第8話 町議員の影と微妙な動き

 霧は徐々に晴れつつあったが、町の空気には昨日の事件の余韻がまだ漂っていた。赤い橋――霧見橋――の欄干に朝の光が反射し、川面には揺れる木々の影が映る。小さな町の通りを歩く人々の足取りは、普段よりも自然と慎重になっていた。


 遥は図書館での勤務を終えたあと、手紙の内容を整理するため、町の中心部にある小さな喫茶店へ向かった。店内は静かで、窓から差し込む柔らかな光が机の上に置かれた書類やノートを照らす。周囲の客たちも、普段より落ち着かない様子で席につき、時折互いにささやき声を交わしていた。


 遥はカウンターの隅に座り、手紙や写真を取り出して内容を見返す。故・佐伯庄三の心情、旅館や町の裏事情の断片、そして何かに怯えるような筆跡――ページをめくるたびに、町の影が少しずつ輪郭を現すようだった。


 そのとき、喫茶店の扉が静かに開き、見覚えのある人物が入ってきた。町議員の桜井である。普段は威厳のある態度で町民に接する彼だが、その様子にはどこか落ち着きのなさがあった。歩くたびに周囲をちらちらと気にし、机の陰に視線を送る。普段の穏やかさはどこにもなく、町の中で何かが動いていることを感じ取っているようだった。


 桜井は遥の座るカウンターの横を通り過ぎる際、小声で言った。

「最近、町では色々と騒ぎがあるようだ。余計なことには首を突っ込まぬ方が身のためだな」

その言葉は、封筒の警告と重なって胸に刺さる。町議員でさえ、何かに気づき、慎重さを求めている。遥は一瞬、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


 喫茶店を出た後、遥は川沿いの道を歩きながら思案する。故・佐伯庄三の手紙で示された町の裏事情、佳奈の言葉、封筒の警告、そして桜井議員の言動――それぞれが断片的に絡み合い、全体像は見えない。しかし確かに、町全体に張り巡らされた影の存在を感じた。


 橋の向こうに目をやると、霧の中で揺れる影が一瞬見えた。遠くから見守る誰かの視線――それは、二人の行動を監視しているのか、あるいは情報を狙っているのか。町の表面は静かでも、その裏では確かに何かが動いている。


「……町は、思ったより深い闇に包まれている」


 遥は独りごち、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。昨日の事件は、町の表面だけでなく、隅々まで影響を及ぼしていることを実感する。


 町を歩く人々の足取りは普段通りに見える。しかしその静寂の奥で、見えない監視者は確実に動き、町の秘密の行方を注視していた――。

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