第28話
洞窟の奥から聞こえてくる、不気味な物音。
それは、重い何かを引きずっているような音にも聞こえた。
リックたちが、不安そうな顔で俺を見る。
「アッシュ、今の音は……、やっぱり気のせいじゃないよな」
「ああ、どうやら俺たち以外にも誰かいるらしいな。それも、かなり大きなやつが潜んでいる」
俺は、立ち上がって松明を手に取った。
揺らめく火の光が、洞窟の壁に俺たちの影を映し出す。
「俺が、少しだけ様子を見てくる。お前たちは、ここで武器を構えて待っていろ」
俺がそう言うと、リックも慌てて立ち上がった。
「馬鹿言うなよ、一人で行かせるわけないだろ。俺も行く、リーダーとして仲間を危険にさらすわけにはいかないからな」
彼の言葉に、俺は少しだけ驚いた。
いつの間にか、彼は立派なリーダーとしての自覚を持つようになっていたのだ。
「そうですわ、アッシュ。こういう時こそ、パーティで行動すべきです。個人の突出した行動は、全滅の元になりますわ」
セレスティアも、静かに剣の柄を握っている。
ミリアとリナも、当然のように行く気満々のようだった。
こいつらも、ずいぶんと頼もしくなったものだ。
俺は、少しだけ嬉しくなって小さく笑った。
「分かった、じゃあ全員で行くぞ。だが、絶対に俺から離れるなよ。隊列を組んで、慎重に進んでいこう」
俺たちは、松明の明かりだけを頼りに洞窟の奥へと進んでいった。
道は、狭くてごつごつしている。
壁からは、常に水が滴り落ちていて足元が滑りやすかった。
しばらく進むと、道は少し開けた場所に出た。
そして俺たちは、信じられない光景を目にすることになる。
その広間の中心に、巨大な何かがうずくまっていた。
それは、岩と氷でできた人型の魔物だったのだ。
アイスゴーレムだ。
体長は、五メートル以上は軽くあるだろう。
その体からは、絶対零度の冷気が絶えず放たれている。
洞窟の中が、凍てつくように寒いのはこいつのせいだったらしい。
ゴーレムは、今は眠っているのかぴくりとも動かない。
その周りには、いくつかの古びた宝箱が置かれていた。
どうやら、このゴーレムはこの場所の宝を守る番人のようである。
「あれが、長老の言っていたゴーレムか」
リックが、息をのんでつぶやいた。
「でも、なんだか様子が違うぞ。全身が、まるで氷でできているみたいだ」
「おそらく、この山の特殊な環境が古代のゴーレムを変化させたのでしょう。魔力が、氷の性質を帯びているようですわ」
セレスティアが、冷静に分析する。
俺は、鑑定スキルを使って目の前の敵の情報を調べた。
【エンシェント・アイスゴーレム】
【弱点:火属性、胸のコア】
【特殊能力:自己再生、絶対零度の息(フリーズブレス)】
やはり、ただのゴーレムではないようだ。
自己再生能力を持っているのが、特に厄介な点だった。
中途半端な攻撃では、すぐに回復してしまうだろう。
倒すには、弱点である胸のコアを破壊するしかない。
「どうするんだ、アッシュ。あいつを倒さないと、先に進めないのか」
リックが、俺に尋ねてきた。
「いや、眠っているならそっとしておくのが一番だ」
「俺たちは、この洞窟で夜を明かすだけだ。わざわざ、危険を冒す必要はないだろう」
俺がそう言うと、リックは少しだけ不満そうな顔をした。
目の前の宝箱が、気になって仕方ないらしい。
だが、俺の判断に逆らうことはなかった。
俺たちは、音を立てないように静かにその場を離れようとした。
その時だった、リナが小さなくしゃみをしてしまったのだ。
冷気にあてられて、鼻がむずむずしたのだろう。
その小さな音が、静まり返った洞窟の中にことのほか大きく響き渡った。
まずい、と思った瞬間だった。
今まで動かなかったゴーレムの、氷でできた目がゆっくりと開かれた。
その目は、感情のない青い光を宿している。
ぎょろり、と俺たちをその視界に捉えた。
そして、その巨大な口がゆっくりと開かれる。
「ゴオオオオオオオオ!」
地響きのような、雄叫びが洞窟全体を揺がした。
天井から、ぱらぱらと氷の破片が落ちてくる。
どうやら、最悪の形で目を覚ましてしまったらしい。
「戦闘準備だ、全員、囲まれないように距離を取れ!」
俺は、大声で指示を飛ばした。
リックが、盾を構えて前に出る。
セレスティアも、その隣で剣を抜いた。
ミリアとリナは、後ろに下がって援護の準備をする。
アイスゴーレムが、その巨大な氷の腕を振り上げてきた。
その攻撃は、地面を大きくえぐり氷の破片をまき散らす。
とてつもない、パワーだ。
リックは、その攻撃を盾でなんとか受け止めた。
だが、あまりの衝撃に数メートルも後ろへ吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……、なんて重さだ。腕が、しびれて感覚がなくなる」
「リック、大丈夫ですの。無理はしないでください」
セレスティアが、リックをかばうように前に出た。
彼女の、高速の剣がゴーレムの腕に何度も突き刺さる。
だが、硬い氷の体にはほとんどダメージが通っていないようだった。
甲高い金属音が響くだけで、傷一つついていない。
「ミリア、火の魔法だ。やつは、熱に弱いはずだぞ」
俺の言葉に、ミリアはうなずいた。
「はい、【ファイアストーム】!」
彼女の杖から、巨大な炎の渦が放たれる。
