第33話「デストロイヤーの弱点と終末」
その日の夜、ラザニエルとソルソルは湯船に嵌まって出られなくなったデストロイヤーを一生懸命引っ張っていた。
身長2メートル30センチの宇宙生物には、人ひとりがやっと入れる真四角のちいさな浴槽は狭すぎたのだ。
「なあ、これ、シャンプーで滑らせたら上手く出られないかな」
「無理であろうな。完全に尻が嵌まっておる。麻呂の筋肉を如何様に駆使したところで、湯船が粉々になるだけよ」
「……で、なんでお尻からハマっちゃった?」
「気が高ぶり、尻から湯船に飛び込んだ。それだけだ」
「ソルソル……これ、気付いちゃったんだけど、浴槽が半埋め込み式だから無理に持ち上げると風呂場が壊れるんだよ……」
「うん、知ってた。だから困ってんだよ」
デストロイヤーが浴槽に嵌まり、既に3時間が経っていた。
ラザニエルとソルソルはまだ風呂に入れておらず、絶望の空気が深夜1時の第六天魔ハイツ202号室に広がる。
「ねえ、僕もう眠いんだけど。このままシャワー浴びて寝ていい?」
「この状況でよくシャワー浴びて寝れるな!3時間だぞ!?3時間もペットが苦しんでるのに無視すんの!?」
「だってさあ、もういいじゃん。デストロイヤーはもう、一生そこで暮らせば?」
「飽きてんじゃねえよ、薄情者!」
デストロイヤーはひとつ大きくあくび。
浴槽に嵌まったまま、偉そうにソルソルに命令を下す。
「小間使い、麻呂は暇だ。何か面白い話をせい」
「えっ、面白い話……?」
「ムチャ振りやめなよ、ソルソルの面白い話なんて黒歴史系しかないんだから」
「ラザもラザで失礼だな。あるわ、面白い話くらい」
「では話せ。小間使いとして、この青き星の支配者を楽しませて見せよ」
ソルソルは生き生きと、誰かにこれを話したかったんだとばかりに語り始めた。
その顔は晴れやかで、けれど少しの罪悪感を含んでいる。それと、どこかで聞かれていたらどうしようという一抹の恐怖も。
「これはベルザリオ課長の失敗談なんだけど、ええと、ベルザリオ課長っていうのは俺の上司で、いつでも威圧感を放ってる、ビシッと決まったスーツの人なんだけど」
「フム……」
「そのベルザリオ課長がネトゲのオフ会で、いつもの威厳ある格好じゃなくて、きれいめカジュアルの私服で来たんだよ。そしたらもう、ダサくてダサくて。いや、服自体は無難なんだけど、普段の雰囲気がああいう人って、すっごく……」
「それは面白い話ではない。ただの悪口だ」
デストロイヤーのダメ出しにソルソルは黙る。
瞬間、面白い話のできない悪魔の耳元を、ブゥン!とハエの羽音が横切った。
そのハエはベルザリオ課長の眷属。
ソルソルの様子を監視するための存在だ。
「うわでっかいハエ!」
「ほんとだ」
ハエは止まる場所を探し、良い場所を見つけたのだろう。やがてデストロイヤーの上の右肩で、手をスリスリ擦りながら休憩を始めた。
ハエを知らぬ宇宙生物は、未知の存在にブワッ!と全身の被毛を逆立てて。
まるで目の前にキュウリを置かれた猫のようにポーン!と飛び、いとも簡単に浴槽から脱出した。
3時間の激闘など、なかったかのように。
「な、なんたる!!!なんたる気色悪さ!!!」
「ああ、うん。上に跳ねればよかったんだ……」
「ようわからん小さき生き物が上肩に止まった!!!気色悪い!!!はよう洗わねば!!!」
もはやなりふり構わず、デストロイヤーはまだ温かくもなっていないシャワーを上の右肩に浴びる。
冷たい水しぶきの飛ぶ中、ソルソルとラザニエルは思わず、ポロリと同じ感想をこぼした。
