【百合】私の最後の奇跡は、君が笑う世界を創ること

ルミネリアス

第1話 奇跡の王女

 世界はかつて、炎と絶望に包まれていた。




 最強の生物と謳われる人族の守護者、龍スルンツェ。


 最強の魔女王と称される魔族の統率者、吸血鬼ローアル。




 二者が信じる各種族のため、その強大な力をもって争い始めた時、世界は終わりなき戦争の時代へと突入した。龍の咆哮は大地を割り、吸血鬼の魔法は空を裂き、地上は瞬く間に死屍累々の地獄絵図と化したと伝えられている。




──しかし、それは公式記録に残る御伽噺の一節に過ぎない。




 長きに渡る大戦争の末、二人の傑物は手を結び、和平の象徴としてシュトラール王国を建国した。


 敵対していた龍と吸血鬼が恋に落ちたのだと、詩人たちはそう歌い、民衆はそれを信じ、祝福した。




 だが、人々はまだ知らない。




 そのあまりに美しい物語の裏で、大戦争の漁夫の利を得た第三の脅威が静かに息を潜めたことを。


 そして、龍と吸血鬼がもたらした破壊の記憶が、人間たちの心に消えぬ不信の種を植え付けたことを。








 これは、そんな偽りの平和の上に生まれた、一つの奇跡の物語。


 そして、その奇跡が終わりへと至る、始まりの物語である。












──────




「な、なんと、それはまことか!?」




 普段は静寂に包まれている王宮の一室に、驚愕に染まった王の低い声が響き渡った。


 玉座にあるその男の名は、スルンツェ・ディエナ・シュトラール。この国の王であり、龍そのものである。




「ええ、あなた。……私のお腹に、新しい命が…!」




 王妃ローアル・ノクス・シュトラールは、歓喜に声を震わせながら自身のお腹を優しくさする。その傍らには、診断を下したであろう魔族の医師が、信じられないといった表情で立ち尽くしていた。




 子を授かる。それは、夫婦にとってこれ以上ない祝福であろう。


 だが、この夫婦に限っては、それは「あり得ない奇跡」であった。




『ほとんどの異種族間でも子は成せる。しかし、龍と吸血鬼の間では決して叶わない』




 それは世界の常識であり、理。


 龍族は同族間でしか子孫を残せない為、この二種族の間に子が生まれるなど、天地が覆るにも等しいことであった。






「……世界樹様の奇跡、としか思えません…」




 震える声でそう言うことしかできない医師を前に、王スルンツェは立ち上がる。




「ふむ……!だが事実、我らの間に子が宿ったのだ!これぞ、我らが築いた和平が真実であったことの何よりの証!国を挙げてこの奇跡を祝福するのだ!」




 その言葉には、父となる喜びだけでなく、偽りの建国神話に「真実」という名の楔を打ち込めるという、王としての安堵が滲んでいた。


 ローアルは、そんな夫を幸せそうに見つめながらも、その瞳の奥には、この奇跡を得るために支払った許されざる代償の影が静かに揺らめいていた。




 この奇跡の懐妊という報は、瞬く間に世界を駆け巡った。


 そして数ヶ月後、王妃は困難の末、無事に一人の女児を産み落とした。




「おお、ロア!我らの子が…!生まれたのだな!」




 寝室の扉の前に何時間も張り付いていた王スルンツェは、部屋から聞こえてきた医師やメイドの歓喜や労いの声をきいて部屋に飛び込み、涙ながらに妻と我が子を抱きしめた。






「あなた…見て。私たちの子供よ。」


「ああ、ロア、よく頑張ってくれた…!愛しているぞ!」




 目に涙を浮かべながら、二人は子を見つめる。


 その白い髪は母から、瞳の奥に宿る力強く白い輝きは父から受け継いだものだろう。




「そうだロア。この子の名前はどうする?」


「そうね……。テラス、なんてどうかしら。私達の世界を、そして未来を明るく照らす光となるように。」


「テラス……素晴らしい名だ!」




 こうして、偽りの平和の上に、真実の愛から生まれた少女、テラス・テオフィルス・シュトラールは誕生した。


 誰もがその誕生を「奇跡」と呼び、祝福した。




 だが、人々はまだ知らない。


 この祝福された奇跡こそが、やがて来る破滅の序曲であることを。

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