第8話
「魔力溜まりの石」がホブゴブリンの頭上で炸裂し、音のない爆発が起こった。
空間そのものが歪むような、青白い閃光が走る。
それが収まった後には、巨大なクレーターだけが残されていた。
ホブゴブリンも周りを固めていた三体のオーガも、跡形もなく消し飛んでいる。
もちろん、厄介な「軍団指揮の角笛」もだ。
爆心地から少し離れた場所にいたオークやゴブリンたちも、その衝撃波で吹き飛ばされ地面に転がっていた。
戦場は、不気味なくらい静まり返っていた。
生き残った魔物たちは何が起こったのか理解できず、呆然とその場に立ち尽くす。
指導者を失い、統率する角笛も失った彼らは、もはやただの寄せ集めだった。
「……さて、第二ラウンドといくか」
俺はショートソードを抜き放ち、静かに呟いた。
我に返った魔物たちが、混乱のままに行動を再開する。
あるものは恐怖に駆られて森へと逃げ出し、あるものは近くにいる仲間を攻撃し始めた。
そして一部のゴブリンやオークが元凶である俺の存在に気づき、怒りのままに突進してきた。
「グギャアアア!」
棍棒を振り上げ、殺意を剥き出しにしてくる。
だが指揮系統を失った雑魚の集団など、俺の敵ではなかった。
俺は突っ込んできたオークの攻撃を、ひらりとかわす。
そして反撃するように懐へ潜り込み、剣を深く突き立てた。
一撃で心臓を貫かれ、オークは断末魔を上げて倒れる。
「ギャア!」
背後からゴブリンが、素早く斬りかかってきた。
俺は振り向きもせず、その攻撃を剣で受け流す。
覚えたてのスキル、【パリィ】だ。
体勢を崩したゴブリンの首を、そのまま横薙ぎに切り裂いた。
次から次へと襲いかかってくる魔物を、俺は冷静に処理していく。
そして、効率的に数を減らしていった。
レベル上げで向上した身体能力と、習得したスキルがある。
そして何よりもモンスターの動きを完璧に把握している、原作知識があった。
その全てが組み合わさった時、俺の戦闘能力はただの村人のレベルを遥かに超えていた。
まるで舞うように敵の攻撃をかわし、的確に急所だけを貫いていく。
俺の周りには、瞬く間に魔物たちの死体の山が築かれていった。
十分ほど戦い続けただろうか、家の周りにいた魔物は全て片付いていた。
生き残った者たちは俺の姿を見て恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ふぅ、こんなものか」
俺は剣についた血を払い、鞘に収めた。
幸い、家はオーガの突進で壁が少し壊れた程度で倒壊は免れている。
俺の計画は、完璧に成功したのだ。
俺は村の様子を確認するため、中央広場の方へと向かうことにした。
道中、あちこちで家が燃えていた。
村人たちの死体も、いくつか転がっている。
俺が介入する前のエリアは、やはり大きな被害を受けていた。
胸が痛んだが、俺一人で村の全てを守ることなどできはしない。
今は生き残った人々を助けるのが、先決だ。
広場に近づくにつれて、戦闘の音が聞こえてきた。
まだ、戦いは終わっていないようだ。
物陰からそっと様子を窺うと、広場の中心にある教会に生き残った村人たちが立てこもっているのが見えた。
その周りを、十数匹のオークが取り囲んでいる。
村の男たちが農具や猟銃を手に、必死に応戦していた。
その中には、鍛冶屋のバルガスさんの姿もあった。
彼は巨大なハンマーを振り回し、オークを相手に奮戦している。
だが素人集団では、数の差を埋めるのは難しい。
じりじりと追い詰められ、防衛線は崩壊寸前だった。
「まずいな」
このままでは全滅は、時間の問題だろう。
俺は、すぐに加勢することにした。
【隠密】スキルで気配を消し、オークたちの背後に回り込む。
そして一番外側にいた一匹の首を、背後から音もなく切り裂いた。
突然仲間が倒れたことに、他のオークたちが気づく。
だがそれが誰の仕業なのかは、分からないようだった。
混乱するオークたちを俺は一人、また一人と闇に葬っていく。
まるで、死神のように振る舞った。
五匹ほど倒したところで、ようやくオークたちは俺の存在に気がついた。
「グルォォォ!」
怒りの雄叫びを上げ、一斉に俺に襲いかかってくる。
