことなく縋ることが出来た。
『安らぎの首飾り』:HPが常時微回復する
『影纏の指輪』:モンスターに気づかれにくくなる
『死霊術師の錬成腕輪』:低確率でモンスターの死体から武器や防具を作り出す
『黄金蝶の鱗粉』:一時的に装備品の効果を高める(使い切りアイテム)
『黄金蝶の鱗粉』で効果が高めらえた『安らぎの首飾り』によって体が徐々に動くようになる。痛みも引き、呼吸も楽になる。現在いる場所はモンスターに襲われることのないセーフティーゾーンとはいえ、ずっと横になっている訳にもいかない。青年は勢いをつけて床から起き上がった。
「あとは、武器だな」
青年の下着の中にも流石に武器は入っていなかった。冒険者は兎に角動く。走ることもあれば前転の要領でモンスターの攻撃を搔い潜ることもある。激しい動きの中、下着に武器を入れていれば陰茎や肛門に刺さって痛いどころでは済まない大惨事、もとい大けがを負ってしまう可能性があった。
故に下着の中に入れても下半身を傷つけないアイテムのみを収納していたのだ。
刃物は勿論、杖類も入っていない。
入っているのは先ほど装備したアイテムと使用したアイテム。その他には魔法の巻物の劣化品、魔法の紙切れのみだ。
攻撃自体は出来るが、最下級の魔法である月属魔法しか使用できない
青年は四枚の少々黄ばんだ魔法の紙切れを手にダンジョンを進む。本来、アイテムを失った際は一度町に戻り体制を立て直すべきだ。青年自身これがモンスターに襲われた結果なら迷わずそうした。問題は他の冒険者にアイテムを奪われたということだ。冒険者業は荒事だ。舐められればおしまい。特に青年のようにソロで活動している者はそれが顕著だ。ここでおめおめと帰ったのなら『ロイヤルハンター』の面々は勿論、他の邪な考えを持つものに同じような目に合わされても可笑しくはない。青年には力が必要だった。他人の物に手を出そうとする悪鬼どもから自分と自分の所有物を守るための力が。
幸い、元々の目的もこの奥にあった。目的自体ダンジョンに潜った当初と変わらない。変わったのは悪鬼どもが青年を襲い、結果、アイテムを失ってしまったということだけ…。
「まっ!俺の目的が魔石だと思って、直ぐに帰ってくれてよかったな!」
殊更明るい声を出す。誰かに話しかけた訳ではない。単純に先ほどのことを思い出して情緒が不安定になったため、気持ちを上げようとポジティブに物事を捉えようとしただけだ。傍から見れば只の負け惜しみに映るかもしれないが、青年にとっては気持ちを切り替えるため必要不可欠な行動だった。
これから逆転勝利を収めるために必要な時間だった。負けっぱなしでは終われない。ぼろ雑巾のような扱われ方をして許せる訳がない。結果を問われるのなら結果を出して見せよう。先程の経験は青年を深く傷つけるとともに、この先も冒険者として活動を続けていくと心に決めるきっかけとなった。この職業で大成してみせると覚悟を固めるには十分なものだった。
故に青年の足取りには迷いはない。足音を立てないように慎重に歩くことはあっても引き下がる選択はない。
例え目の前にモンスターが表れたとしても。
「月属魔法『マジックアロー』!」
通路の突き当りから現れた『スケルトンエンジェル』に先制攻撃を浴びせる。魔法の紙切れを一枚使用した魔法の矢だ。
矢は風を切り、『スケルトンエンジェル』に直撃する。見た目同様耐久値もHPも然程多いモンスターではない。頭部に矢を受けた骸骨は落とした陶器のように粉々に砕け散った。スケルトンとはいえ頭を失えば命は尽きる。先程の一撃でスケルトンは物言わぬ骨に帰る。通常であれば。
骨は独りでに動き出し、粘土のように形状を変える。スケルトンが突然変異を遂げたわけではない。これは腕輪の効果だ。『スケルトンエンジェル』だったものは骨の剣へと姿を変えた。
「最初から腕輪の効果が発揮されるなんて運がいい。いや、悪いことがあったから確率が収束したのかな?」
青年は骨の剣を手に取ると2、3回振るう。軽い。炎の魔剣よりも断然軽い。
直ぐに壊れないか心配になる軽さだ。試しに骨の剣の腹を触ってみるが、残念ながら青年にはどのくらい硬いかは分からなかった。武器は現在これ一本のみ。試し斬りをしてみる度胸もない。