炎は、ゴーレムの体を一瞬で包み込んだ。
ジュウウウウ、という氷が溶ける音がして大量の水蒸気が立ち上る。
ゴーレムが、苦しそうな声を上げた。
よし、効いているぞ。
だが、ゴーレムはすぐに自己再生を始めた。
炎で溶かされた部分が、みるみるうちに凍りつき元に戻っていく。
「なんて、回復力なの。これじゃ、きりがありませんわ」
ミリアが、驚きの声を漏らした。
「やはり、コアを破壊するしかないようですね。ですが、どうやってあれを」
セレスティアが、悔しそうに唇をかむ。
コアは、分厚い氷の胸板の奥にある。
あれを、破壊するのは簡単ではないだろう。
俺は、リックに向かって叫んだ。
「リック、お前はゴーレレムの足元を狙え。動きを、止めるんだ」
「おう、任せとけ!」
リックは、盾で攻撃を防ぎながらゴーレムの足に斬りかかっていく。
その攻撃は、ダメージにはならない。
だが、ゴーレムの注意を引きつけるには十分だった。
「リナ、お前は俺と一緒に来い」
俺は、リナを連れて洞窟の壁際を走り出した。
そして、ゴーレムの背後へと回り込む。
「リナ、あいつの背中に飛び乗れるか」
「うん、やってみる!」
リナは、その小柄な体を生かして壁を蹴った。
そして、見事にゴーレムの背中に飛び乗る。
「よし、そのまま首のあたりまで登れ!」
ゴーレムは、背中に乗ったリナを振り落とそうと暴れ始めた。
そのおかげで、正面にいるリックたちへの攻撃が緩む。
リナは、必死でゴーレムにしがみつきながら首の付け根までたどり着いた。
「師匠、着いたよ!」
「よし、そこにこれを突き刺せ!」
俺は、アイテムボックスから一本の杭を取り出した。
それは、ドワーフの里で手に入れた特別な杭だ。
熱を、一点に集中させる効果がある。
俺は、その杭をリナに向かって投げ渡した。
リナは、見事にそれを受け取る。
そして、ゴーレムの首の付け根にある関節のすき間に力いっぱい突き刺した。
「ミリア、今だ。あの杭に、火の魔法を撃ち込んでくれ!」
ミリアは、俺の意図をすぐに理解したようだった。
彼女の放った小さな火の玉が、杭に正確に命中する。
杭は、一瞬で真っ赤に熱せられた。
そして、その熱がゴーレムの内部へと伝わっていく。
ゴーレムの動きが、明らかに鈍くなった。
内部から、弱点を攻撃されたのだ。
そして、ついにその時が来た。
ゴーレムは、苦し紛れに胸を大きく開いて絶対零度の息を吐き出そうとした。
その瞬間、胸の中心にある青く輝くコアがむき出しになる。
俺は、その一瞬を見逃さなかった。
セレスティアも、同じことに気づいていたようだ。
俺たち二人は、ほとんど同時に駆け出していた。
俺の剣と、彼女の剣が交差するようにコアを貫く。
パリン、という澄んだ音が洞窟に響き渡った。
コアは、粉々に砕け散る。
アイスゴーレムは、その場で動きを止めた。
そして、ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちていく。
後には、ただの氷の山だけが残されていた。
「……やったぞ」
リックが、その場にへたり込んだ。
俺たちも、ようやく安堵のため息をつく。
強敵だったが、見事な連携で勝利することができた。
俺たちのパーティは、また一つ大きな成長を遂げたのだ。
ゴーレムがいた場所には、ひときわ大きな氷の結晶が残されていた。
鑑定すると、【永久氷晶】という珍しいアイテムだと分かる。
これも、何かの役に立つだろう。
俺は、それをアイテムボックスにしまった。
宝箱の中には、いくつかのポーションと古い地図が入っていた。
地図は、この山脈のさらに詳しいものらしい。
これも、大きな収穫だった。
俺たちは、洞窟の入り口へと戻る。
外は、まだ猛烈な吹雪が続いていた。
俺たちは、焚き火を囲んで今日の戦いを振り返る。
「アッシュの作戦は、本当にすごいな。まるで、未来が見えているみたいだぜ」
リックが、感心したように言った。
「ええ、本当に。あなたがいなければ、わたくしたちだけでは勝てませんでしたわ」
セレスティアも、素直に俺を認めてくれている。
「みんなが、俺の無茶な作戦についてきてくれたおかげだ」
俺は、少し照れくさくなってそう言った。
仲間がいるというのは、悪くないものだ。
俺は、改めてそう感じていた。
翌朝、吹雪は嘘のように晴れ渡っていた。
空は、どこまでも青く澄んでいる。
俺たちは、登山を再開した。
道は、ますます険しくなっていく。
断崖絶壁を、ロープ一本で登るような場所もあった。
だが、俺たちの心は少しも折れなかった。
厳しい戦いを乗り越えて、俺たちの絆はさらに強くなっていたからだ。
そして、出発してから三日が過ぎた頃。
俺たちは、ついに雲の上に突き出た山頂へとたどり着いた。
その山頂には、白い石で作られた古代の遺跡が静かにたたずんでいる。
「あれが、天空の祭壇だ」
俺は、目の前に広がる幻想的な光景を見つめながらつぶやいた。
「すげえ……、本当に雲の上にあるんだな」
リックが、感嘆の声を漏らす。
「ええ、ですがここからが正念場ですわ。気を引き締めてまいりましょう」
セレスティアが、静かに剣の柄を握り直した。
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