第42話

街に入ると、俺達は異様な程注目を浴びた。

正確に言えば、ナナに注目が集まっていた。魔族特有の目が、ナナをじっと見つめている。


「なぁナナ、どういう事か説明して貰えないか?」

「まぁ・・・城に着けばわかるでありますよ、旦那様」


ナナは若干ぶっきらぼうに答えながら、街の奥に鎮座する城に向かって歩いていく。

俺達はナナの後に続き、城の前の大きな門にまでやってきた。


「ナナ様、今までどこに!?」

「どうでもいいであります、早く父に会わせろであります」

「ただいま開門いたします!」


門番が合図を送ると、即座に門が開く。

その門の向こう側には、大きなローブを纏った老齢の男が立っていた。

その目はナナと同じ模様で、ギラギラと光を放っていた。


「ナナ!」

「・・・」


老齢の男は心配そうに駆け寄り、ナナを抱き締める。ナナはその男を丁寧に引き剥がし、大きなため息をついた。


「今までどこにいたんだ! 急に家を飛び出したと思ったら、急に帰ってくるだなんて!」

「父様には関係ないであります」

「まだその変な喋り方をしているのか! みっともないからやめろと言っただろう! お前はベルフェゴール家の大事な娘なんだから」

「あ〜!」


ナナは頭を抱え、耳を塞いで大声を出す。

その様子を見た老齢の男は、俺達に視線を移した。


「ナナ、この人達は誰だ?」

「・・・旅の仲間であります」

「そうか! 君達はナナの友達と言う事だな! 仲良くしてくれてありがとう! みんなに私の事を紹介してくれるか?」

「・・・この人はナナの父、魔族の長ベルフェゴール・ベルフェゴールであります」

「まさかベルフェゴール卿の娘だったなんて・・・」


リーリャンが驚いた様に呟く。その言葉にベルフェゴール卿は大きく頷き、大きな咳払いをした。


「紹介に預かった通り私はベルフェゴール・ベルフェゴール、ナナの父親であると同時にこの魔族連合国の代表を務めている」

「あれ? ナナの父親は商人だって言ってなかったか?」

「・・・あれは嘘であります」

「ナナ、大事なお友達に嘘なんてついちゃいけないだろう! とにかく、中に入りなさい。ゆっくり話でもしよう!」


俺達はベルフェゴール卿の案内で、城の中に入る。城の中には大量の使用人が忙しなく動き回り、城の中を飾り付けていた。


「今はちょうど忙しい時期でね、ジタバタしていて悪いね。ところで君達の事を聞いてもいいかな?」

「俺達はナナと一緒に旅をしている仲間です。俺はジハード・アーサーです」

「聡明そうな若者だね」

「僕はリーリャン・イ・フェニクス、レニィの街出身です」

「ほう、レニィか。報告に上がっているよ、残念だったね」

「僕はホバ、付き添い人みたいなものです」

「ふむふむ」

「我は牙爪がそう魔王サクラだ!」

「何、魔王?」


周囲の人達の動きが止まる。ベルフェゴール卿はゆっくりと振り向き、サクラの顔をまじまじと見つめる。


「魔王というのは、七大魔王の?」

「あぁそうだが、何か問題でも?」

「・・・ナナ、お前は」

「話は後で、早く客間に行くでありますよ」

「そうだな、確かにナナの言う通りだ。こっちだ、着いてきてくれ」


ベルフェゴール卿はまた歩き始め、大きな両開きの扉を開いた。中は小さな客室になっていて、ふかふかの一人掛けのソファが並べられていた。


「さぁ座ってくれたまえ」

「失礼します」


俺達が一人掛けのソファに座ると、ベルフェゴール卿は対面の長いソファにどっしりと腰を下ろした。ナナは座る訳でもなく、俺の隣で立っている。


「好き嫌いはあるかね?」

「俺は特に、サクラも大丈夫だよな?」

「僕は魔物由来じゃなければ」

「分かった、持って来させよう」


ベルフェゴール卿が手を叩くと、部屋の隅で置物の様に待機していたメイド達が動き出す。あっという間にお茶とお菓子を持ってきて、俺達の前に並べた。


「食べていいのか?」

「あぁどうぞ」

「やったー!」


サクラは遠慮の欠片も見せずに、お菓子に両手を伸ばして食べ始める。

リーリャンはお茶を一口飲み、その美味しさに目を丸くしている。


「ところでベルフェゴール卿、どうしてこんなに歓迎してくれるんですか?」

「ハハハ、簡単な話だ。私の七番目の娘であるナナの大事なお友達だからだろう」

