第21話 刑事の過去

 霧の町は、朝から白いヴェールに包まれていた。赤い橋――霧見橋――の欄干には朝の光が淡く反射し、川面には揺れる木々の影が映る。町全体は昨日の事件と佳奈の失踪による不安で、静かに緊張していた。


 遥は図書館で手紙の整理を終えた後、心の中にくすぶる不安を払拭できずにいた。田代刑事への信頼と疑念、その二つの感情が入り混じる。町の秘密を追うには彼の協力が不可欠だが、果たして田代は本当に味方なのか――。


 その午後、図書館を出ると、橋のたもとで田代が待っていた。黒いスーツ姿は相変わらず整然としている。霧の中で静かに立つ彼の姿は、どこか冷たさを帯び、遥の胸に微かな緊張を走らせた。


「山岸さん、少し話がある」

田代はそう告げると、霧の中を二人で歩きながら話し始めた。

「君は私を信じていいのか、それとも疑っているのか」

「……正直、迷っています」

遥は素直に答えた。

田代は深く息をつき、声を落とす。

「私はこの町に来て、ずっと見守ってきた。県警からの応援で来たとはいえ、この町には、普通の捜査では解けない事情がある」

彼の言葉には、何か重い過去が滲んでいた。遥は思わず問いかける。

「どういう事情ですか?」

田代は少し目を伏せ、霧に包まれた町を見つめる。

「私にも、かつて大切な人を守れなかった経験がある。そのせいで、普通の捜査だけでは満足できなくなった。時に、法律や規則の隙間を縫って、町や人を守ることを優先せざるを得なかった」


 その告白に、遥は胸の奥がざわつく。表向きは協力者として信頼できる人物でも、裏には過去の傷と秘密が隠されている。田代の行動の全てに、何か計算された意図があるのかもしれない。


「……だから、私は君の観察眼が必要なんだ」

田代は続ける。

「町の誰も知らない情報や、危険を避けるための手段を、君と共有したい」

遥は頷くが、心の片隅には警戒心が消えない。田代が過去に背負ったもの――失った人、守れなかった真実――その影は、町の事件とも繋がっているのではないか。


 橋の上で二人は立ち止まり、静かに川面を見下ろす。霧が漂い、揺れる水面に映る木々の影は、町の深い秘密の象徴のように思えた。


「協力はする。でも、完全には信じられない」

遥は小さく心の中で決意する。

「危険は承知の上です」

田代は微かに笑みを浮かべ、言葉を落とす。

「それでいい。信頼と疑念は、捜査の中で交錯するものだ。しかし、君が冷静に状況を見極めれば、この町の真実に近づけるはずだ」


 霧の町は静かだ。しかしその奥で、過去の影と現在の監視者が絡み合い、遥と田代の行動を見守っている。

 町の秘密は深く、そして危険――。遥は胸に強い緊張と覚悟を抱きながら、次の行動を決意した。

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