第31話
宿に戻る頃には俺も落ち着きを取り戻し、冷静に物事を見れるようになっていた。
「どうしたでありますか!?」
「兄上に・・・会った」
「前に話してくれた家族でありますね」
「我は見ていなかったが、急いで戻ってきた」
「この街を出ろって・・・どうするべきだ」
ナナは俺を椅子に座らせ、暖かい飲み物の入ったコップを手に持たせてくれた。
「一度状況を整理するであります。それは本当に旦那様の兄上であったんでありますか?」
「あぁ間違いない。俺の見間違いなんかじゃあない、俺と認識して話しかけられた」
「すまん、我がいながら、何も出来なかった・・・」
「いや、いいんだ。俺こそ途中で引き上げさせてしまってごめん」
「いいんだ、また今度遊びに行くさ」
俺はコップに入った飲み物を口にして、大きく息を吐いた。両側を支える様に囲まれ、眠る時は居心地が少し悪いが、今は不思議と心地いい。
「ありがとう・・・」
「構わん、なんたって我は・・・ううん、なんでもない」
「旦那様はどうしたいであります? 必要とあらば殺してくるでありますが」
「いや、大丈夫だ。でもどうしてこの街に兄上が居たのかが知りたい」
「ふむ。なら専門家を呼ぶであります! ちょっと行ってくるでありますよ!」
そう言って、ナナは部屋を飛び出して行った。
サクラと二人きりで取り残され、俺達の間には微妙な空気が流れていた。
サクラが先程言いかけていた言葉、サクラの口癖の様なもの。俺の伴侶であると高々と宣言していた所のはずだが、それを口ごもった。いや、正確には口ごもらせた。
俺のせいで。
「サクラ」
「どうした? 寒かったりするか?」
「いや、伝えなきゃならない事がある」
「な、なんだ? なんでも、聞くぞ?」
サクラの目には、同様と焦りが見え隠れしていた。俺は懐にしまっていたプレゼントを取り出し、サクラの手を握った。
「サクラ、俺は見ての通り弱い」
「そんな事ないぞ」
「いや、弱い。だからサクラの足を引っ張ってしまう」
「そんな事もないが・・・」
「サクラはよく俺の伴侶だとか番だとか言うが、俺はそういう風に見た事はなかった」
「そ、そうか・・・」
「今までも今も、大切な仲間と思っている」
「う、ううむ」
「だから! この旅が終わってまだ俺の番でありたいと思うのなら、その時は言ってくれ。その時は、俺もサクラの想いに答えてみせる」
その瞬間、サクラの顔が真っ赤に染まり尻尾がちぎれそうなくらい荒ぶりだした。
「なっ! まっまっ、まるでプロポーズみたいな事を言うんじゃない!」
「サクラが封印を解いてもらったお礼にそう言っているんじゃあ無いかと思う時もある。その恩を返せるのは旅が終わった時だ。その時まで待って欲しい」
「わ、わかった! わかったわかった! だが我は魔王、己を曲げるなどしないぞ!」
「受けて立つよ」
「ふん! 流石は我の番、肝が据わっているな!」
その時、宿の扉が乱暴に開け放たれた。
「連れて来たであります!」
「僕明日に備えて寝るつもりだったんだけど?」
「リーリャン!」
「何、状況がよく理解できないんだけど?」
混乱する寝巻き姿のリーリャンに、事情を説明する。最初はつまらなさそうな顔をしていたリーリャンだったが、話を聞いていくうちに険しい表情になっていった。
「【剣聖】、聞いた事はある。軍が束になっても勝てない程の戦力を持った人間国の大英雄、それがこの街に・・・」
「どうしてこの街にいるか知りたい、知っている事があれば教えてくれ」
「あいにくだが、僕は何も知らない。そんな奴がこの街にいるなんて初耳だ」
リーリャンは首を振った。
「逆にそれが怪しい。僕の情報網は完璧だ、この街で知らない事はない。つまり、何らかの隠蔽工作が行われているはずだ」
「隠蔽工作?」
「魔術かギフトか、何らかの効果で認知出来ない、または認識を阻害されている可能性がある」
「姿を隠してこの街に入っているって事か? どうして俺の前に・・・」
「そこも逆さ。家族だからこそ顔を見せたんじゃないか? 街から出ていけと言う話の通り、僕には何かを企んでいるように思えるね」
リーリャンはそこまで話を続け、悩む様な素振りを見せた。
「特にそれ以外会話は無かったんだね?」
「あぁ、何も」
「であれば街を長く開けるのは悪手だな、何か起きた時に対応出来ない」
「どうする、明日リーリャンは街にいるか?」
「いや、今から出発しよう。雨は今日の夜から降り始める、今から出発すれば地底湖に到着する頃には降り出しているはずだ」
リーリャンは立ち上がり、自分の服装を見た。
「着替えてくるから準備を済ませておけよ、すぐに出発する」
「分かった!」
サクラがその場でドレスを脱ごうとし始め、俺とリーリャンはナナに部屋から追い出された。
「すぐ戻る、君も着替えて準備しておいてくれ」
「あぁ、分かった」
そう俺が返答すると、リーリャンは風のように去って行った。俺は一人宿屋の廊下に佇みながら、部屋の扉が開くのをじっと待った。
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