青年は自身のかけている眼鏡に意識を集中させる。青年に物の良しあしを見極める鑑識眼はないが、青年の道具の中にはそういった類の物があった。
一見は何の変哲もない眼鏡であるため『ロイヤルハンター』にも奪われなかった『鑑定眼鏡』だ。
その力を使って骨の魔剣を鑑定する。
骨の魔剣
レア度 D
品質 D
攻撃力 15
耐久値 10
使用可能魔法:フィジカルアップ(クールタイム8分)
40秒間魔法力以外の全ての能力値微上昇
思っていたよりも悪くない。耐久値も鍛冶屋で青年クラスの冒険者が買える品よりかは断然良い。攻撃力も中々に高い。このダンジョンを進むのであれば十分なスペックだ。それらを踏まえてもこの剣で突出しているのは剣に宿る魔法の力だろう。
基本的に魔法を宿す剣を作るには希少金属にモンスターの素材が数種類必要になる。当然鍛冶屋で手に入れるには材料費を抜いたとしても青年の月の給与が全て飛ぶほどには高い。
そんな貴重な武器を只で、それもこの極限状態で手に入れられたのだ。嬉しくない筈がない。特に青年は魔法が使えないため自身の基本性能を引き上げる魔法は喉から手が出るほど欲しかった。
…勿論、炎の魔剣と比べれば霞む程度の代物ではあるのだが…。
一瞬気落ちしかけた青年は首を横に振ると今の自分のステータスを『鑑定眼鏡』で測定する。
オトナシ
HP 6/15(首飾り効果発動中)
MP 0
攻撃力 5
防御力 3
敏捷 6
魔法力 0
中々に残念な数値だ。青年は自身の二の腕を触る。かなりに良い上腕二頭筋をしていると思う。少なくとも、休日はずっとゲームにふけっていた前世とは比較しようもないほどに。冒険者になってからは苛酷な依頼なども受けていたのだから当然だ。引っかかるのは『ロイヤルハンター』などの冒険者が自身のステータスの二倍はあることだろう。
気を取り直す。
青年…否、オトナシは魔剣の魔法を解き放つ。
オトナシ
HP 8/15(首飾り効果発動中)
MP 0
攻撃力 10
防御力 8
敏捷 11
魔法力 0
オトナシのステータスが魔法力を除き、五上がる。この数字は現代で例えるのであればヒョロヒョロ帰宅部が中学、高校、大学、バリバリ運動していたスポーツマンと張り合えるほどの変化だ。魔法を使えば直ぐに力が漲ってくるのを実感できる。
注意点はこの世界には攻撃力30などの猛者が普通に辺境の町を闊歩していることだろうか?
つまり、前世なら無双できるレベルの強化幅だが、この世界だと効果通り微上昇の域を出ない魔法ということだ。
勿論、魔法が無くてもこのダンジョンの攻略が可能なオトナシがこの魔法を使えば容易に最下層までたどり着くことは出来た。
特段語ることもない。アクシデントで本来目指していた場所とは別の場所にたどり着くことも、他の冒険者と出くわし共に行動することも、本来ならこのダンジョンにいないような強力なモンスターが現れることもなかった。冒険者が望む理想の、何の変哲もない冒険の果てにオトナシはダンジョン最奥へと辿り着いた。
最奥の中心何もない場所でオトナシは言葉を紡ぐ。
「遥か未来へと届く祈り、悠久の眠りは今終わる。我こそが道を拓くもの。願いに応じ、人造の英傑よ。我が意志の下顕現せよ」
ダンジョン全体が大きく揺れる。魔法陣が浮かび上がる。地面がせり上がり、棺桶のような石の柱が姿を現す。
眠っていた古代遺物が目を覚ました証拠だ。柱の表面にも幾何学模様が浮き上がり、水面のように柱の表面が揺らめく。
そして、柱から腕が、足が、胴が、頭が、生えて、地面へと降り立った。
「【問】コード確認。状況把握、終了。
貴方が私の主、でしょうか?」
「そうだ。俺が君の主、オトナシだ。」
「【認】声紋認証終了。心紋登録完了。これからよろしくお願いします。主様」
メイド服を着た長髪の少女は見事なカーテシーをみせる。
この少女がオトナシの目的、古代人がこの地に残した古代遺物、勇者を模倣した魔道人形だ。
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