「「虫、苦手なんだ……」」
ラスボスじみた宇宙生物の弱点。
それは地球にて最弱と言っても過言ではない、虫。
「はー、あり得ぬ。かような小さき生き物が存在していようとは。青き星も、理想郷とは言えぬようだな……」
シャンプーを上の右肩に擦り付け、流し、ようやくデストロイヤーは落ち着いた。ハエももう、ダイニングへと逃げていったようだ。
が。
ソルソルは、ここにいるはずもない存在の恐ろしい声を聞く。
「ソルソル。今、私の噂をしていたな?」
「ヒッ!な、なんで、ベルザリオ課長……!」
「虫の知らせでな。貴様が業務をサボり、私の悪口を言っているような『気がした』のだ」
突如として床に現れた、赤い魔方陣からせり上がってきたのは――きれいめカジュアルの私服に身を包んだ、ベルザリオ課長。
おそらく、ソルソルの悪口を気にして、わざわざ着替えてここへやってきたのだろう。
「そ、それは、その……悪口ではなく……」
「ああ、悪口は特に構わんが。問題なのは業務をサボっていることだろう?」
「は、はい!おっしゃる通りで」
「じゃあなんできれいめカジュアルコーデで来たの?悪口、絶対気にしてるよね?」
「フ、私は仕事に私情は挟まんタイプでな。この服装でここへ来たほうが、ソルソルに釘を刺しやすいと思ったまでだ。他意はない」
「他意しかないんだよ」
ラザニエルは呆れたが、ソルソルは心の中で文句を言い、顔には恐怖の色を浮かべた。
ブラック企業の会社員の、悲しい性だ。
「あ、あの、ベルザリオ課長……?業務はちゃんと、お風呂に入ってから取り掛かりますので……」
「駄目だ。今やれ」
冷酷な上司は、デストロイヤーの下に魔方陣を出現させ、転移させた。
転移先は浴槽の上。せっかく出られたというのに、またしても湯船の中に尻から落とし、先程までと全く同じ状況を作り出した。
これで風呂に入れんだろう、とばかりに。
けれどラザニエルに悲壮感はなかった。
だって、デストロイヤーは先程自力で脱出できたのだ。
「ソルソル。僕、先にお風呂入ってるね。デストロイヤー、もっかい上に飛んで」
デストロイヤーは、首を横に振った。
「先程のアレは火事場の馬鹿力というやつよ。普段からああできれば、アレ程までに苦労はせんわ」
「………………」
つまり、ふりだしに戻る、というやつだ。
ラザニエルの怒りは既に限界。彼の手は異空間へと突っ込まれ、ガシリと終末のラッパを掴んだ。
そして。
「お風呂に入れないなんて耐えられないから、もう地球終わらせるね」
ラザニエルがスゥーー、と息を吸い、マウスピースに口をつけたとき。
もはや慣れた様子で、ソルソルは終末のラッパの口を手で塞ぎ、
「地球終わらせるの、銭湯行ってからでよくね?とりあえず広いお風呂に入って、サウナで整って、岩盤浴して、最後におはよう牧場のめちゃウマ牛乳飲もうぜ?」
いつものように、ちょっとした快楽でわがまま天使を釣ったのだが。今回は、釣れたのは天使だけではなかった。
「銭湯、か。いいだろう、人も悪魔も入浴中のほうが、何かと良い案が浮かびやすいというものだ。リラックスしながら考えるといい。私が近くで見ていてやろう」
「おい、麻呂を置いていく気か?ならぬぞ、小間使いだけが良い思いをしようなど!」
ベルザリオは魔方陣でお風呂セットを喚び出し、デストロイヤーは二度目の火事場の馬鹿力で浴槽から這い上がり、脱出。
この面倒な2人までもが、銭湯についてくることと相成ったのだった。
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