第16話「ラーメンと終末とゲームとハブと」

 夜。第六天魔ハイツから徒歩2分のラーメン屋、ら~めん青龍の『チャーシュー増し増しスペシャル』を注文したラザニエルは固まった。

 だって、そのチャーシュー増し増しスペシャルには、ラザニエルの大嫌いな野菜がたーーっぷり乗っていたのだから。


「……スゥ~~」

「『スゥ~~』じゃない。ラッパ吹くな。俺に野菜くれればいいだけだろ」

「……じゃあ野菜全部あげるから、そのチャーシュー全部ちょうだい」

「やだよ」

「ダメなの?」

「ダメ」

「……スゥ~~」

「俺のチャーシュー、世界の終わりと天秤かかってんの……?」


 ソルソルだって、チャーシューは食べたい。

 とはいえ地球は終わらせたくない。

 かといって易々とチャーシューを譲る気はなく、そもそも終末のラッパを吹こうとすれば何でも自分の思い通りになると思っている節のあるラザニエルには、ちょっとだけお灸を据えたいとも思っていた。


 そんな時、ラザニエルの隣に座ったのは大地だった。

 今日も塾をサボってほっつき歩いているらしい。


「お前ら、今日はログインしてないと思ったらラーメンかよ」

「大地、塾は?」

「サボり」

「ね、大地。お願いがあるんだけど……僕のお野菜もらって!」

「いいぜ。その代わり冥界ボスのレアアイテム、オレにくれよ」


 冥界ボスのレアアイテム、それは排出率0.1パーセントの家具、バブオルカぬいぐるみだ。

 大地のあまりにも強欲な交換条件に、ラザニエルは美しすぎる顔をくしゃくしゃにして、泣きそうになりながら箸で野菜を掴んだ。


「……食べるゥ」

「ラザニエル、チャーシューは野菜を食って体を労ったごほうびだからな。最後に味わうと、めっちゃウマいぜ?」

「……うん」


 大地に宥められたラザニエルは、やがてシャクシャクとにんじんもやしキャベツを口の中へと放り込んでいく。

 それを見たソルソルは唖然、感心した。

 

「すげえ……ラザに野菜食わせた……」

「でさ、ゲームなんだけど、俺らのギルドハウスの隣マジやばいんだよ。豪邸建ってた」

「へー。すごいじゃん」


 ソード・オブ・アンダーワールドでは、豪邸を建てるのはかなりやり込まなければ難しい。

 ということは、隣に強い人が越してきたということだ。

 

「【ピザリエル】って人が建てたっぽいんだけど、その名前ってクラスの女子が噂してる『顔が天才!ピザリエルでーっす!』の人っぽくってさあ。オレはよく知らんけど」

「ソロでやってんのかな」

「【プリンス孫ット】って人と【グリンピース】っていう人も出入りしてるっぽい」


 ピザリエルの友だち、というかコラボ仲間といえば、電化製品爆発課のベルザリオ課長と、呪術クリエイターのグリングリンの2人だ。

 そのうち、グリンピースはおそらく本名からもじってグリングリンだろう。

 

「グリンピースはわかる。グリングリンだな」

「知り合い?」

「地元の腐れ縁。くす玉に虫詰めたイタズラグッズとか作ってる奴」

「ふーん」

「おいこら聞いといて興味なくすな」


 小学生にとって、地元の腐れ縁なんて関係性はつまらないのだろう。

 ラザニエルのから揚げを勝手に拝借し、咀嚼しながら「うまっ」と食リポを始めてしまった。


 さて、となるとピザリエルの友だち、気になるのはプリンスの方だ。

 まったく聞き覚えのない響きの、おそらくラザニエルたちの知らない人だろう、謎のプレイヤー。

 

「ねえ、じゃあプリンスさんは誰?ベルザリオ課長のネーミングセンスっぽくないけど」

「…………」

「…………」


 そもそもベルザリオ課長はネトゲをやるような性格ではない。

 つまり、最初っからゲーム内にいない可能性のほうが高いのだ。

 同じ迷惑三銃士でありながら、コラボ仲間から誘われていないのだろう。

 

「はは、ベルザリオ課長ハブられてんだ。あーラーメンうま」

「ちなみに、ピザリエルたち3人組ってどんな人たちだった?」

「んー。ピザリエルはピンク髪のイケメンエンジェル、グリンピースは青髪の三つ編み丸メガネデーモン、プリンスは白黒ストライプのハニーヌ」

「ハニーヌで白黒ストライプって……ハエ?」

「どっちにしろそんなネタキャラ、ベルザリオ課長なら作らないだろ」

「じゃあ、ホントにハブられてるんだ……」


 ソルソルはこの日、大嫌いな上司がハブられている事実(?)をおかずに、気持ち的に激ウマになったラーメンを喜んで啜った。

 ラザニエルには2枚ほどチャーシューを奪われたが、そんなことなどもう気にもならなかった。


 *


 一方、地球上のどこかにある蝿の王の別荘にて。

 ベルザリオ課長は、祖父に贈られた例のネトゲを、ピザリエルとグリングリンとともにプレイしていたのだが。

 

「ねえベルザリオ、ホントに白黒ハニーヌでよかったのですか?」

「蝿の王の孫ってバレたらストーカーつくよォ?」

「木を隠すなら森だ。まさか私が堂々と白黒ハニーヌを使うとは、魔界の誰も思わんだろう」

 

 彼らはまだレベル1。

 でありながら、リアルマネートレードで買い取った大量のゲーム内通貨を元手に豪邸を建てていた。

 ソルソルの知らないところで、大嫌いな上司は着実に、ネトゲの世界に足をつけていたのだ。

 ――一体いくらしたのか、バブオルカのぬいぐるみだらけの部屋から。

 

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