第46話「モモリシア課長と香辛料と終末【おまけ】」
ソルソルは1枚しかない切り札を、ラザニエルに切らせることに決めた。これがなければ、モモリシア課長に嫌味を言われてしまうからだ。
「なあ、ラザ……頼む!今日はモモリシア課長が視察に来るから、なんかプロっぽい料理を作ってくれ!」
「簡単なのでよければ、鶏肉のパイとか作れるようになったけど……それでいい?」
「それでいい!他の同僚より豪華なら、嫌味言われなくて済むから!」
ソルソルはラザニエルに伝えていなかった。モモリシアは自炊のできない悪魔が引くほど嫌いで、今回の視察は『社員の自炊状況について』であることを。
つまりソルソルは、ラザニエルの作った鶏肉のパイをあたかも自分で作ったかのように見せかけ、自炊ができるフリをしようとしているのだ。
「ソルソル、この『持ってるだけでプロっぽく見える香辛料』のローズマリー、使ってもいいかな?」
「なんでも使っていいから、とにかく豪華にな」
そして、ラザニエルは調理を始める。特売で買ったにんじんと玉ねぎをみじん切りにし、安売りの鶏のひき肉と炒め、パスタ用のミートソースとケチャップを混ぜて、黒こしょうとローズマリーを振りかける。完成したフィリングをパイ生地に詰めたら、220度のオーブンで30分焼く。
こうして、鶏肉のパイが出来上がった頃、モモリシア課長が視察に来た。
「おう、ソルソル。オメー、ちゃんと自炊してるか?レンチンお惣菜とコンビニ飯を愛するクソ野郎を、俺は絶対に許さねえからな」
「鶏肉のパイです。どうぞ」
「……これ、塩を使ってねえな。『オールスタンディング・チキンスキン』って名店のレシピだ。敢えて塩を使わないことで、高級なにんじんと玉ねぎの甘みを最大限に引き出し、軍鶏の肉の味わい深さを生かす……ハッ、ソルソル。オメー、やるじゃねえのよ。材料はどこで揃えた?」
ソルソルは『コイツ、実はバカ舌だろ』と思いながらも、ちょっとした見栄から普段は行かない高級スーパーの名前を挙げた。
「えっ、と……成○石井ですね」
「おお、やるじゃねえのよ。オメー、成○石井のプレミアムチーズケーキは好きか?かずのこチーズは?」
「ウワ成○石井トーク始まった……一回も行ったことないのに……」
「発酵バターのクロワッサン食っちまうとよ、もう普通のクロワッサンには戻れねえってのよ」
モモリシアの目的は、自炊状況の視察だったはずなのに、今やすっかり『気の合うグルメ仲間の発掘』へとシフトチェンジしていた。
だが、ここでラザニエルがいらない一言を言ってしまう。
「ねえ、ローズマリーはどうだった?いっぱい入れたけど、ローズマリーの味はしなかったの?」
「いっぱい入れた……?あたかもオメーが料理したかのように言うじゃねえの、天使」
「あの、その、それは……おいラザ、余計なことは――」
「だって、僕が作ったんだもん」
ぷっくー!と頬を膨らませたラザニエルの一言で、モモリシアの体から、薄紫の電流がバリバリバリバリッ!と迸る。怒りの雷だ。
「ウワーーッ!!!」
「ソルソル、オメー……本当は、自炊してねえな?」
「し、してます!してますって!」
「なら答えろよ。パイは何度で何分焼いた?」
「え、えーっと……えーっと、180度で、50分……?」
「180度で、50分ん……?」
バリバリバリバリッ!
電子機器が危ないほどの電流が放たれ、ついにラザニエルがスマホの無事を守るために、頭を叩くような勢いで言う。
「ソルソル、220度で30分だよ!」
「んな、パイの焼き時間なんてわかるわけねーだろ!俺、目玉焼きしか作れねーんだから!……あっ」
「フーン、目玉焼きしか作れねーのかよ。その程度の料理しか作れねーって、今までの人生、20ン年何して生きてきたの?」
「す、すみません、モモリシア課長!……ああもう、ラザのせいだからな!」
「なんで、僕のせいなの……?ソルソルが僕の鶏肉のパイを自分の手柄にしようとしたせいでしょ……?」
「そ、れは……」
「もういい。僕、実家に帰らせてもらうから。ソルソルの大好きな地球なんてぶっこわして、おじいちゃんのいる神界に帰るから!!!」
ラザニエルは目尻に涙を浮かべて、異空間に手を突っ込んだ。そして終末のラッパを掴み、ズズズ……と引きずり出す。
「ラザ、待て、やめろ!ごめんて!悪かったって!……もうしないから許して!頼むから!」
「もうしない……?」
「しない」
「じゃあ、成○石井のアイスクリーム3つ買って。そしたら許す」
「……わかった、買うから」
ラザニエルは涙を引っ込め、アイスクリームへの期待にツヤツヤニコニコしながら終末のラッパを異空間に戻した。
これにはモモリシア、唖然。
「アイスクリーム3つで、地球の滅亡が後回しになった……だと……!?」
「ああうん、初見の人はそういう反応になるよな……」
「初見って、オメー、もしかしてこのやりとり、慣れてんのか……?」
「まあ、はい。俺が毎日地球を救ってるというか」
ソルソルの発言は決して誇張でもなんでもないのだが、モモリシアはいまいちピンと来ておらず。大きなため息をついて部下を叱責する。
「ハァ~、地球救えるんならベルザリオよりも上等な術式作れよ。しかも自炊もできねえし、地球救う以外になんもできねえじゃん、オメー」
「うう、辛辣……」
「いいか?オメーはあの有能なベルザリオを辞めさせたんだ。辞めさせたからには、オメーがその分の戦力を担うべきだろうがよ。違うか?」
「……違いません」
「じゃあ、ガチでベルザリオを超える術式、作れよな」
「…………」
モモリシアは、有無を言わさず。
「返事は『はい』か『ヤー!』」
「『ヤー!』」
「そこはドイツ語で言うんだ……」
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