第8話 劣等感
「おはようございます、アルタロム様。」
来た。
「お、おはよう。」
「もう三日も経ったんだから慣れてください。」
慣れない。
フェルの言う通り彼女が家に来てから三日が経った。
普通ならすぐに慣れただろう。だが彼女は普通じゃない。
どうして三日でメイドの仕事を完璧にしているんだよ!
初日は問題を起こして縮こまりながら従者達に仕事を教えて貰っていた。
慣れていないだろう仕事に失敗しながら手探りでやっていたように見えた。
翌日は初日に失敗していたのが嘘のように他の従者たちと並んで仕事をしても違和感がなかった。
そして今日、着替えの用意にベッドメイクと、完璧にこなしてくれちゃってまあ。
エルたちと同じ寝室にいた時はナナがやっていてくれていたが、なんでそれよりも綺麗なんだよ……。
「アルタロム様、そろそろお顔を洗われてはいかがでしょうか。
お食事に遅れてしまいますよ。」
(これがあの癇癪娘の姿でしょうか!?)
今は関心を通り越して恐怖が勝っている。
「アルおはよう!」
「あ、おはようございます!」
朝から元気があって俺もテンションが上がるというものだ。
「ねぇアル。 今日から魔法のお勉強しない?」
「いいんですか!?」
「うん!」
ずっと禁止させられていたが、遂に魔法を使っていい許可が降りた!
あの事件の直後は魔法を使うのは怖いと感じていた。だけど時間が経つにつれて使いたくてウズウズが収まらなくなっていたんだ。
最近は夜中に内緒で図書室に行こうと計画していたくらいだ。
まぁ、その計画書はフェルに見付かってビリビリに破かれたけど。
「ご飯を食べ終わったら一緒に行こうか!」
「はい!」
(あれ、どこに?)
「フェルちゃんも一緒に来てね?」
「っ……はい、奥様。」
さすがにまだトラウマが払拭しきれていないようだ。
食事を終えて俺とフェルはエルに連れられて中庭に出ていた。
「中庭なんてあったんですね、初めて見ました。」
「あったよ。すごいでしょ!」
なんだか自慢げだ。
黒と黄色の二種類の花が美しく咲いている立派な中庭だ。
そういえば、この中庭からはエルと同じような匂いがするような……。
「立派なお庭ですね。奥様のお手入れがよく行き届いているように見えます。」
この庭はエルが手入れしているのか。道理で同じ匂いがすると思った。
「すごいでしょ?このお花はね、私とパパの大切なお花なのよ。」
初めてプレゼントしてくれた花とかなのだろうか。それを育てているのならロマンチックだな。
「それじゃあ早速始めようか!」
最初に始めたのは魔法教本を読むことからだった。
当然だろうと思うが、前に読んで殆どの内容はわかっているんだよな。早く魔法を使いたい。
「あの、魔法の発動には必ずしも詠唱が必須なのでしょうか。」
「はい!いい質問!
そうだね、普通の魔法には詠唱が必要だよ。
だけど、固有魔法には必要ないね!」
それは本には記載されていなかったな。固有魔法には詠唱が必要ない……
「お母さんその話詳しく聞かせて!」
エルは固有魔法について知っている。それなら教えてもらわない手はないだろう。
「そうだねぇ。そもそも、それぞれの種族固有の体質みたいなものがあるの。
その体質や特性を魔力を使って引き出すのが固有魔法って言うのよ。
詠唱を必要としない理由は今もまだよくわかっていないんだけどね。」
なるほど、だから固有魔法という名前なのか。詠唱を必要としない、それは戦闘において大きな利点だ。
通りで家の従者には獣人が多い訳だ。
身体能力が高く、固有魔法を使える種族なら防衛にうってつけの種族だ。
エルなら……特殊魔法についても知っているかもしれない。
「お母さんは特殊魔法を知っていますか?」
「え? 特殊魔法……は聞いた事もないなぁ。そんな魔法があるの?」
本気で知らない様子だ、どうしたもんか。
「特殊魔法は課せられた条件を達成することで取得できる魔法。
条件の重複は無く、同じ特殊魔法を取得することは例外を除いてありえない。
固有魔法と同様に詠唱を必要としない。」
「え、なんでフェルがそんなこと知ってるの?」
エルが目を見開いちゃっているよ。俺から聞いたけど、急に語り出すからびっくりしちゃった。
「前に聞いた事があったので。」
そういえばこいつ閻魔だったな。あの白い空間でならこの世界の知識を知ることなんて容易なんだろうな。
「……なるほどね。」
「お母さん?何か言いましたか?」
「なんでもないの!二人ともすごいね!」
なんだろう、フェルの説明になにか思うところがあったのかな。
「魔法について色々わかったところで、そろそろ実践していこうか!」