俺は【隠密】を解き、堂々とその前に姿を現した。
「なっ……アッシュ!?」
教会を守っていたバルガスさんが、俺の姿を見て驚きの声を上げた。
「おい、あれはアッシュじゃないか?」
「あんな子供が、どうしてここにいるんだ……」
「危ないぞ、早く逃げるんだ!」
他の村人たちも、信じられないといった目で俺を見ている。
それも、無理はないだろう。
ただの村人の少年が、たった一人でオークの群れに立ち向かおうとしているのだから。
「バルガスさん、皆さん、今のうちに教会の中へ!」
俺は、大声で叫んだ。
バルガスさんは一瞬ためらったが、すぐに状況を判断したようだ。
「すまねえ坊主、恩に着る!」
彼はそう言うと他の村人たちを率いて、教会の頑丈な扉の中へと退避していった。
これで、心置きなく戦える。
俺の目の前には十匹近くのオークが、殺意を剥き出しにして立ちはだかっていた。
「さて、とっとと終わらせるか」
俺はショートソードを構え直し、オークの群れへと駆け出した。
もはや隠れる必要も、奇襲する必要もない。
正面から、圧倒的な力でねじ伏せるだけだ。
オークの一体が、棍棒を振り下ろしてくる。
俺はそれを【パリィ】で弾き、体勢を崩したところをすれ違いざまに斬り捨てた。
続けざまに襲いかかる二匹の攻撃を、紙一重でかわす。
そして流れるような動きで、二匹同時に喉を切り裂いた。
俺の動きは、まるで熟練の剣士のようだった。
いや、それ以上かもしれない。
無駄がなく、洗練されている。
全ては原作ゲームで培った、知識と経験の賜物だ。
オークたちは俺の圧倒的な強さを前にして、明らかに怯んでいた。
攻撃の手が、少しずつ鈍っていく。
俺は、その隙を見逃さなかった。
MPが回復しているのを確認し、【魔力弾】を放つ。
狙うのは、オークたちの足元だ。
着弾した光の玉が地面を抉り、オークたちの体勢を崩す。
そこに、俺は素早く突っ込んでいった。
剣が一閃するたびに、オークが一体ずつ血飛沫を上げて倒れていく。
それはもはや戦闘ではなく、一方的な攻撃だった。
最後のオークを斬り捨てた時、広場は再び静けさを取り戻した。
俺は剣を振って血を払い、ゆっくりと教会の方を振り返る。
教会の扉が、ぎぃ、と音を立ててゆっくりと開いた。
中からバルガスさんをはじめとした村人たちが、恐る恐る顔を出す。
彼らは目の前の光景が信じられないといった様子で、立ち尽くしていた。
広場に転がる、数えきれないほどのオークの死体。
そしてその中心に血まみれの剣を持って、平然と立つ一人の少年。
「……お前さん、一体何者なんだ……?」
バルガスさんが、かすれた声で呟いた。
その問いに、俺は答えなかった。
まだ村のあちこちに、魔物の気配が残っていた。
戦いは、まだ終わっていないのだ。
俺は踵を返し、次の戦場へと向かおうとした。
その時だった。
「アッシュ兄ちゃん!」
聞き覚えのある声に、俺は足を止めた。
振り返ると、そこにはティムが立っていた。
彼の家は村の西側にあるため、無事だったようだ。
彼の後ろには母親と、そして自分の足でしっかりと立つ父親のアルマンさんの姿もあった。
どうやら「陽光の花」は、ちゃんと効果を発揮してくれたらしい。
アルマンさんは、猟師用の弓を手にしていた。
その目には、力強い光が宿っている。
「アッシュ君、君がこの村を救ってくれたのか……?」
アルマンさんが、信じられないといった様子で尋ねてきた。
俺はそれに答えず、ただ一つだけ確認する。
「アルマンさん、まだ戦えますか?」
俺の問いに、彼は力強く頷いた。
「ああもちろんだ、病を治してもらったこの命、あんたのために使わせてもらうぜ」
「助かります、頼もしい仲間ができました」
俺はアルマンさんと共に、村に残った魔物の掃討を開始した。
アルマンさんの弓の腕は、まさに神業だった。
遠くの茂みに隠れたゴブリンを、正確に射抜いていく。
俺は前衛として、接近してくる敵を斬り伏せる。
二人の連携は、完璧だった。
一時間後、村の中にいた魔物は全て掃討された。
村は大きな被害を出しながらも、なんとか壊滅を免れたのだ。
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