第5話「脳内無人島で上司をボコす日、終末の音」

 今日の第六天魔ハイツ202号室も、いつものように平和。

 何も起こらないのは、もはや宿命のようなものだ。


 ベッドに寝そべり、ラザニエルとソルソルは懐かしのあ○森をプレイしていた。

 この季節にしか釣れないレアな魚を狙って、ずっと海に釣り針を垂らしているのだ。


「ねーソルソル」

「なんだよ」

「無人島にひとつ持ってくなら、何もってく?」


 ラザニエルは『もちろん僕だよね?』と美しすぎる顔で圧をかけるが、ソルソルは今回ばかりは確固たる意思を持っていた。 

 

「上司」

「えっ、あのムチャ振り上司連れてくの!?無人島でもムチャ振りされるよ!?」


 ソルソルの上司といえば、電化製品の悪用――特に兵器化――を実現させようという突拍子もないプロジェクトのリーダーだ。

 その中でも、ソルソルは電子レンジを割り当てられ、毎日ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。

 

「けど、道連れにしてえんだよ。渇き、空腹、虫刺され、不安、絶望、その全てを味わわせてやりたい。例えばこんな感じで」


 ソルソルは思考を共有するため、頭の上に脳内の映像を浮かべる。

 灼熱の太陽に照らされる、妄想の中の無人島。

 ソルソルと並んで立つのは、七三分けにメガネの、カッチリしたスーツを着た冷酷そうな男性だ。

 彼の名を、ベルザリオ・アスモニクス。

 地獄企画庁・電化製品爆発課・課長。


「あは、もう悪意しかないじゃん」


 妄想の中のベルザリオは暑そうなスーツを着込み、顔からはだらだらと大粒の汗をかいていた。

 しばらく水を飲んでいないらしく、完全に暑さにやられている。


《……ソルソル、水の調達は》

《してませーん》


 にやりと笑うソルソル。

 普段の鬱憤を、ここで全て晴らそうという魂胆だろう。

 次は全長30センチほどの金色の蚊が、編隊を組んでベルザリオに襲いかかり、やがて一斉に攻撃を始めた。


《うっ!》


 満足げなソルソルが、悪い笑みを浮かべている。

 それから妄想の中では時が流れ、昼夜をいくつか繰り返し、やがてベルザリオのスーツだけがボロボロになっていった。

 

《……何故、このようなことに》

《分かってるくせに。でも、俺としてはベルザリオ課長が絶望してくれて嬉しいです》

《……貴様……》


 だが、妄想に熱が乗ってきたというところで。

 ソルソルのスマホから、ダース・○イダーのテーマが流れた。


「ヒッ、課長……!」


 震える手で、電話に出るソルソル。

 聞こえてきたのは、イケボすぎる冷たい声。

 

『どうだ、進捗状況は』

「あっ、あの、えと、電子レンジ、その、ええっと……」

『ハァ……また出来ていないのか』

「も、申し訳ございません!」


 可哀想なくらい、みじみじ震えるソルソル。

 そんな彼を見ていられなくなったラザニエルは、悲しげな顔で異空間から終末のラッパを取り出し、マウスピースに口を近づける。

 

「ねー。もしかしてさあ、地球に電子レンジが存在するから、ソルソルは上司に怒られんの……?」


 ちょっとでもソルソルが可哀想な目に遭えば、ラザニエルはすぐにでも地球を終わらせようとする。

 しかし当の本人、ソルソルはそれを全く望んでいない。

 

「わ、わーーっ!ラッパ吹くな!やめろ!」 

「それとも……人間がいろんな発明をするから、悪魔たちが忙しくなりすぎるのかなあ……?」


 ぶおおおお……と、終末のラッパが軽く吹かれる。

 その瞬間から空は真っ赤に染まり、神の嘆きの声にも似たアポカリプティックサウンド(終末の音)が世界を包んだ。

  

「よせ、ラザ!発明は悪じゃない!あ、そうだ、パンを美味しく焼けるオーブン、サンプル貰ってきてやるから!」


 世界を終わらせる天使は、少しだけ考える。

 演奏が止まり、空は少しずつ青色に戻る。


 つまり、物欲が勝ったのだ。

 

「もう一声」

「欲しがりかよ!」


 異空間にラッパをしまい、ラザニエルはホクホク。

 明日はいつもより美味しいパンが食べられる。

 終末は、美味しいパンを食べたあとでいいや。

 急に機嫌を取り戻したラザニエルだが、ソルソルはまだ震え、ベルザリオの説教も止まらない。

 

『仕事に私情を挟むな。学生アルバイトじゃないんだ、社会人としての自覚を持て』

「ふぁい、スミマセン……」


 最後にベルザリオから『電子レンジは鉄鉱石をチンすると爆発する。それをブラッシュアップするのがお前の仕事だ』というヒントを貰ったソルソルは、電話が切れてから「ムチャ言うなよ……」と項垂れた。


「ソルソルさあ、すっごい震えてんじゃん。妄想の中では強かったのに」

「うっせ!脳内では自由なんだよ!」


 この日、ラザニエルはラッパを吹きかけたものの、奇跡的に終末は延期になった。

 今の彼は魔界のさらに向こう側、悪魔たちの働く地獄から届く、パンが美味しく焼けるオーブンをわくわく楽しみに待っている。

 


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