第18話「太ったら、終末」
昨日、ソルソルは『カントリー○アムが小さくなったのは食べる罪悪感を減らす企業努力だ』と言って、一袋まるごと食べきってしまった。
その結果が、今朝の体重増加だった。
「……明日、会社の健康診断あるんだけどさ」
「うん」
「……2キロも太ったんだわ」
「太ってない太ってない」
「いや太ったわ。体重計がそう言ってたから間違いないね」
「えー、僕より体重計を信じるの?」
「……ラザだって料理するとき、俺の目分量より計りを信用すんだろ?」
「うん。計りは絶対に重さを間違えないもん」
「……体重計も計りだって、気付いてた?」
「えっ……」
重苦しい空気が流れる。
というのも、ソルソルには『健康診断で引っ掛かるわけにはいかない』理由があった。
ラザニエルも、噂だけは聞いている。
「で、さ……健康診断って結果によってはベルザリオ課長に怒られるんだっけ」
「怒られる。髪の毛セロテープでガチガチにされて、ピンヒール履かされて、太ったキロ数×時間分だけ、ずーーっとつま先立ちの格好で吊られる。『これが貴様の、今の体重だ』って」
「てことは……今のままだとソルソルは……」
「2時間ずーーっと頭皮責め。髪がジ・エンド」
「痩せなきゃ!」
そういうわけで、頼った先はソルソルの地元の友達。
迷惑なものしか発明していないように見えて、その実かなり有用なものも様々な企業に卸している、呪術クリエイターのグリングリンだ。
最近はベルザリオ課長、迷惑YouTuberピザリエルとともに迷惑三銃士として活動しているが、コラボ企画のない日は、今まで通り呪具の制作なんかに精を出している。
「『エアロバイク・ヒルクライム岳』、お買い上げありがとォ~。これね、一度乗ったら設定した山岳コース攻略するまで降りらんねーの。ずーっと立ち漕ぎのまんま。ちょー脚疲れるけど、痩せるには太ももの筋肉使うのがいちばん手っ取り早いから」
「俺、グリングリンと友達でよかったと初めて思ったかもしんねえ……」
「今ならもう一台おまけすンね。ラザニエルにもどーぞ。んじゃ、グリングリン呪術工房、またのご利用をお待ちしておりまぁす」
さて、部屋の中にエアロバイクを運び込んだなら、急いで漕ぐまでだ。
ソルソルに残された時間は1日。
たった1日で1キロ以上の贅肉を削らねば、彼の頭皮はとんでもないことになるのだから。
「今日中に、あと2キロ落とす……」
「おすすめは『ツール・ド・フランス(1日・200km・8000kcal』だって。どっちが先に痩せるか、競争しよ?」
「痩せるんじゃない、余計な肉を削ぎ落とすんだ」
そして、ソルソルとラザニエルはエアロバイクに股がった。
運動不足の人間には漕げない距離を、ソルソルは悪魔の体に戻り、ひたすら漕ぐ。
どれだけ脚が痛くとも、どれだけ肺が痛くとも、ただひたすら明日の頭皮のために漕ぐ。
翌朝。
バッキバキに筋肉痛になった脚を震わせ、ソルソルは起床。
ラザニエルはいつもみたいにお菓子の袋を広げてコーラを飲んでいたが、ソルソルは「フ……俗物め」という勝ち誇った顔で親友を見下ろしていた。
ダイエットしている者が、していない者に心の中でマウントを取る、あの現象が起こっていたのだ。
そして、運命の計量。
ソルソルは、賭けに勝った。
思わず浴室の体重計の上、「ッシャア!」とガッツポーズを決めた。
「ソルソル~、痩せた?」
「1.1キロ、痩せた……ッ!ギリ、1キロも太ってない……!」
「よかったね~。さて、僕は何キロ痩せたかな~」
コーラをごくごく飲み干し、やがてラザニエルも計量に向かう。
が、痩せているはずがない。
彼は痩せた分だけ、ひとりお菓子パーティーで取り戻してしまったのだから。
「…………………………」
「ラザ?」
「100グラム……?」
「もったいな……ダイエットしたご褒美とか言って、おやつ食ってるから……」
「2キロは痩せたと思ったのに……100グラムしか減ってない……」
「だから食べたからだって……」
「この星では、努力って報われないんだね……だったらもう、こんな理不尽な星……いらないよね……?」
異空間から引きずり出される終末のラッパ。
それが吹かれた途端、世界は終わる。
だが、今のソルソルは無敵モードだった。
いくら親友が世界を終わらせる5秒前だとしても「フ……俗物め」とため息をついて、肩をポンとするのみだ。
「ラザ。さっき食ったモンを思い出せ。飲んだやつもだ」
「……コーラ2リットル、塩バターキャラメルポップコーン一袋、ケーキ、あとは……」
「いいか、コーラ2リットルは水分だ。ほっときゃ消える。今、増えたと思ってるコーラ2リットルぶんの2キロ、アレは脂肪じゃない。水だ。わかるな?」
「コーラ2リットルは、水分……脂肪じゃない……」
「そう。ラザはちゃんと2キロ痩せた」
「痩せた……」
ラザニエルは、異空間に終末のラッパをしまった。
カロリーやらは置いといて――満足したのだ、コーラはあとで消えると分かって。
「じゃ、会社行ってくる。セロテープの刑、神回避してくるわ」
「うん、いい報告を待ってるよ」
*
そして夜、ソルソルはゲッソリとやつれた顔で帰ってきた。
そのわりに頭にセロテープが貼られた形跡はなく、どうやらただ落ち込んでいるだけのようだった。
「体重は大丈夫だった。けど、体脂肪率高めだって……」
「……しばらくは、エアロバイクとお友達だね」
「俺もう友達とか、信じない……」
それからエアロバイクは、二度と使われることはなかった。
キツすぎたのだ。
翌日からは洗濯物を置くだけの邪魔な置き物と化した。
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