第8話

ガルムはゆったりとした動きで地面を蹴ると、一瞬で俺との間合いを詰めた。


「言っとくが、お前じゃ俺に勝てない」

「それはどうかなっ!」


ガルムは剣を振り、俺の命を奪おうと迫ってくる。俺は自分の剣でその剣撃を受け流しながら、段々と壁際に追い詰められていく。


「何で裏切った! 王様の古い友人って言う話は嘘か!」

「嘘じゃないさ、それよりも前に王の側近だったと言うだけだ」


ガルムは面倒くさそうにため息をつき、俺の首目掛けて剣を振るう。俺はしゃがみ込み、その剣を避ける。ガルムの剣は俺の背後の柱を切り倒し、崩れた柱は俺目掛けて降ってくる。


「【反転】!」

「おっ」


降ってくる柱を反転させ、天井に向かって打ち上げる。崩れた天井がガルム目掛けて降り注ぐ。

ガルムは自分目掛けて降り注ぐ瓦礫を、一瞬で切り刻む。


『お前様! 避けろ!』


土煙を突っ切り、狼の姿のサクラが吹き飛ばされてくる。壁に強く叩きつけられたサクラは血を吐き、土煙の奥を睨み付ける。


『ふん!』


土煙を薙ぎ払い、巨大な人狼が姿を現した。


『フェンリルゥ、こんなに弱かったか? オレはがっかりだぞ』

『封印されて体が訛ってるんだよ、ガリュオーンは封印されてなかったのに弱くなったな?』

『減らず口が』


ガリュオーンは体を反らし、大きく息を吸い込んだ。俺の目の前にサクラが飛び出し、俺の前に壁として立ちはだかる。


『アォォォォォォン!』


ガリュオーンが咆哮を放つ。あまりの音量に俺は思わず耳を塞いでしゃがみ込んでしまう。

背後の壁が咆哮によってヒビが入り、天井から降り注ぐ瓦礫が音の砲撃によって塵と化す。


『・・・大丈夫か、お前様』

「サクラ、耳が!」

『すまん、今は何も聞こえない』


サクラの目は充血し、耳からは大量の血が流れ出していた。


『お前様、命が惜しければ今逃げろ。そのくらいの時間は稼げる』

「サクラは?」

『だがもし戦うと言うのなら、命を失う覚悟を持て。それと同時に奪う覚悟もだ』

「・・・」


サクラはゆっくりと立ち上がり、ガルムに向かって飛び掛る。それをガリュオーンが阻止し、大きな腕でサクラを殴り飛ばす。


「サクラ!」

「自分の心配をしろよな」

「ぐぁっ!」


ガルムの蹴りが俺の腹に直撃する。肺の中の空気が全部吐き出される。ガルムがもう一度足を振り上げ、二度目の蹴りを繰り出そうとする。

俺は咄嗟に剣を突き出し、ガルムの足を切り裂こうとする。だがガルムの屈強な足は剣を砕き、破片ごと俺の腹に直撃した。


「ぐぅっ!」

「何度も言うが、お前じゃ俺には勝てない。あの犬の言う通り逃げるべきだな」

「ふざ、けんな・・・」


腹からボタボタ血を流しながら、俺はゆっくりと立ち上がる。


「俺がやるって言ったんだ、俺が始めたんだ、ここで逃げてたまるか」

「・・・もう朦朧としているのか? 死地に飛び込んだ経験も少ない。どうしてお前はここにいる?」

「七大魔王を全て倒して、俺が世界最強になるんだ・・・!」

「へぇ」


ガルムは俺の発言を聞き、静かに目を細める。馬鹿にする訳でもなく、説き伏せる訳でもない。ただ俺の事をじっと見て、静かに剣を構えた。


「構えろ」

「くっ・・・!」


俺は折れた剣を片手で持ち上げ、もう片方の手で腹の傷を抑える。血を流しすぎたせいか、逆に意識がハッキリしている。向こう側で戦っているサクラとガリュオーン、まるで嵐の様に周りの全てを巻き込んで破壊の限りを尽くしている。この玉座の間もそう長くは持たないだろう。


