第4話 娘の影

 翌日、町の霧はわずかに薄れていたが、赤い橋――霧見橋――の欄干に朝の光が反射し、川面には揺れる木々の影が映っていた。町全体には昨日の事件の余波が静かに漂い、人々の足取りは自然と慎重になっていた。


 遥は図書館に向かう途中、旅館「さえき荘」の前を通りかかった。胸の奥には、差出人不明の封筒――『余計なことに首を突っ込むな』――の警告が重く残っている。好奇心がそれを上回り、無意識に裏口や中庭に視線を向けていた。


 ふと目に入ったのは、長い黒髪をたたえた女性――佳奈だった。父・佐伯庄三の死を受け、東京から戻ったばかりらしい。落ち着いた佇まいだが、どこか影を背負ったような雰囲気が漂う。


 佳奈は玄関の扉をわずかに開け、遥の視線に気づくと声をかけた。


「山岸さん……ですよね?」


 遥は一瞬戸惑うが、その真剣な表情を見て、断る理由はなかった。


「田代さんから、あなたなら話を聞いてくれると聞きました」


 その言葉に、遥は心の中で一拍置く。封筒の警告、そして田代刑事の忠告――すべてが重なり、慎重に行動する必要があると再認識した。


「……わかりました。何をすればいいですか?」


 佳奈は少し息をつき、小さな紙袋から手を入れて慎重に小箱を取り出した。中には古い写真と手紙が詰まっており、佳奈はそれをひとつひとつ確認していた。


「これは父が残したものです。読めば、町の秘密に少しだけ近づけるかもしれません……でも、町の人には絶対に見せてはいけません」


 遥は頷き、距離を保ちながら中身を見せてもらう。紙箱を扱う手の震えや視線の動き――そのすべてが、町の奥に潜む秘密を示しているようだった。


 その時、倉庫の角から微かな物音がした。振り返ると、霧の中に揺れる影があるだけ。町の人々には見えない、何者かの視線がそこにあった。


「……誰か、見ている」

佳奈の小さなつぶやきに、遥は背筋を引き締める。父の死、町の秘密、そして自分たちの行動――すべてが、誰かの目に注がれているのだ。


 静かに息を整えた二人は、小箱と手紙を前に、慎重に話を進め始める。町の霧は変わらず漂い、外の世界から切り離されたように静かだった。しかし、その奥で、影は確かに二人を見守っていた――。

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