まだ色々気になることはあるが、今はとりあえず魔法だ。今度こそ失敗したくない。
「聞いててね? 水の神よ 我が命に応え力をお貸しください」
エルの手のひらからドッジボール大の水の球が出現した。
「それじゃあ二人とも復唱してみて?」
「水の神よ 我が命に応え力をお貸しください」
ちゃんと出た。今回もエルより少しばかり小さいが、これは練度の話なんだろうな。
「奥様……助けてください。」
「そ、それ上向けて!?」
隣がなんか大慌なんだけど、大丈夫なんだろうか。
「なんだそれデッカ!?」
フェルの手の平からはドッジボールなんて可愛らしく見えるような、運動会で使う大玉みたいな大きさの水球ができていた。
「止まりません!」
しかもそれがまだ大きくなっている。これは、俺の時と同じ現象のような気がする。
案の定、俺の時のように水球は大爆発を起こして俺たち諸共庭中びしょびしょになってしまった。
「さ、最初はこんなこともあるよね!」
失敗したフェルにフォローをしたエルは肩を震わせていた。
暖かくなったとはいえまだ春先だ、寒気がようやく重い腰を上げたような時期だ。
びしょびしょになったまま続ける訳にも行かず、俺たちは一度風呂に入ることとなった。
「アルタロム様、熱くはないでしょうか。」
「大丈夫、ありがとうザザ。」
俺が風呂に入る時はザザが体を洗ってくれるが、いつも爪が刺さらないように気を使ってくれていて優しい執事だ。
鋭い爪にたまに見えるギザギザとした歯。
硬い鱗に覆われてゴツゴツとした尻尾が腰から生えている。
多分、鰐なんだろうな。
「ねぇザザ? 君って魔法は使えるの?」
「下級程度なら心得ています。」
「じゃあ、使って見せてよ。」
「えっ」って感じの反応だ。
いきなりこんなことを頼まれれば当然だろうな。
それでもやってくれるザザは本当に優しいと思う。
ザザが使ったのはさっき練習していたのと同じ
多分人に見せる場合このくらいの大きさが基準になっているんだろう。
「俺って才能ないのかな。」
「そんなことはないと思いますよ。」
ザザは俺が悩んでいる時にいつもこう返してくれる。
フェルが使った魔法は暴走してしまった。だけど、あんな大きさの魔法を使ってもフェルはピンピンしていたのだ。
同じようなことになっても俺はあんな大きさは作れない。
それに、さっき一度魔法を使っただけで疲れを感じているのだから俺の方が明らかに劣っている。
「……獣人には、普通とは違う者がいるのです。」
そんな話、どこかで聞いたような気がする。
「神獣を先祖とした獣人は能力が秀でて高い者が多い。フェルもその類の者でしょう。」
「それなら、俺はフェルの主人として不甲斐ないよ。」
神獣を先祖とした獣人の話は知っている。ということはまだフェルには俺の知らない能力があるということだ。さらに距離が遠のいたような感じがする。
「失礼ですが……子供がそんなことを気にする必要は無いのではございませんか?」
「え……?」
「フェルだけではありません。この屋敷にはナナやルルなど能力の高い者は多くいます。」
それは初耳だ。やっぱりこの屋敷はすごい屋敷のようだ。
俺はこの屋敷にいて本当にいいのだろうか。
「かくいう私も、ナナに嫉妬していた時があったのですよ。」
「……そうなの!?」
「はい。」
そういえば、ナナとザザは一緒にいる機会が多い。歳もそう変わらないように見えるが……
「私とナナは一緒の日にこのお屋敷に拾っていただいたのです。
それはもう毎日、私から彼女に色々な勝負を挑んでおりました。」
やっぱりそうなのか。
「でも、ナナってすごい獣人なんでしょ……?」
「はい。私は尽く彼女に勝つことなどできませんでした。」
勝てない勝負をすることになんの意味があるのか。
「ですが、そうしているうちに勝てないながら自身の成長を感じることができたのです。」
「それってどんな?」
「そうですね、家事でも魔法でも私は彼女に勝てませんが、今では彼女から仕事を頼まれることも増えてきました。」
「それだけ?」
「はい。ですが大きな進歩です。」
それのどこが大きな進歩なのだろうか。
「いいですか?難しいことは気にせずにぶつかってみてください。
みんな最初からできるなんてことはありません。続けることでできるようになるのですよ。」
前世でもそんな話は飽きるほど聞いた。だけど、実戦して来たことはあっただろうか。
……でも、今世では無駄だと思うことでも少しだけ、やってみてもいいかもしれない。
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