「余所見か?」


ガルムは素早く剣を振るい、俺の首を跳ね飛ばそうと迫る。思わず剣を振り、その軌道を逸らし髪がパラパラと落ちる。


「構えろ」

「ゲホッゲボ!」


ガルムは再び剣を構える。俺は血を吐き、その場に膝を着く。

俺の事を見下ろしながら、ガルムは剣を構えたままピクリとも動かない。


「もう、やめてください」

「フラン!」


フランが俺の前に飛び出し、大きく腕を広げた。


「姫様、邪魔です。後で殺すんで退いてください」

「いいえ、いいえ! おじちゃんは嘘をついています!」

「何も嘘はありません。ここにいる全員殺します、この国はおしまいです、俺は王を殺しました。ただそれだけです」

「ならどうして! 私が最初に助けを求めた時に殺さなかったのですか!」


ガルムは目を見開き、驚いた様に口を開ける。しかしすぐに口を閉じ、冷たい瞳をフランに向けた。


「俺にはガリュオーン様を王に会わせる役目があった。だから死なれると困るから、優先順位を付けただけです」

「嘘です! だって、最初に私を襲った人達。あの人達は私を殺すのではなく、攫おうとしていた!」

「っ!」


またガルムの顔が歪む。

歯を剥き出し、己の不甲斐なさを後悔しているように見えた。


「おじちゃん、どうして嘘をつくのですか。そんなにあの獣は恐ろしいのですか」

「違う。俺はただ、魔王の側近として・・・」

「お父様と楽しそうに呑まれていた日々は、嘘をついているようには見えませんでしたよ」

「クソッ」


ガルムは剣を地面に叩き付け、頭を掻き毟る。

パラパラと白く変色した毛が落ち、天井を向いて大きくため息をついた。


「そうだ、楽しかった。王様との友情は嘘じゃなかった。姫様に向けた愛情も。逃がそうと策略を巡らせた気遣いも全部。でも俺には側近としての役目がある、俺の一族にはその役割がある。だから・・・」


ガルムは諦めた様に笑いを零し、ガリュオーンの方に振り向いた。


「ねぇ魔王様、一度」

『邪魔だ!』


俺はフランを抱えて咄嗟に飛び退く。

ガリュオーンは巨大な腕を振り、ガルムを壁に叩き付ける。


『腑抜けに用はない! 死ね!』


ガリュオーンはガルムごと壁を握り潰し、瓦礫と血の混合物が周囲に撒き散らされる。


「サクラ!」


俺はフランを置いてガリュオーンの方に走り出す。それに気付いたガリュオーンは足払いをして俺を狙うが、俺はスライディングで足の更に下を行く。


『潰れろ!』


ガリュオーンが巨体を放り出し、俺を体で押し潰そうとする。俺はガリュオーンの体にピッタリと腕を突き、大きく息を吸い込んだ。


「【反転】!」

『むぅ!?』


ガリュオーンの体が宙に弾き出される。一瞬無防備になったガリュオーンの首に、サクラが食らいつく。


『ぐぁぁぁぁぁぁ!』

『このまま噛みちぎってやる!』

「待ってくれ、サクラ」


俺はサクラに見える様に手で制し、ガリュオーンの頭に手の平を置く。


「お前は人を殺しすぎた、何人もお前のせいで死んだ」

『く、くかか。国を取り戻すための仕方ない犠牲だ』

「お前の命をもって償え! 【反転】!」


ガリュオーンの首が捻れ、サクラが咥えてる部分に力が加わり捩じ切れる。

首だけになったガリュオーンは床に転がるが、歪な笑顔を浮かべる。


『災厄の魔王が暴れ出す。オレを殺したお前達には勝ち目は無い』

「なんだと?」

『地獄で見ているぞ、貴様らの死に様を・・・』


ガリュオーンの瞳は光を失い、首はくたりと力尽きた。

俺はその場に座り込む。体はどこもボロボロで、今にも気を抜けば死んでしまいそうだった。


「やったな、お前様」


サクラが人の姿に戻り、ボロボロの姿のまま俺の隣に座り込む。


「サクラ、耳大丈夫か?」

「今は回復している、お前様の方が酷く見えるがな」

「俺は大丈夫だ、丈夫だからな。それよりも、一つ頼み事をしてもいいか?」

「なんだ?」

「俺を鍛えて欲しい。俺はもっと強くならなきゃ、何も目指せない。目指す事さえ許されない」

「もちろんいいぞ。愛しい番の頼みだからな!」

「あ、あの!」


フランが俺達の肩を揺さぶる。


「出入口焼け落ちちゃったんですけど! 早く逃げましょうよ!」

「いや、俺はもう動けない」

「我もしばらく動けん」

「え、えぇ・・・」

「姫様・・・」


ボロボロのリリーナが、玉座の方を指さす。


「まだ玉座の脱出路は生きています、そこから逃げましょう・・・」

「リリーナ!?」

「私は王に仕える近衛騎士、新たな王を守るのも私の使命です」

「我らもそこから逃げるとするか、お前様」

「サクラ、もう少し優しく担いでくれ」


サクラが俺を肩に担ぎあげ、荷物の様に運ぶ。リリーナが玉座を動かすと、地下に続く穴が現れた。

俺達はそこを飛び降り、燃え盛る王宮から脱出した。

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