空の黒を探しに

にるなえあ

先生たるもの

第1話 待合室にて

 俺も此処で待つように言われたんだ。隣に座っても良いかい? ああ、有難う。


 ……どうしたんだよ、そんなシケた面してさ。

 俺? 俺はまあ……多分老衰だと思う。いや、これは何故か死んで若返ってるだけだよ。多分二十歳の頃かな。軟骨二個しか開けてないから。本当は九十九歳迄生きてたんだ。未練は無いし、多分寝てる間に死んだかな。あ、そうか。そうじゃねえ死に方する奴もいるんだもんな。お前がそうかは知らんが、悪かった。

 ほら、窓の外見てみろよ。花畑みたいな空してるぞ。臨死体験か前世の記憶かであれを見た奴がさ、死後の世界には花畑があるって言いふらしてたんじゃねえのか。

 なんだ余計頭抱えて。ありゃどう見ても極楽の空だろ。毒々しい地獄の空が良かったか?

 でもさ、地獄なんて存在しなかったんだな。此処に来る迄三途の川も無かっただろ。変な部屋で目を覚ましてからずっと建物の中に居るし。

 悪戯ばかりしていたら地獄に堕ちるぞって婆ちゃんに脅されたもんだがな。そう言われる度に俺は「何の為に?」って言い返してたよ。閻魔大王は善人と悪人を分けて何がしたいんだ、と。そんなことをして閻魔大王には何の得があるんだよ。見て楽しむのか? それなら善人も地獄に落とした方が面白いだろ。だから地獄なんて存在しないと言い切ってやった。そんな生意気な口聞いたら拳骨で黙らされたんだが、やっぱり俺が正しかったってことだな。

 この世ってさ──こっちから見たらあの世か。現世うつしよって言うのか?

 あれってさ、全てが其処に在るだけなんだよな。神が意図的に配置した訳じゃなくて、偶然の上に成り立ってる。死後の世界もそんなものなんだろうってことだよ。何となく在るだけの世界だ。現世とは別の空間なのか、同じ世界に重なった別のレイヤーなのかは兎も角、体を失った魂が此処で目を覚ますんだ。多分最初はこういう建物も無かったのかもしれないな。魂だけが漂う世界だったんだ。それで、時間が経過すると死の累計が増えていくだろ。もしこの空間が有限なら漂う魂の密度が上がって、いずれ魂同士が引き寄せ合う。それがいつしか、こんな世界になった。星とか銀河の成り立ちみたいなもんかもな。そうすると、死ぬことを「星になる」って言うのは割と的を射てたんだな。

 魂はどういう力で引き寄せ合うんだろうな。偉人がデカい魂を持っていて、その魂の下に皆集まっていくのか……え、磁石? 反対者同士がくっ付くんじゃないかって? 反対者同士って言うなら、磁石より電荷をイメージするのが良さそうだけどな。そうなると正の魂と負の魂に分けなきゃいけなくなるし、変な話だな。俺は重力的なイメージが一番しっくり来ると思うが。

 あ、すまん。そういう仕事してたからさ、つい。若い頃にさ、死後の世界はそんなものじゃねえかって妄想してたんだ。

 結局、極楽も地獄も無くて、皆一緒くたに同じ世界に送り込まれるんだな。その先に待ってる生活ってのは、案外生きてた頃と同じようなものかもな。

 それは酷い話だって?

 成程な。お前が頭抱えてたのはそれか。憎たらしい奴が地獄に堕ちていなさそうなのが判っちまったと。

 思うにさ、そうであって欲しいと願った奴が地獄を描いたんじゃねえかな。俺を苦しめる奴がせめて死後に苦しむようにってさ。ただまあ、生前と変わらない生活ってのは現代の地獄なのかもしれないな。善人もその地獄に堕とされるが。

 

射烏いがらす様、発券場へ御案内致します」

 

 ────ああ、俺の番だ。

 じゃあな。お前も良い切符が貰えると良いな。

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