「七番目・・・」


七番目だからナナ。あまりにも安直すぎる。この人は少しネーミングセンスがおかしいのだろうか。


「君達、宿は決まっているかい? 決まっていないのなら泊まっていくといい」

「本当か? 良い奴だな!」

「こらサクラ! あまり乱暴な口を聞くんじゃない!」

「いいんだいいんだ、小さい頃は大きなものに対して強がりたい気持ちもあるだろうからな」


俺はその言葉に強い引っかかりを覚えた。それだけじゃない、この城に来てからの態度や口調からも同じものを感じていた。


「あの、ベルフェゴール卿」

「どうしたんだ?」

「俺達の事いくつだと思ってます?」

「ん? そうだな、具体的な年齢は知らんがまだ乳離れしていないくらいか?」

「魔族ってそうなの?」

「おいこっち見るなよ、そんな訳ないだろう」

「父はずっとこの調子であります。過保護、いつまでもナナを赤ちゃん扱い、だからクッソ苦手であります」

「何を言うか、お前は今も可愛いパパの子供だろう!」

「はぁ・・・」


なるほど、ナナの態度の悪化と合点がいった。これはキツイ、独り立ちする年齢にも関わらずこの態度を貫かれたら苦手にもなるだろう。

ナナは今絶賛恥をかかされている最中だ、あまり茶化したりするとブチ切れさせてしまう危険性もある。俺も顔色でリーリャンもそう考えているのが分かる、ここは口を閉じておくべきだと俺は判断した。


「ここに戻ってきたのは理由があるであります」

「ふむ、なんでも言ってごらん。パパがどんな願いも叶えてあげよう!」

「はぁ・・・レニィの街に人間の軍がやって来て騒ぎになったであります。それがナナ達の手引きだと噂になっているので、どの街にも入れないであります。それを何とかして欲しいでありますよ」

「なんて事だ! そんな事が起きていたのか?! パパが何とかしてやろう。私が直々に通行許可証を出そう、少々待っていてくれ!」


ベルフェゴール卿は足早に部屋を出ていく。

ナナは疲れたようにその場にへたり込み、俺達を見上げる。


「何も、言わないで欲しいであります」

「あぁ、大変だな」

「なんであんな感じなんだ?」


サクラが空気も読まずに、ナナに質問する。


「悪魔の魔族は特に寿命が長いであります。だからナナは成人しているにもかかわらず、父様の中ではまだナナは小さな子供のカテゴリーに入れられているのでありますよ」

「でもあれは異常じゃないかい?」

「リーリャンの言う通りであります。父様はここ数十年の人間と魔族の争いで疲弊し、あんな感じになったと聞いているであります。だからナナも強くは言えないであります」

「ちょっと悲惨すぎないか? 我に出来ることがあればなんでも協力するぞ?」

「ありがとうございます、主様。でしたら少し」

「主様?」


部屋の扉を開けたベルフェゴール卿の手から、通行証が滑り落ちる。

あんぐりと口を開け、サクラとナナを見つめている。


「今、主様と言ったのか?」

「ちょっ、ナナが勝手に呼んでるだけでありますから」

「おい! 私の娘を奴隷の様に扱っているんじゃあないだろうな、貴様!」


ベルフェゴール卿の頭から二本の角が生え、背中からはローブを突き破り羽が生えてきた。その体は一瞬で二倍にも膨れ上がり、サクラに向かって腕を伸ばす。


「おっと!」


サクラはその手を避け、机の上のお菓子をベルフェゴール卿に投げつける。

ベルフェゴール卿は大きく息を吸い込むと、口の中に炎が見えた。


「危ない! 【反転】!」


ベルフェゴール卿は口から炎を吐き出し、サクラを焼き尽くそうとする。

俺は咄嗟に炎を反転させ、ベルフェゴール卿を焼いてしまう。


「ふん! 自らの炎で焼かれる者がいるか馬鹿者!」

「争う気はないんです! どうか落ち着いて!」

「黙れ! 貴様の肉体にたっぷりと聞いてやる!」

「旦那様、下がってるでありますよ!」


その瞬間、ベルフェゴール卿の動きがピタリと止まった。


「だ、旦那様・・・? パパと結婚するって言ってたのに、そんなどこの馬の骨かも分からない奴を旦那様・・・あぁ」


ベルフェゴール卿はその場にバタリと倒れ、メイド達が駆け寄る。

ナナはまた、大きなため息をついた。

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