第弐夜

10

 遠くから鳥のさえずりが聴こえる。どこかからかすかに漏れていた光にうっすらと目を開けた。随分と長い時間同じ体勢でいたのだろう。首や背中が痛い。関節がボキボキなりそう。どうやら私はどこぞの誰かの布団に寝ているらしい。馴染みのない布団の感覚を確かめるようにうつぶせの体勢からゆっくりと体を動かす。ピシッと背中に痛みが走りゆっくりと記憶が鮮明と戻ってきた。


「うへぇ、痛い。」

『ん?ふぅあぁ~結局、ちょっとしか寝られなかった。話しても煌妃にしか声聞こえないみたいだし、夜中なんて隠密作業だよ。あーよく働いた。』


 隣でのんきにあくびをしている相棒が隣にいた。心配してくれたんだね、ありがとうという気持ちを込めて、にっこりと笑った。


「白空、おいで。心配かけたね、これからどうしようか?」

『とりあえず、逃げとく?ここ浪士組で借りてる屋敷だし。』

「やっぱりそうか。記憶は?それに、1人けがしてたよね?」

『そこんとこは、ボクが後始末やっておいた。昨夜の関係者はみんなが寝てる間に、記憶を消しておいた。けど、土方と沖田は気配に敏感でさ。出来なかったんだ。そうそう、腕を喰われたヤツは・・・――出血多量で死んだよ。一命を取り留めるよりは幸せだったかもね。』

「そうね。あの苦しみを味わうぐらいなら死んだ方が――いいえ、名誉な死を遂げられなかったのが無念だったかもね・・この時代では。」


 薄らと笑みを浮かべて煌妃は言った。


『里に戻るまであんまり無理しない方が良い。アイツの爪、喰い込んでたし、出血もすごかったし、幸いにもキミは特殊だから熱はでない。でも、もうダメかと思ったんだよ。ホントだよ?』


 煌妃は、うれしさの余り白空の頬に唇を落とした。その様子を白空はきょとんとして丸いエメラルドグリーンの瞳を煌妃に向けると、急にくるっと背を向けた。煌妃はそんな白空に、思わず笑みを零してしまう。そして、照れているのだろう背中を優しく撫でた。


『傷の毒を抜かない限り完全には治らないんだからね。キミに傷を負わせただなんて知ったら、丸焼きにされる。』


 照れ隠しをするときに出るぶっきらぼうな声で、ぶつぶつ言いながらも最後には泣き叫ぶように言った。でも、そんな口調でも優しさが感じられるのが嬉しい。


「分かっているよ。とりあえず、逃げとくか!」

「誰が逃げるって?」

『「!!」』


 ガタッと障子戸を開ける音がした。そこに立っていたのは、土方歳三だった。相当驚いた煌妃は、白空を抱きかかえたまま硬直している。そんな煌妃を尻目に、土方の次の言葉は相当おバカ発言だったと白空は思った。


「お前・・だれだ?!」

「・・・ぶはぁーあっははは。いいっ!今の表情、あはは。傷口開いちゃうよ。あー痛い、痛い。」


 痛い、と言いながら煌妃は背中を丸めてお腹を抱えながらプルプル震えていた。そう問いかけたのは、土方の目の前にいたのが、昨夜とは全くの別人だったからだろう。髪は白銀から黒に変わっていて長さが肩までだったのが腰まであったのだ。そして、紅の瞳だったのが黒い瞳に変わっていた。そう、異様な容姿だったのが普通の娘に変わっていたのだ。ただ秘薬が切れただけなんだけど。


「髪と目の色が違うじゃねーか。しかも、総司とオレ以外お前の記憶がねぇときた。なにをやった!?」


 そう言うと部屋の中に入り、土方はうずくまっている煌妃の上半身を起こし、煌妃の頬をひっぱったりつねったり伸ばしたりした。


「いひゃいんだけど。」


 最後には煌妃のあごをつかむとグッとつかみ引き寄せた。


「ちょっと記憶を消させてもらったの。でも、一部の人には出来なかったみたいだけど。」

「記憶を消す?」

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