月と猫
秋乃月詠
月と猫
赤い瓦屋根に白い壁の小さな家があります。
二階の出窓がハチワレのお気に入りの場所です。
お昼には暖かい日の光を浴びて丸まって眠るのが大好きです。
夜は月の青い光を浴びたりたくさんの小さな光を見ながら伸びたり丸まったりはたまた部屋のなかをうろうろしたりしています。
ハチワレがこの家に来たのはまだ小さな頃で前の家ではハチワレ以外にも仲間が何匹か居ました。
皆でミャアミャーニャアニャーにぎやかに暮らしていたのです。その頃はハチワレとは呼ばれてませんでした。
ある日のこと、今のご主人がやって来てハチワレをつまみ上げ「このハチワレにする」といい一升の酒瓶を元の主人に渡しこの家に貰われてきたのです。
酒一升程の価値とは安く見積もられたと時折情けなくなる事も有るのです。
自転車のカゴに乗せられガタガタ・ゴツゴツ揺られながらつれてこられる途中でいきなり「おい、ハチワレ」と呼ばれハチワレはハチワレになりました。
この家のご主人はいつも部屋の隅で机に向かいカタカタとキーボードを叩いたり、カリカリと鉛筆で何か書いていますがたまに癇癪を起したように頭の毛をかきむしります。
ハチワレは蚤や蝨が飛んでくるのではないかとその時だけは箪笥の上に避難するのです。
またある時ご主人かセンセーと呼ばれていることに気付いた事がありました。
其は一日に何度か部屋の外から「センセー」と声がかかるとご主人が「ハーイ」と返事をするのです。
「センセー」と声がかかるのはだいたいの場合ご飯の時で、声がかかるとご主人はハチワレを抱いて階段を降りご飯を食べるのです。
どうやらハチワレが長らくご主人と思っていたこの人は「センセー」といい、このセンセーにもご主人がいてその人は「メグさん」というらしいのです。
ハチワレはメグさんとセンセーの二人と食べる夜のご飯が特に大好きでした。
センセーは本を読みながらご飯を食べます。メグさんはそんなセンセーにお構い無くセンセーに話しかけます。
メグさんは時々夕焼け色の飲み物を飲んでます。
夕焼けに白い雲を乗せたようなその飲み物は最初にプシュッと音がします。
ハチワレはその音にビックリしていつも隠れていましたが、あまりにも美味しそうに飲むのでセンセーとメグさんの目を盗み、こっそりと舐めてみました。
それ以降ハチワレは舌にチリチリとした刺激と苦味の虜になってしまいました。プッシュという音が聞こえるとメグさんの膝の上に立ちその飲み物を舐めようとするのでした。
丸い月の夜、空は月に照らされて深い藍色をしています。
星星は成りを潜め遠慮がちに輝く全く月の為の夜空でした。
ハチワレは丸い月が気になり手をのばしてみましたが触ることができませんでした。
「そうだ、屋根の上なら触れるかも」
ハチワレは出窓を少し開けるとスルスルと屋根に上ってみました。
屋根から手をのばしてみても月に触れません。
屋根の上から周りを見渡すと赤い目のコウモリがパタパタと飛んでいました。
「おーいコウモリ私をあの丸い月まで連れて行ってくれないだろうか」
コウモリは赤い目でハチワレを見つめ言いました。
「だめだよ私の羽根では月までは飛べないよ、でももうすぐヨダカが飛んでくるからヨダカに頼んでみなよヨダカの羽根は大きく鋭いからうんと早く高く飛べるはずだよ」
「コウモリありがとう」
ハチワレがお礼を言うとコウモリはまたパタパタと北に飛んでいきました。
ハチワレが屋根の上から周りを見渡すと東の空から青い目のヨダカが口を大きく開け飛んできました。
「おーいヨダカ私をあの丸い月まで連れて行ってくれないだろうか」
ヨダカは小さな羽虫をむしゃむしゃと食べながら言いました。
「だめだよ私の羽根では月までは飛べないよでもあの山のてっぺんに住んでる大ミミズクなら君を月まで連れて行ってくれるかもしれないよ。」
「ヨダカよどうだろうか私を大ミミズクの所へ連れて行ってくれないだろうか」
「それならおやすいごようだ」
そう言うとヨダカはハチワレを鋭い爪でひょいっと掴み羽根を3回バサバサと羽ばたかせるとハチワレの体は屋根から離れどんどん空高く上って行きました。
ヨダカはまた口を大きく広げ羽虫や小さな昆虫を食べながら山のてっぺんに向けてスピードを上げて行きます。
ハチワレも大きく口を開けて羽虫や昆虫を食べてみましたがハチワレにはメグさんのゴハンの方ががずっと美味しいのでした。
川を越え線路を越えどんどんとてっぺんに向けて上っていきます。
「さあ着いたよ」
そう言うとヨダカはハチワレをてっぺんにある大きな一枚岩の上に下ろしました。
ハチワレは冷たい一枚岩をヒタヒタと歩き辺りを見回しました。
「大ミミズクなら奥の大きな杉の木の高い枝にるはずだよ」
「ありがとうヨダカ」
ハチワレがお礼を言うとヨダカは羽根を3回バサバサと羽ばたかせると空へ飛び上がりました。
ハチワレは大きな杉の木の下まで来ましたが大ミミズクの姿が見えません、そこで「おーい大ミミズク私をあの丸い月まで連れて行ってくれないだろうか」と叫んでみました。
すると金色に光る2つ星がギロッとこちらに動きました。
それは2つ星ではなく大ミミズクの金色に輝く目でした。
「えらく小さな山猫がおるえらく小さな山猫よわしに何か用か」
「私は山猫ではないハチワレと申す、あの丸い月まで行きたくてヨダカに頼んでここまで来た、私をあの丸い月まで連れて行ってくれないだろうか」
大ミミズクは答えます
「この山の賢者のわしでもおまえさんを月まで連れて行ってやるのはとても難しい」
ハチワレは諦めを腹の底に押し潰すような小さな声で言います。
「どうしても無理だろうか」
「そうじゃな月まで連れて行ってやるのはとても難しいがどうじゃ、あの月にかかる雲までなら連れて行ってやれるぞ、しかしそこから先はわしにはどうすることもできん」
「大ミミズクよ私をあの月にかかる雲まで連れて行ってくれないだろうか」
「それならおやすいごようじゃ」
そう言うと大ミミズクは杉の木の枝から音もなく飛んだかと思うとハチワレめがけ大きな翼を広げます。
ハチワレはビックリして目を閉じて後ろに飛び跳ねましたが跳ねた瞬間大ミミズクの大きな爪がハチワレをしっかりと掴み空へ飛び上がりました。
大ミミズクは大きく螺旋状にぐるぐると廻りながらどんどん空高く上って行きました。
大ミミズクが月にかかる雲を突き抜けるとそこにはもう月と星しか見えるものはありません「えらく小さなハチワレよ雲の上に着いたぞ」大ミミズクはハチワレを雲の上に降ろすと音もなく翼を羽ばたかせ雲の中に飛んできました。
「ありがとう大ミミズク」
ハチワレはお礼を言うとふわふわとした雲の上を月の方へと歩きました。
ふわふわぷちぷちヒタフタ
ふわふわぷちぷちヒタヒタ
しばらく歩くと雲の端までやって来ました。
「おーい月よ私はそちらに行きたいのだか連れて行ってくれないだろうか」
すると月から声がします
「おーい私たちの仕事を手伝ってくれるのならこちらに飛び移って来てくださいな」
ハチワレは月に行けることを喜びました。
そしてハチワレはめいいっばいの助走をつけて月に向かって飛び跳ねました。
月まではまるで階段のように小さな星がハチワレの足元を照します。
小さな星をつぎつぎと飛び跳ねハチワレは月に辿り着きました。
月には大きな丸い穴がポコポコと幾つも開いていて中からペッタンペッタン、チョキチョキと音が聞こえてきます。
「おーいどなたか、私は仕事を手伝いにきたのだが案内してもらえないだろうか」
ハチワレが言うとペッタンペッタンチョキチョキの音が止まり大きな丸い穴から二羽の兎が顔を出しハチワレに手招きしました。
「やあやあようこそ来てくださいました、実はこの時期は猫のても借りたいくらい忙しく、おや本当に猫が来てくださったんですね。」
「これはありがたい、ささ早速こちらに来て手伝ってくださいな」
ハチワレは兎の居る大きな丸い穴に入って行きました。
中では兎がお餅をペッタンペッタンとついていました。
その隣ではたくさんの小さな蟹が泡を吹きながら忙しそうにチョキチョキとお餅を切り分けていました。
「ささ、猫の何とお呼びしたらよろしいですか」
兎にそう聞かれたハチワレは
「私はハチワレと申します」
「ハチワレさんですか、ではハチワレさんには今蟹達が切り分けたお餅を丸めてほしいのです」
「それならおやすいごようだ」
ハチワレはそう言うと両手でコロコロとお餅を丸めました。
まるでメグさんの糸玉で遊んでいるようで楽しく時間を忘れてお餅を丸めました。
ペッタンペッタン
チョキチョキ
コロコロ
ペッタンペッタン
チョキチョキ
コロコロ
ペッタンペッタン
チョキチョキ
コロコロ
どのくらいの時間が経ったのでしょうかいきなりどこかでブーという音が鳴ると兎と蟹が手を止めました。
ハチワレも手を止めます
「やあハチワレさんお陰様でお餅が出来ましたよ、本当にありがとう」
兎達はハチワレにお礼を言うと先程作ったお餅を三方にのせて渡してくれました。
「ハチワレさんまた忙しい時期には手伝いに来ていただけないでしょうか」
ハチワレは「わかりました都合が合えば喜んでお手伝いさせて頂きます、しかし月に来るのには大変なのです」
「でしたらお迎えを向かわせますのでその際は是非ともご協力ください」
「それと前もってお手紙でご案内をさせて頂きたいと思いますが宛先はどちらでございましょうか」
ハチワレは少し考えて
「宛先はメグさん宅、センセー方ハチワレ行でお願いします」
「さてそろそろオリオン座の近くから牡牛座があられます、牡牛に車を引かせてハチワレさんの赤い屋根のお宅までお連れさせていただきましょう」
ハチワレは二羽の兎と蟹達に別れを言うと三方に乗せたお餅を土産に牡牛の引く車に乗って帰って行きます。
牡牛がゆっくりと車を引くと車輪が回る度にキラキラと無数の光が流れていきます。
牡牛はハチワレを赤い屋根の上まで送るとまた月に車を引いて帰って行きました。
ハチワレは少し開いた出窓から部屋に入るとどっと疲れ眠ってしまいました。
出窓には花瓶に入ったススキが揺れ三方に乗せられた団子が置かれていました。
月で作った丸いお餅によく似たお月見団子です。
空には丸い月と赤い二ツ星と青い二ツ星、金色の二ツ星が瞬いてました。
さてその後のハチワレはメグさんが「センセー」と呼ぶ度に月からの手紙が届いたのでないかと期待しメグさんの所まで走るのでした。
そんなハチワレにメグさんは
「あらあらえらく小さなセンセーが来たわね」とハチワレを見て笑うのでした。
月と猫 秋乃月詠 @135013501350fF
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます